Episode3.魔法使いの溜まり場
スマートな彼は私から流れるように鞄を奪い、私の無理のない速さで一歩前を歩く。
その紳士的な対応に少しずつ、心が絆されていくのを感じていた。
魔法使いみたいだ…。
他人事のようにぼんやりと思う。彼のやけに大きい背中を見ていた。
さっき…同級って言ったよね…?
え…?何で分かったの!?え、ほんとに魔法使い!?
幼稚な考えの自分を諌めて、彼を半分睨むように見た。やっぱり、ちょっと気持ち悪い。
ん?と余裕な笑みで笑う彼が憎たらしくなる。
「何で初対面の私が特別クラスの同級生って分かったの?」
ゾロゾロと地上の世界を歩きながら春日通りを人並みに沿って歩いた。
彼はご丁寧にこちらを振り向く。背後に絵になる並木道を映して、微笑を讃えていた。
「君と同じ。世間から見放された人間だから。かな」
青い目が同じ色をした空を仰いだ。
そこから何も言えずに、言語化できない感情を抱えたまま並木通りを歩く。
生まれに関係ない子供の元気な声が響く道を通り、道なりに歩くと大きな正門が見えた。
受験もせずに入った私は初めてこの学校に踏み入れたわけだが。
さすがは国内最高峰の学校。緑色の並木の先に似合う綺麗な校舎だ。
ゾロゾロと人に沿って歩くと彼が振り向いて言った。
俺と同じ行き方指定されてる?と耳元で私の地図と同じ道筋を辿る。
頷くと彼は少し緊張を緩めて、人波から少し外れた場所を歩き出した。
私が渡された地図にも赤文字で「誰にも怪しまれないように行動の事」と書いてある。
私と彼は目立たないように指示された
滅多に使われないらしい非常階段から上り、5階にある国語科研究室のドアを叩いた。
音を立てずに周りに気を配る。精神が風音に削られるのを感じつつ、
ドアの前で待つとスラリとした若い女性が笑顔で私たちを招き入れた。
沈黙の中でドアの閉まる音だけが響く。
女性は私たちの顔を覗き込むと用件は?と尋ねた。
「仲下綾華です」「宮本瞬です」
そこで初めて彼の名前を聞く。指示と通りに質問に名前で答えると彼女は破顔した。
「推薦状を見せてください」
差し出された細い手に2人で推薦状を渡そうとすると
女性はその手をよけ、奥の棚の上から2段目に1人ずつ入れるように指示した。
古い埃を被った棚に推薦状を入れると暫くして目の前の引き出しが自動で動く。
差し出された棚の中にはアップルウォッチのような薄型の時計が入っていた。
画面は市販のものよりだいぶ大きい。
「それを手に取ってつけて。これから、卒業まで肌身離さずつけておくように」
私の腕にピタリとハマる時計を見る。まるで生き物のように私に張り付いた。
「防水・防火加工してあるからお風呂でも離しちゃダメよ。
その時計はあなた専用の防犯がついているけど、万が一盗まれちゃいけないからね」
そんなファンタジーじみた。でも、
現実じみた言葉を噛み締めながら女性を見ると女性の腕にもよく似た時計がハマっている。
女性は奥の壁にその時計をかざす。するとドアとゲートのようなものが現れた。
ゲートに時計をかざすとドアが開く。女性はその中に入り、同じようにするよう促した。
私と彼が無事中に入るとドアが軽い音で閉まる。入った部屋が降下していく重力を感じた。
「今から特別クラスの寮兼学校へ向かうわ」
長い間降下を続け、ドアが開く。その先には新幹線に似た乗り物が停まっていた。
その乗り物に促されるまま乗り込むと中はまるで豪邸のような設備が整っている。
思わず感嘆の声が漏れ出た。
「10分程度で着くはずだから、あんまりゆっくりはしないでね」
女性の忠告に生返事を返しつつ、ふかふかのソファに沈む。まるでVIPだ…と感激した。
目の前に向かい合って座った彼もどこかウキウキと周りを見渡している。
窓の外が驚くほど速く動き出す。その瞬間彼は嬉しそうに笑って、リニアだ!と言った。
リニア新幹線。2027年に完成し、今は日本でも普及が進んでいる。私も乗るのは初めてだった。
ロボットから差し出されるジュースを味わい、未知の速く流れゆく外を見ているとあっという間に着く。
出発した場所のように開けた駅もどきのようなところ。
女性はまたスタスタと歩きエレベーターもどきの前で立ち止まる。
「今から行くところがあなたたちの学校兼寮。表向きはある人のお屋敷ってことだから、
基本的には地下から移動してね。この地下道はいろんなところに繋がっているから、
不便はないと思う」
エレベーターに時計をかざして、中に入ると今度は上昇を開始する。
開けたホールのような場所に出た。ここが玄関らしく靴を脱ぐよう言われる。
あの学校どれだけ、金持ちなんだ…?
女性に差し出されたお洒落な上靴を履き、レッドカーペットの敷かれた廊下を進む。
妙な既視感に自分はまだ、女優の片桐ななに陶酔しているのだと突き付けられた。
暗い気持ちを引き摺ったまま、女性と共に立ち止まる。
女性の指示の通り、時計をかざし、ドアを開けて中に入ると空気に圧倒された。
気味の悪さだけじゃない。恐怖をも覚えるような空気なのだ。
中は新品の教室のようで綺麗な椅子と机が数少なく並べられている。
ホワイトボードと電子黒板が教室正面にはいっぱいに広がり、
その大きさが人の少なさを強調している。
ガチャリとドアが開く。
若い男性が笑う。その人もまた気味が悪い。
ああ、私はとんだ魔法使いたちの溜まり場に迷い込んだんだ。
セリフじみた言葉を呟いた。
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