Episode5. 仲下綾華とは

side 権田萃

宮本の後ろにいたマスク姿の少女に拳銃を向けた教師に、誰もが唖然とする。

彼女も混乱したような顔をしていた。

しかし、雰囲気が突然変わる。

自信なさげな、気を遣ったような笑みが消えて、瞳が突然赤く燃えたように見えた。

手慣れた仕草でピストルを構える。

すると、先生は満足そうに笑って彼女に語りかけた。

「引き摺り出してしまってすまないね。仲下君。いや、君は片桐くん?なのかな?」

ああ!妙に納得する。

彼女に見覚えがあったが、マスクを外せば片桐ななそのものだ。

「綾華はまだ、私の正体に気付いてない。あんた、私と綾華をどーするつもり?」

自信に満ちた微笑みに戸惑いを覚える。あまりにも先程の少女とは様子が違っていた。

「二重人格者?」

誰かがボソリと言った言葉に納得した。まるで彼女とは真逆だ。

先生は拳銃を構えたままに、笑う。ぞわりと肌が正しくない方向に向いた。

「彼女は、幼い頃から片桐ななを演じたせいで、真逆の自分を形成してしまったんだ。

 彼女の能力、それはずば抜けた演技力だ。別の人間になることができる」

拳銃を構えたもう1人の彼女が、妖艶に笑った。

「綾華にはどうにも出来ない状況の時だけ。私が出てくる。まあ、どうぞよろしく」

挨拶だけするとストンと力が抜けたように椅子が音を立てる。

次の瞬間。彼女は驚いたように手元を見ている。まるで、記憶がない人…。

「何で、私?」



霧から覚めたように視界がクリアになる。周りが私を品定めするように見ていて、

私の手には先程は机の上にあった凶器が、手元にあった。

混乱が混乱を呼び、ただ呆然と呟くことしかできなかった。



仲下くん。君は二重人格者なんだよ。君は自分以外の誰かになれるんだ。



…は?



訳もわからず固まるとまあまあ、座りたまえ。と誤魔化される。



踏ん反り返った先生は、やっぱり年齢は不相応のおじさんくさい行動だ。

まるで、もう1人の冷静な自分が呟いた。



「君たちは有り余る才能を持ってして生まれた。しかし、君たちはその才能が故に

 苦しむ人生を送った。君たちはその才能を憎んで捨てるためにここへ来た」


誰も何も言わない。

ひりついた沈黙だけが空気に溶けていた。



「その才能を憎んで、捨てることを求めて苦しむか」



「その才能で世界を救うか」



言葉巧みに人を操る詐欺師。そんなかつて言った台詞が浮かんだ。

でも、私もまた。詐欺師に騙されかけている。



「明日までに、どう生きるか決め給え」



詐欺師は勝ち誇ったように笑った。

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