第42話 ウロン・A・チャット ②

「幻覚ではありません!勇人を助けに来てあげました!」


ウロンがめいっぱい胸を張って、偉そうに踏ん反り返る。

その顔は会心のどや顔だ。


「ただし、これが正真正銘ラストです!次からは精々自分で頑張りなさい!」


そう言い放ったウロンの体が強く輝き、強烈な光が辺りを包み込む。

その余りの眩しさに俺は目を閉じた。


「GYAAAAAAAAAAAA!!」


ジュウッと何かが焼け焦げる音と、狂った獣のような雄叫びが響く。

恐らくはくサキュバスの物だろう。


ウロンが窮地に助けに戻って来てくれた。

その事に胸が熱くなる。


「やっぱ俺、ウロンが好きだわ」


光が収まり、ゆっくりと目を開け。

開口一番、俺は自分の気持ちをウロンへと伝える。

これが最後だというなら、最後にもう一度、自分の気持ちをはっきりと伝えたかった。


「これから分かれる相手に……告白して……どうするん天…ですか……」


振り返ったウロンが苦し気に呟く。

その顔は苦痛に歪んでいた。


「お、おい!ウロン大丈夫か!?」


「ちょ、ちょっと力を使いすぎて……この世界の体が……もう、持ちそうにないです……」


ウロンの右腕に亀裂が入り、そして砕け落ちる。

落下していく腕は砂の様に崩れ、光の粒子となって世界に溶けて消えていく。


「ウ、ウロン!」


「ぐ……ぅ……勇人。冗談抜きで……これが……最後です。もう私は……あなたを救って……あげれらない」


「分かってる。俺、強くなるよ」


これ以上彼女に心配をかけるのは、男として余りにも情けない。

苦し気なウロンの眼を真っすぐに見つめ、俺ははっきりと答える。


「良い……目です……」


ボロボロとウロンの体が次々と崩れ落ちる。


「精々……精進しな……さ……い」


そう呟くと、ウロンの体は大きく砕け、崩れ落ちてしまう。

俺は手にした剣を捨て、咄嗟にウロンを受け止める様に両手を差し出した。

だがウロンの体は俺の手を透き通り、光の粒となって消えていく。


「ありがとう。ウロン」


本当にありがとう。

ウロン。

彼女には感謝の言葉しかない。


ゴメンネ

サヨウナラ 


消えたはずのウロンの声が頭に響く。


今の……ウロンの声だよな?


≪ミスター。サキュバスはまだ生きています。止めを≫


ウロンの声に気を取られ、一瞬ぼーっとしてしまったが、アバターの呼びかけで現実へと引き戻される。

前方に目をやると、巨大なサキュバスが全身から煙を上げながら蹲っていた。


しぶとい奴だ。

俺は腰の革袋に入れていたマジックポーション5つを身体強化へと変え、炎皇剣を拾う。


結界を解除し、ゆっくりとサキュバスへと近づいた。

俺の接近に気づいたサキュバスが焼け焦げた顔を上げ、怯えたよう表情で此方を見つめてくる。

どうやら相手にはもう立ち上がる力も残っていない様だ。


「ま……まって。命を……助けてくれるなら……貴方の僕になってもいい……」


「お前、俺の目の前でガーベルを裏切って殺したのを忘れたのか?」


「あ、あいつは……只の傀儡よ……貴方は違う……ちゅ、忠誠を誓うわ。だから……」


そんな言葉を誰が信じるものか。

何の頸木くびきも無く、自分より強い魔人が素直に従い続けると思えるほど、俺も馬鹿じゃない。


俺は炎皇剣を振り上げ、迷わず振り下ろす。


「ひいっぃぃぃぃぃ!!」


剣を振るうたびにサキュバスが悲鳴を上げ、助けてと命乞いを口にする。

救いを求める相手を滅多切りにするのは、例え相手が魔人でも気分のいいものでは無い。

だが、相手を生かしておけば必ず復讐にやって来るだろう。


折角ウロンに救ってもらったのだ。

これで復讐されて死んでしまっては笑えない。

俺は心のもやもやを押し殺し、容赦なく無抵抗なサキュバスを切り刻む。


「おわったな」


太い首に、炎刃を纏った炎皇剣を何度も叩き込んで切り落とし、呟く。

流石にここまでやれば死んだだろう。

俺は滅多切りにしたサキュバスの体が消滅するのを確認してから、剣を収めた。


≪魔力が消滅しました≫


そうか。

他には、周りに誰かいたりしないか?


闘技場を襲った魔獣はかなりの数だった。

だが此処で相手にしたのはガーベルとサキュバス、それに魔獣3体と石の中に埋めた2人だけだ。

サキュバスレベルがごろごろしているとは思えないが、流石に数がこれだけという事は無いだろう。


≪この空間には誰も居ません。ですが、此処に到るまでの洞窟内で30名程の魔力を感じられます≫


30名か。

まあそいつらの相手は後でするとして。

俺は気になっていた事をアバターに尋ねる事にする。


ごめんね、さようなら。


最後に聞こえたウロンの言葉。

それは全然ウロンらしくない声だった。

凄く弱弱しくて、悲しそうな声。


単に体が消滅した後だから、そんな声しか出なかっただけなのかもしれない。


だけど……凄く違和感を感じる。


只の気のせいかもしれない。


だがもやもやする。


だから、俺は自分のこの気持ちが只の気のせいだと確信する為、アバターに尋ねた。


「なあ、ウロンはどうなったんだ?」


≪それは……どういう意味でしょうか?≫


「別に、そのままの意味さ。最後ウロンの声が聞こえて、それがちょっと気になったから」


≪それは……≫


何故かアバターは言葉を濁す。


ウロンは天界へ帰った。

アバターが当たり前のように返すと思っていた言葉が聞けず、俺の不安は膨れ上がる。


砕けて崩れ落ちるウロンの姿が脳裏に浮かび。

まさかという思いが膨れ上がって来る。


「アバター……何か……あるのか?」


きっと勿体ぶってるだけだ。

そうに違いない。

俺は、不安で震えそうな声を押さえ込む。


≪…………≫


だが返事は返ってこない。


「おい!悪い冗談ならやめろよ!」


不安からつい声を荒げてしまう。


≪すいません≫


なんだ、やっぱり勿体ぶっていただけか。

アバターの謝罪の意味をそう判断し、俺はほっと胸を撫で下ろす。


≪やはり、黙っている事は出来ません≫


え?

黙る?

何を?


混乱する俺に、最悪の言葉が告げられる。



≪マスターは……亡くなられました≫

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