第3話 現在2

「は? 」

私は思わず、持っていた箸を取り落とした。予想外に大きな声が出てしまったらしく、我に返った時には学生は勿論、教授の視線までこちらに向いてしまっていた。

「あ、すみません。」

しどろもどろに頭を下げると、見透かすように教授がにやりと笑った。

「ひょっとして、今更気づいたの。君、もう准教授なんだから、もう少し学生に興味持ってもらわなきゃ困るよ。」

 私はいかにも殊勝そうに型どおりの謝罪を述べた後、私の奇声で自己紹介を中断されてしまった学生に向き直った。

「すみません。どうぞ続けてください。」

その学生は、つまり私がさっきまで思い出していた人と同姓の学生は、趣味やこの研究室を選んだ理由など、決められた項目を一通り述べた後、私と教授を順番に見て、とんでもないことを付け加えた。

「ちなみに、あんまりない名前なんで、もうお気づきみたいですけど、俺の兄貴はここの研究室の卒業生です。先生方と面識があるみたいで、宜しく言っといてとかほざいてました。」

「わ、ちょっと、先生、零してますから。あ~っ、こっちまで流れてきてる! 」

私の隣の学生がガナリ立てているようだったが、私には倒してしまったビール瓶さえ目に入らなかった。

今、何て言った!

兄? 卒業生⁈

 面影のある顔がこちらに向けられた。

「兄のこと覚えてますかって聞こうと思ったんですけど…何か、聞くまでもなく強烈な記憶があるみたいですね。」

私は漸く我に返って、聞こえなかった振りをしようと、遅ればせながら粗相の後始末を始めた。謝る私に被害を被った学生の

「先生、そんなにそそっかしいと、助教に降格されちゃうんじゃないですか。せっかく准教授になったばかりなのに。」

と言う歯に衣着せぬ説教と

「強烈な記憶? ある、ある! これオフレコだけど、この先生ねえ…。」

と言う酔っ払ったらしい教授の声が重なった。

オフレコならもう少し声を落として欲しい。

…と言うよりも、この人、何を言い出すつもりだ。季節外れの鳥肌がたった。

「在学中、あなたのお兄さんと怪しかったから。」

…顔を上げなくても分かる。全学生の目が、しかも好奇心旺盛な目線が私に突き刺さってくるのが。とぼけようか、否定しようか決めかねている私に追い打ちをかけるように、教授の饒舌はとめどがなかった。

「ほら、卒業式の夜とか、いい雰囲気だったじゃない? 」

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