Episode6.人生を決める
「あなたたちの部屋はこっち」
副担任だと名乗る女性の後を追い、シャンデリアが煌めくエレベーターで5階まで上がる。
レッドカーペットの敷かれた広い部屋に出た。
「5階が女子棟よ、あなたたちの生活スペース。女子棟には台所とダイニングがあるわ。
4階の男子棟にはリビングがあるわ。共用スペースだから仲良くね」
時計でドアが開き、女子棟の中に入ると、
まるでおとぎ話のお城のように美しいダイニング・キッチンが出迎えてくれた。
感嘆の声を各々呟きながら、女性は部屋を抜け、またカーペットの敷かれる廊下に出る。
私、安藤さんは右手の手前の部屋に入るように言われ、向かいの部屋は戸田さんと松田さん。
私たちの隣の部屋に水谷さん。
聴力に苦しむ水谷さんには、特別な部屋が用意されているという。
「明日は6時には朝食。先生がおっしゃったように決意がついた人は7時にHR教室に集まって頂戴」
踵を返した女性を後ろ姿を見ながら、隣に立つ安藤さんが下から私を見上げた。
見た目にピッタリの可愛らしい声でこちらを控えめに見ていた。
「仲下さん。部屋に入ろ?」
2人でドアの鍵を時計で解除し、部屋に踏み入れると完成された部屋があった。
左側のベッドには私の送った荷物が置かれており、右側のベッドには恐らく彼女の荷物がある。
シンプルでありながら、どこか高級感も漂う清潔そうなベッドの荷物を避けながら、腰掛けると体が沈んだ。
これ、絶対高いぞ…。
かつて、ロケで行った高級ホテルのロケで感想を求められたベッドに類似していた。
どこか忌々しい思いをベッドに沈みながら飲み込んでいると安藤さんはベッドを一瞥し、荷物を掴む。
「自分側のクローゼットを使うってことでいいですか?」
私は枕を抱きしめる手を止めて、安藤さんに向かって笑った。
安藤さんは少し目を細めた後、沈黙の中で荷物を片付ける音だけが響く。
人を安心させるような空気はきっと、病院で培われた物なのだろうと、彼女の紹介を思い出した。
『人を殺した』
彼女はそれから、きっと霞色の瞳に希望を灯すことすら、罪だと思っているのだろう。
曲がった背と整えられていない容姿がそれを語っているようだった。
死んだように生きていくことが、自分の使命だと思っていたんだろう。
「安藤さんは、決めましたか?」
私が声をかけると背を向けて、荷物を片付けていた手を止める。
「私はこれから、どう生きていくのか、とっくの昔に決めてた」
低い声が生暖かい部屋をなぞった。彼女の決意が部屋に浮いている。
「罪を背負って、軽くすることも望まずに生きるのが義務だって」
硬い声が私に乗っかって背を曲げていった。
「でも…私のこの忌々しい能力を、誰かのために使えるのなら
お詫びに死ねない私の生きる謝罪になるのかもしれない」
そうとだけ呟くとまた、荷物をクローゼットに閉まっていく。
彼女は死んだように生きることが謝罪になると思っていたらしい。
「…あなたは、どうなの?」
背中に刺さる視線に気がついたのか、あちらを向いたまま安藤さんは言う。
私は己の能力を考えた。
私は、果たして「片桐なな」から逃げられるのか。
なら「なな」を受け入れて生きていく方が楽なのではないか。そう、思った。
この半日は、自らの人生を決めるために学校側が用意した精一杯の猶予。
それでも足りないと思った。
押し付けられた現実を受け入れるためには、私はまだ大人になれていない。
「私も…この力はこうやって、生かしていくしかないかと…思いました」
普通に生きていっても、私のこの力は忌々しい、憎たらしいものにしかならない。
でも、この力で誰かの幸せを守れるのであれば、生きていく意味がある。
「そう」
淡白な返事の後に、私もベッドから降り、荷物を片付け始めた。
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