第9話 竜人も着衣


「ガレディアさん、どうですか? 可愛いでしょう、セレンちゃん」


 エルシィが少女を竜人に向き直らせて問いかける。


 少女の纏う白いワンピースは、左胸の辺りに水色と紺のリボンが斜めに二つ並んでくっついていて、短い袖はふんわり膨らんでいる。

 布地は薄く、森中を漂う微風に裾がひらひら揺れている。

 人間のような恰好が裾の下から伸びる尻尾の印象を際立たせている。


 少女は衣類を纏う肌触りに慣れないのかなんだか居心地悪そうである。


「ふむ。裸体には劣るが…………確かに、その姿もそれはそれで別種の愛らしさがあるやもしれぬ」


 彼は顎に片手を添えて評価を下す。

「当然です! 私が可愛い服を選んできたんですから」


 エルシィは胸を反らして自慢する。それから籠を拾って、底から灰色の布を引っ張り出して竜人に手渡した。


「どうぞ」

「ぬ?」

「ガレディアさんの分です」

「俺もか?」

「もちろんです。あなたはあなたで、見た目が怖いんですよ」


 竜人も衣服の類は身に付けていなかった。とりあえず受け取って広げると、それはただの薄い布だった。


「小娘。これは何だ?」

「ちょうどいい服がなかったので、使わなくなったシーツを持ってきました。とりあえず体に巻き付けておいてください」

「ふむ」


 竜人は思案顔だ。エルシィは控えめな声で申し訳なさそうに付け加えた。


「さすがにもう少しまともなのがいいですか?」

「いや、これでよい」


 竜人はぶわりと灰色の布を広げて体に纏った。

 ところどころほつれてくたびれた布の外観は案外竜人の荒々しい雰囲気に合っていた。長らく放浪した旅人のような風体に見えないこともない。


「小娘。俺の外見が怖いから服を着ろなどと抜かすが、貴様は俺に近寄ることが恐ろしくはなかったのか?」

「それはもちろん、怖いですよ。目つきは鋭いし、大きいし、体中びっしり硬そうな鱗に覆われているし、初めてみた時はあれが夜のノクティスの魔物かと頷きました」

「ふ。当然のことだ。俺は彼の地でも随一の武人であるからな」


「でも、私は思うんです。誰であろうと、子どもを愛せる人とは通じ合えるところがきっとあるって」

「ならば今は恐ろしくないと申すか?」


 竜人は獣の如き深緑色の瞳でエルシィを見下ろして問いかける。


「今だってちょっと怖いですよ。けど、セレンちゃんの為ですから。それに」


 彼女は瞳にぐっと力を込めて付け加える。



「私、負けず嫌いですから」



「ほう。人間の小娘にしてはよい度胸だ」


 彼は口端を持ち上げて彼女を讃えた。

 エルシィはきっとした眼差しで彼を見据える。


「ガレディアさん、残念ですが、交渉のことで私がお力添えできるのはここまでです。セレンちゃんが安心して暮らしていけるように、きっと成功させてくださいね」

「小娘に言われるまでもない」


 竜人は笑った。



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