第8話 幼ナーガ初めての着衣
この時、竜人らが璧門から逃げ帰って数日が経過していた。
エルシィは早速市長に話を付けてきた。
彼らが街へ入る権利は得られなかった。
王国領に魔族を迎え入れるなど前代未聞であるから、一市長の独断では決められないようだ。
しかし、市長は竜人らが王国の役人と直接交渉する機会を設けてくれたらしい。その場にエルシィが同席して助言を行うことまでは認められなかったが、彼らにとっては大きな活路だ。
王国の役人が到着するまで数日を要するということだったから、二人は森の中で野宿しながら待ちぼうけを食わされていたのだが、彼らにとっては特に苦でもなかった。森の川魚や獣を食らいながらのんびり過ごしていた。
この日は交渉に向けて会議をしていたのだった。
そして――――――明日が約束の日である。
*
翌日。
「おはようございます」
エルシィは蔦を編んだ籠を携えて森を訪れた。
早朝の森は空気が澄んで静謐である。
「早いな。小娘」
竜人は草の上に胡坐をかいていた。
少女はその背に体を半分程引っ込めている。
エルシィが深緑色の籠をガレディアに手渡す。
「この中に何着か服を入れてあるので、セレンちゃんに選ばせてあげてください」
籠を受け取ったガレディアが促すと、少女はおずおずと中を漁り始める。
籠の中には色合の異なる服が沢山用意されていた。
少女は赤や白、黄色などの可愛らしい服を無造作に掴み取っては広げてみる。布を指で撫でて肌触りを確認してみたりする。
少女は、ボタンの付いているものは使い方がよく分からないので避けた。窮屈そうな服は身に付けたら気分が悪くなりそうだったので置いておく。生地が薄くて、袖があまり長くないものがよい。見栄えなどは眼中にない。
御めがねにかなったものを見つけたらしい。
少女は白いワンピースを引っ張り出した。
片手に服を握ってエルシィに見せる。
「これがいい」
「やっと話しかけてくれた! それがいいのね。着てみて!」
少女はワンピースを逆さまにすると、頭からすっぽり被った。
少女の顔が服の中に隠れる。少女はそのまま服の中でもごもごし始めた。頭と両手が服の中に引っ込んだままで、裾から尾っぽだけが伸びている立ち姿は少々不気味である。
うまく袖に腕が通せないようである。
頭を入れる所も見つけられないでいる。
少女のもごもごは徐々に激しくなって、服の内側から何か飛び出そうとしているみたいにぼっこんぼっこん布が突き出し始めた。
「これは、助けてあげないと難しいかも――――――あっ」
エルシィがちょっと心配そうに呟いた直後、少女が瑠璃色の尾をずるっと滑らせた。体が横ざまに倒れる。
少女はいよいよパニックになってしまったらしい。立ち上がることもできずに尾っぽをくねくねびったんびったんさせて転げ回っている。
陸に打ち上げられて跳ねる魚のようである。
「ああ! セレンちゃん! 落ち着いて! 今助けるから!」
エルシィが慌てるが、少女は彼女の声など耳に入らぬ風である。
「セレン。動きを止めよ」
竜人が落ち着き払った低い声で命じると、少女はびたっと動きを止めた。仰向けの姿勢でぴくりとも動かない。
エルシィは動かない少女に駆け寄る。
「セレンちゃん。体を起こせる?」
少女はもぞもぞしながらむくりと起き上がる。
「一度脱がせるから、両手を上に挙げて」
エルシィが白いワンピースを上に引っ張ると、すっぽりと抜けた。少女はすっかり血の気が引いて、瑠璃色の瞳が涙に滲んで宝石のように輝いている。
少女はエルシィを見上げると、震え声で呟いた。
「怖かった」
「ごめんなさい。今度は手伝うから、じっとしててくれる?」
「え」
少女は、今から谷底へ落とすと宣告されたような顔でエルシィに恐怖を訴えかけてくる。
「大丈夫。すぐ終わるから。ね?」
「……うん」
エルシィがにっこり微笑んで見せると、少女は渋々頷いた。
今度は問題なく服を着ることができた。
「はい。できた。よく我慢したね」
エルシィは片手で少女の頭を撫でてやるのだった。
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