第6話 金髪の女


「貴様、何者だ?」

「街の者です。見ての通りただの一般人ですけど、今日はたまたま壁門の上を見学していて、あなた達の姿を見たんです」


 金髪の女が丁寧に説明すると、彼は尚も眉を顰めて訝しむ。少女は彼の後ろでおっかなびっくり顔を出してちらちら女の様子を窺う。


「何故我らの後を追いかけた?」

「その子が可愛かったからですよ。私、子ども好きなんです。事情次第では助けてあげてもいいですよ」


 竜人は女の物言いが癪に障ったらしい。フッと鼻で笑うとにべもなく言い放った。


「貴様の如き小娘の助けなど要らぬ」

「ふふん、私のことを無下にしていいんですか? シルトの街に入りたいんでしょう?」

「小娘。まるで貴様の助けを乞えば門の衛兵どもをどうにかできると言いたげだな」


 女は小振りな胸を反らして自信有り気な顔を見せる。


「ええ、できますとも。というか、さっきから小娘小娘ってなんですか、失敬ですね! 私、これでも街の孤児院で毎日子ども達のお世話してるんですよ」


 今度は竜人の方が挑発的な笑みを浮かべた。


「ほう。幼子の面倒を見ているとは立派なことではないか。しかし我らにしてみれば人間の女なぞ大方が小娘も同じこと。俺の後ろに隠れているこの童でも貴様の三倍以上は生きている」

「……え」


 女は絶句した。竜人はお喋りの減らない女を黙らせてご満悦である。


「戯言はもうよい。小娘。貴様が本当に我らを街に招くつもりならば一体いかにして衛兵どもを退けるつもりだ?」


 相も変わらず小娘と呼び続ける竜人に対して女は不服そうであったが、ようやくまともに話ができそうだったので我慢すると決めたようだ。女は真剣な面持ちになる。


「その前に教えてください。あなた達が人のフラノスへやってきた目的は何ですか?」


 異形なる魔物達の生きる夜の地ノクティスは人類の生活圏たる人の地フラノスと領土や資源を巡って対立している。どんなお人よしであろうとその理由を確認することもなく夜の地ノクティスの民を招き入れることはないだろう。


「ふむ。それくらいは答えてやってもよいか。どの道明かさねば門の向こうへは通されぬだろうしな」


 竜人は一息置いて告げる。


「この子は狙われているのだ」


 瞳孔の細い深緑の瞳が鋭さを増す。


「狙われている?」

「そうだ! 見よ! この童の珠の如き瞳! 宝石に劣らぬ輝きを放つ爪! 繊細かつ流麗なる鱗! こやつこそは幻の種族と謳われる蛇尾族ナーガの最後の生き残りである! 簒奪せんとする輩がいてもなんら不思議はなかろう!!」


 少女はびくっと縮こまると、竜人の背に回って体を引っ込めた。


「その子、隠れちゃいましたけど」

「……」


 微妙な沈黙が生まれる。


「ともかく、この子の身を狙う魔物は多い。蛇尾族の髪や爪は単に美しいばかりではない。その美しさと希少性故、夜の地ノクティスでは莫大な価値をもって取引される。蛇尾族の心臓を喰らえば永遠の命を得る、などという馬鹿げた迷信すら広く知られていた時代があったほどだ」


「ナーガという種族がその子しかいないのは、それが理由ですか?」 

「そうだ。この子以外は狩られ尽くした。親もいない」


 かつては蛇尾族ナーガも珍しくなかった。しかし爪や鱗を武器や装飾品にする目的で狩られたり攫われたりし続ける中で、次第に数を減らした。数を減らすことで希少性は高まり、ますます多くの魔物に追われた。


 いつしか生き残りは少女だけになっていた。


「この子を狙う有象無象の輩は俺の手で成敗してくれる。しかし厄介な追っ手がいてな、そやつはナーガの目玉を抉り出して作った指輪を欲している。捕まればこの子の命はないだろう」

「め、目玉ですか?」

「うむ」


 女が顔を青くして問い返すと、竜人は平然と肯定する。


「幼い子どもに、そんな残酷なことをしようとするなんて、ひどいです」


 彼女は口元を押えながら呟く。


「今や夜の地ノクティスに安息の地はない。人の地フラノス夜の地ノクティスと敵対しているからな。そちら側に入り込んでしまえば奴らもおいそれと手は出せぬと考えたのだ」


 彼が人の地フラノスの地理に精通する魔術師に聞いた所では、夜の地ノクティスと境界を接する地帯において、女の住むシルトの管理区域内に蛇尾族の住処に適していそうな沼地があるらしい。

 彼の最終的な目標はそこに少女を住まわせることである。


 女は微笑んだ。


「いいでしょう。あなた達に協力してあげます。私は街の市民ですから、出入りは自由です。私が市長と交渉してあなた達を受け入れてくれるよう取り計らってみます」

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