第37話 炎皇剣2刀流

「何故指示もなく姿を現した?」


「退屈だったから。つい、ね」


「貴様……」


「うふふ……冗談よぉ、じょ・う・だ・ん。彼、私に気づいてたみたいだから。ねぇ、そうでしょ?」


サキュバスは不意にその視線を此方へとむけ、楽し気に目を細め尋ねてくる。

態度に出したつもりはなかったが、どうやら魔人には俺が辺りを警戒していたのがばれていた様だ。


「お前がボスか?」


「あら、違うわよ」


違う?

この辺り一帯の魔力は、こいつの物じゃないのか?


≪いえ。魔力はあの魔人の物で間違いないでしょう≫


それじゃあ、こいつ以上の何かがいるってのか?

まさかこの場にいないだろうな?

目の前の魔人だけでも厄介だというのに、それ以上の敵を同時に相手にするなど考えたくも無い。


「勘違いするな。サルベイサーの盟主はこの私だ。サキュバスは私の使役する下僕にすぎん」


こいつ。

何かの冗談か?


ガーベルの言葉に、俺は顔を顰めた。

人間が魔人を使役できるとは到底思えない。

ましてや、あんな紛い物を偉そうに見せつけてくる様な間抜けなら猶更だ。


「その顔。どうやら私の言葉を疑っている様だな」


ガーベルの声から苛立ちが感じ取れる。

俺の表情から、自分が侮られている事に気づいたのだろう。


≪かなりプライドが高そうですね。これはチャンスかもしれません≫


ああ、分かってる。


アバターに言われるまでも無い。

相手は魔術師だ。

上手くすれば此方の力を強化できる。


「ふっ。正直、あんたにそれ程の力があるとは到底思えないがな」


「貴様っ!」


俺は鼻で笑って小馬鹿にしつつ挑発する。

我ながら安い挑発だとは思ったが、それでも効果は十分だったようだ。


「良いだろう、貴様に我が力見せてくれる。サキュバス、私を防御しろ 」


「あら、さっき一度魔法を防がれてるのに良いの?」


「問題ない。あれを使う」


「ふふ、豪勢ねぇ」


俺はほっと胸を撫で下ろす。

サキュバスに横やりを入れられた時には内心舌打ちしたが、どうやら問題なく魔法を撃ち込んでくれるようだ。


ガーベルはまるで自らの力を示かのように両手を大きく広げ、呪文を唱え始める。

そしてそれを守るかの様に、サキュバスが前へ出た。


相手の魔法を受ける事が目的ではあるが、詠唱をただ待っているだけだと相手に警戒されかねない。

そこで抵抗する様子を見せる為にも俺は炎皇剣を正眼に構え、アバターに指示して爆炎を放つ。


「あら、凄いわね。でも残念」


飛んでくる炎に向けて、サキュバスは手をさっと横に振るう。

すると彼女の前に区間のゆがみの様な物がおこり、爆炎はそれに触れた瞬間炎の渦を巻きあげて消滅する。


何だ今のは?


≪高濃度の魔力を、防御壁の様に広げた様です≫


ただ魔力を籠めただけか……

厄介だな。


魔法でもスキルでもない以上、俺のスキルで消す事は出来ない。

つまり爆炎は、サキュバスには一切通用しないという事だ。


≪炎刃ならば切り裂く事も可能でしょうが、放つタイプの魔法ではあの壁を突破するのは少々厳しいかと思われます≫


炎刃頼りで他の魔法はダメか。

ん?魔法?


≪どうかしましたか?≫


爆炎ってそういや魔法なんだよな?


≪はい。炎皇剣の特性上詠唱は不要ですが、間違いなく魔法です≫


そうか、魔法なんだよな。

だったら……


「待たせたな」


ガーベルの声に考え事を中断される。

気づけば詠唱は終わっており、ガーベルの頭上には8つの巨大な火球が生み出されていた。

俺はスキルでその魔法を確認する。


煉獄の咢ヘルフレイム(Sランク)


≪8つの業火が対象を何処までも追尾する、回避不能の魔法です≫


Sランク魔法を使えるのか。

成程、デカい口を叩くだけはある。


正直かなり相手の事を見くびっていたので、想像以上に強力な魔法を見せつけられ驚いた。

だが、これは嬉しい誤算だ。

ここでSランクを手に入れられるのは相当大きい。


「どうした?どうやら恐ろしくて声もでん様だな」


ガーベルは右手を高々と天へと掲げる。

すると火球は四方に大きく散り、円を描く様に奴の頭上で旋回しだす。


「何か言い残す事でもあるかね?」


「ねぇよ」


「そうか、ではさらばだ」


ガーベルが俺に向かって勢いよく腕を振り下ろす。

奴の頭上で旋回していた火球が一瞬輝いたかと思うと、次の瞬間一斉に此方へと飛来する。


とりあえず炎皇剣だな。

そう思い、巨大な火球達を剣に変え左手でキャッチする。


これぞ炎皇剣2刀流!


などという厨二臭い考えで、炎皇剣に変えたわけではない。

この後爆炎を連打する為に、二本目の炎皇剣に変えただけだ。

「はっ!?」


勝利を確信していたガーベルの瞳が驚きに見開かれ、口がポカンと開かれる。

まあ必殺の魔法が剣に変えられて見事にキャッチされれば、間抜け面を引っ提げてしまっても仕方が無いだろう。


「成程。面白い力ねぇ」


だがサキュバスは違う。

特に驚いた様子もなく、変わらず楽し気に微笑んでいた。


≪地面に潜った時点で、ある程度此方の能力には気づいていたのでしょう≫


「貴様……貴様一体何をした!!」


「さあな」


サキュバスにばれているからといって、ガーベルに素直にネタばらししてやる義理は無い。

それに上手くすれば、もう一発ぐらい撃ってくれるかもという思いもあった。

まあ無理だとは思うが。


「あれは私の最強の魔法だぞ!それを……それを貴様如きに防げるわけがない!」


「そう思うんなら、もう一発撃ってみな?」


「いいだろう!次こそは灰も残らず消し炭にしてくれる!」


おお。ラッキーと一瞬思ったが。

だが世の中そう甘くは無い。

詠唱を始めたガーベルにサキュバスが近づき、その首にしな垂れかかる様に口づけをして詠唱を止める。


「少しは落ち着きなさいよ。いい子だから」


「黙れ!邪魔をするな!」


サキュバスの子供をあやすかの様な悪戯っぽい口調が余計火に油を注いだのか、ガーベルは憤怒の形相で言葉を荒げる。


「お前はわたしぃ…………ぅあ……」


だがその言葉は唐突に途切れ、ガーベルが大きくよろめく。

その腹部には、深々とサキュバスの右手が差し込まれていた。

赤黒い染みがそこからローブに広がり、ガーベルの足元に血溜まりが生まれる。


「き……さま……」


「ごめんなさいねぇ。これ以上魔法を使われて彼がパワーアップすると厄介そうだったから、つい。でもキスして上げたから、許してくれるわよね?」


サキュバスはクスクス笑いながら、左手でガーベルの懐から偽の邪神像を取り出すと、それをガーベルの顔の前に持ち上げ――


そして握りつぶした。


「な……ぁ……」


「ついでに謝っておくと。実はこれ、偽物なの。本物は海に捨ててきちゃった。ごめんなさいねぇ」


「きっさ……まぁ……」


最後の力を振り絞り、ガーベルがサキュバスの首に掴みかかる。

だがそれよりも早くサキュバスの左手がガーベルの首を刎ね飛ばした。


どさっと音を立ててその首は地面に転がり、切り飛ばされた傷口からは噴水の様に血飛沫が飛ぶ。


「あらら、壊れちゃったわぁ」


ガーベルの体から噴き出た血飛沫を全身に浴び、真っ赤な返り血で染まった顔でサキュバスはにっこりと笑う。


こいつ……


ガーベルが騙されていたであろう事は察してはいたが、まさかこうも容易く切り捨てるとは。

俺はサキュバスの残忍さに背筋が冷たくなる。


「貴方の方は……どうかしら?」


小首を傾げたサキュバスはその優しい笑顔とは裏腹に、温かみを一切感じさせない冷たく輝く紅い瞳で俺を見つめる。

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