第44話 ウロン・A・チャット ④

彼の落ち込み様は酷かった。


当然だ。

異世界にいきなり飛ばされ、頼れる者は無く。

しかも元の世界に返る手立てもないと聞かされれば、心を病んでも仕方ないだろう。


このままじゃ、下手をすれば彼が自殺しかねない。

そう思った私は嘘を吐く。

魔王を倒せば元の世界に戻れると。


彼には今を生きる目標が必要なのだ。


「え?でももう帰れないって……」


「色々調べて見たら、魔王さえ倒せれば帰れるという事が分かったんです!」


「そうなんだ。でも……俺に魔王なんて倒せないよ」


「そんなの、やって見なくっちゃ分かりませんよ!希望を捨てないでください!!」


「…………」


彼からの返事は返ってこない。

少年は再び俯く。


なんとか……なんとか、彼にやる気を出させないと。


そう思い色々と思案する。

考えに考え抜いた結果、私の口から出たのは――


「も、もし……魔王を倒せたら……Hな事をしてあげます!」


かつて思春期の男の子は、頭の中がHでいっぱいだと聞いた事がある。

それを信じて言ってみたのだが、言ってから我ながら馬鹿な発言をしたと後悔した。

いくら何でも、この状況下でそれをちらつかせたからって――


「え!?まじで!?」


少年ががばっと首を上げ。

食い入るように此方を見つめてくる。


見事に釣れれちゃった……


一瞬でやる気になった彼を見て、思春期の男の子にとってHとはかくも魅力的なものなのだと痛感させられる。

だがこれはチャンスだ。


「え、ええ。魔王を倒せたその暁には……私が男にしてあげます!」


「何でそこまでしてくれるんだ?」


私のせいだから責任を取りたい。

そう言いかけましたが、あえて別の理由。

嘘の理由を、私は彼に伝える事にします。


「貴方には元の世界に戻って貰わなければならないんです!私の進退の為に!」


「進退?」


「貴方をこの世界に送ったミスが神様にばれたら、私の出世に関わるんですよ!だから貴方には、魔王を倒して元の世界へと帰って貰わなければならないんです!!」


負い目からではなく、自分勝手な理由にした。

罪の意識や同情からだと、後々彼の負担になる可能性があったから。

身勝手な軽い理由なら、彼も嫌になった時放棄しやすいだろう。


「だから気合を入れて頑張ってください!」


「わかったよ。でも、約束だから。絶対だぞ」


「天使は嘘をつきません」


嘘です。

ごめんなさい。


◇◆◇◆◇


不味い気がする。

彼の私への依存っぷりが半端なくなってきた。


信頼してくれるのは有難い。

でも彼とは、いずれお別れしなければならない運命だ。

このまま彼が私に依存し続ければ、別れの際苦しむことになる。

出来ればそれは避けたい。


そこで私は一計を投じる。


「ちっ!あの道具屋、時化てやがります!新品同然なのに普通の中古価格とか!こんな事なら勇人のくっさい足の裏でなめしておけば良かったです」


「誰が臭い足だ!って、いきなりなんでそんな暴言吐いてんだ?」


「今まで猫を被っていましたが、これが私の素です!なんか隠すのがめんどくさくなってきたので、これからはオープンに行きます!」


「そ、そうか」


勇人の表情から、少し引いているのが伝わってきます。

効果は抜群でした。

とは言え、あまりやりすぎると険悪な雰囲気になりかねないので、加減が難しい所です。


◇◆◇◆◇


「きゃああああああああ!!」


女性の悲鳴が聞こえてきました。

直ぐ近くだったようなので、私は魔法でその様子をすばやく確認します。


「何だ!?今の悲鳴!?」


「さあ?誰かが犬の糞でも踏んづけたんじゃないですか?」


「明かにそういうちょっとした不快レベルの悲鳴じゃなかったんだが!?」


悲鳴の元へ駆けつけようとする勇人を、私は両手を広げて止める。

何故なら、助けに行く必要が無かったからです。


悲鳴を上げた女性は通路に座り込んでいますが、その顔に危機感は全く無く。

剣を手にしている男にも殺気がありません。

その様子から、この2人が芝居をしているのは明白でした。


明かに怪しい二人を警戒し、私は勇人を止めたのですが。

残念ながら彼は行ってしまいます。


でも、わかっていました

悲鳴を聞いてじっとしてられる訳がないと。

だって彼は優しいから。


そして彼はアーリッテ・ベラドンナを見事救い?

屋敷へと招待され、彼女を守る騎士となるのでした。


後でわかった事ですが、アーリッテ・ベラドンナがあんな子芝居を仕組んだのは、夢見で見た勇人と出会うためにやった演出だったようです。

可愛らしい見た目の割に食えない女です、彼女は。


◇◆◇◆◇


リリー・アッシャーと勇人が焚火を囲んで楽し気に話していました。

その様子を見て、私は嬉しくなってうんうんと首を縦に振ります。

旅に出て、同じ護衛の立場から2人の距離は急速に近づいていると言えるでしょう。


彼女は間違いなく、勇人に気がある。

とまでは言いませんが、好感触なのは間違いありません。

出来ればこのまま2人がくっついてくれると有難いのですが。


勇人は今、魔王退治を目的に頑張っています。

ですが、それは所詮虚構。

叶うはずのない願いを、いつまでも彼に追い駆けさせるわけにはいきません。


早く誰かと恋をして、勇人には魔王退治や私の事等どうでもよくなる位幸せになって貰わないと。


その為にも、私の事はとっとと諦めて貰わなければなりません。

だから私は心を鬼にして、今日もせっせと誹謗中傷を行ないます。


でも最近、それが少し楽しくなってきたような気が……

まあ気のせいでしょう。



◇◆◇◆◇


「な……」


不穏な魔力を感じ勇人の方を振り返ると、彼は真っ黒な魔力に飲み込まれそのまま姿を消してしまいました。

余りの突然の出来事に、私は茫然としてしまいます。


って、茫然としてる場合じゃありません!

早く勇人を見つけないと!


私は両頬を力いっぱい両手で叩き、気合を入れて魔法を展開。

勇人の探索に全力を注ぎます。


「そんな……嘘……」


私が見つけたのは、魔人の体内で串刺しにされていた彼の姿。


一瞬気を失いそうになりますが、すぐに転生魔法が発動している事に気づきます。

転生魔法はスキップされたと思っていたのですが、どうやらずっと勇人の体内で待機していただけだった様です。


私はすぐにでも勇人を助けるべく転移魔法を使おうとしますが、その時、聞きなれた声が私へと届きます。

それは紛れもなく、私の声でした。


≪初めまして、マスター≫


マスター?

まさか?


≪はい。私は転生時のガイドを務める、アバターです。どうか転移はお待ちください≫


転移を待て?

このまま転生が行われれば、勇人は再び魔人の手によって殺されてしまうというのに?


彼には今すぐに救いの手が必要だというのに、それを止めるアバターの意図が私には分からなかった。


≪転生はしばらく止めておいて、安全を確保できてから行いたいと思います。僭越ながら、マスターは少しでも魔力を温存されなければならない身。どうか私に彼の事をお任せいただけないでしょうか?≫


任せる?

でもガイドアバターは、転生を行なってしまえばそこで消えてしまうはず?


≪彼の魔力を利用し、最低限の機能を残して私を維持します。必ずやマスターの元へ彼を無事送り届けてみせますので、どうか私にお任せください≫


私は迷う。

確かに、魔力の温存は重要だ。


私は先程の超広範囲探索で、魔力を消費してしまっている。

この調子で使い続ければ、きっと直ぐに尽きてしまうだろう。

だが、魔力をケチって勇人が命を落としてしまったら意味が無い。


≪危機的状況になりそうなら、すぐにマスターへとお知らせします。どうか信じてください≫


そこまで言うのなら……お願いします。

私は彼の事をアバターへ任し、魔力温存に務める事に決める。

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