第7話 奈落の底は 2

あれからずーっと彼女が去って行った方に注意し見つめていたのだけど・・・・・


『帰ってこない・・・・』


まさか本当に幽霊だと思ったのだろうか?

そんなに変な泣き声だった?

いや、自分で聞いても普通に赤ん坊の泣き声にしか聞こえないんだが・・・

赤ん坊の泣き声を聞いた事がないのだろうか?

それに彼女は僕の姿を捕らえてはいなかった。

まさかこんな場所に赤ん坊が居るなんて想像できなかったのかも。

姿が見えない、突然の泣き声。

それで感じ違いしたのかも・・・・

泣いたのは失敗だったのか?

でもあの時はああするしかないじゃないか。


『・・・・・・・・・・・何でもいいから、カムバック!! 彼女!!』


僕は今一度、彼女が去って行った方をジーっと見続ける。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・帰ってこない・・』


僕って物凄く運が悪いのだろうか?

とにかく彼女にはもう一度来てほしい。

僕は彼女の事を思い出してみた。

彼女は魔族なんだろうか?

魔王さんの記憶の中にあんな小柄な女性がいただろうか?

チラッとしか見られなかったけど、まだ女の子と言った方が良いくらいの年齢に見えた。

だけどあの黒髪、それに感じた魔力の特徴は、僕のこの体の中にある魔王さんの魔力と同じだと感じた。

だからあの子は魔王さんの血縁者かもしれない。

つまり魔王の子孫? なのか?


「コツ・・・コツ」

「・・コツ・・・コツ」


!!!? 音がする!?

さっきと同じ音・・人が歩く音。

けど、音が重なって聞こえる・・・これって二人か?


「ミルルカ、本当に幽霊なの?」

「そうよ! 母様! あれは絶対に幽霊よ。あんな禍々しい鳴き声聞いた事ないもの!」

「幽霊って鳴くの?」

「わ、分からないわよ!!」


話し声が聞こえる!

どちらも女性だけど、一人はさっきの女の子の声だ。

もう一人はそれよりは少し大人びた声色に聞こえる。


「とくかく魔力は確かに感じるから調査しましょう」

「母様、気をつけて下さい! 魔力が少し変なの! なんだか懐かしいと言うか、知っているというか・・・なんとも変な感じなの! 私達の記憶や精神に干渉する幽霊なのかも、悪霊かもしれないわ!!」


とうとう赤ん坊の僕は悪霊にされてしまった。


「でも、もしこの奈落の底にいる幽霊なら曾お爺様かもしれないわよ?」

「え? プリムスロード様?」

「そう、あなたの曾曾お爺様。私達のお婆様達がこの奈落に落とされた時、御自身も致命傷を受けながらも同族を魔法で守り、この地に不時着させてくれた最強魔王プリムスロード。私達の曾お爺様よ」

「・・・だったら、ちょっと会ってみたいかも・・・」


おお、魔王さん慕われてるなあ。

やっぱり彼女達は魔王さんと同じ魔族みたいだ。


「ミルルカ、この辺りなのよね?」

「そ、そうよ。ね? 姿が見えないでしょ?」

「そうね・・魔力は感じるんだけど、姿が見えないわね」


二人は僕から数メートルしか離れていない所で遠くに視線を向けながら左右に首を振り周囲を窺っていた。


『お~い! こっち! こっちだよ!! 下!』


「居ないわね」

「居たのよ!? 本当よ、母様!!」


気づかない。

どうする? また泣くか?

それでまた逃げられたら、今度こそ終わりになりそうだし・・・・・・・・・・・・


『え~い!! 考えても分からないなら泣いてやる!!』


「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃああ!!」

「ほ、ほら!! 母様! 幽霊の鳴き声!!!」

「え? これ、赤ちゃんじゃないの!?」

「赤ちゃん?」


おお!? この母様の方は分かってくれた! これなら!


「おぎゃあ!! おぎゃあ!! おぎゃあ!!」

「足元の方から・・・あ!!」


その時、母様という女性とようやく目が合った。

その顔は少し驚きながらもその瞳はとても優しく感じた。


『これ、母さんの目だ・・』


彼女は地面に膝を付けると僕を両腕で優しく包み込む、自分の胸へ抱え上げてくれた。


『良い匂い・・・すごく落ち着く』


あの小太り王に捕まれ投げ込まれてから初めて人肌の温もりを感じられた。

こんなに人肌の温もりって落ち着くものだったのか。


「母様、赤ちゃんってこの生き物がですか?」

「そうよ。ミルルカは赤ちゃんを見るのは初めてになるのね。この奈落ではあなたが一番年下だし、ミルルカも生まれた時はこんな感じだったのよ」

「こんなに小さいものが・・私もそうだったの?」

「そうよ」


そうか。

このミルルカって子はこの奈落で生まれた魔族の子なのかもしれない。

だから一番年下のミルルカにとって赤ちゃんは初めて見た奇怪な生物に見えるのかもしれないな。

するとミルルカが母様さんに抱かれている僕に近づいて手を伸ばして来た。

その手が僕の手に触れると、瞬間手を引っ込ませ驚いた表情を見せてくれた。

でも興味があるのか、また同じように手を差し出して来ると今度は僕の手をゆっくりと握りしめ・・・・


「ぎゃああああああ!!」

「え?!」

「ミルルカ!!」


突然僕の腕に激痛が走った。

何が起こったのか分からなかった。

ただ左手に今まで感じた事もない痛みが走り、それと同時に意識が沈んで行くのを感じていた。


「え? あれ? え? 何?」

「ミルルカ! あなた何をして!! ・・・・・いえ、ごめんなさい。母様が悪かったわ。あなたに赤ん坊がどれだけ弱い者なのか教えておかなきゃいけなかった」

「母様・・・私・・・赤ちゃんの手・・・・・潰して・・・・・・・・・」


沈む意識の途中、微かに見えたミルルカの顔は驚きと恐怖とが入り混じり瞳から涙が零れ落ちていた。

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