第35話 サルベイサー
「うお!?」
突然体全体がぐらぐらと揺れる感覚に襲われ、俺は平衡感覚が保てずにたたらを踏む。
何だ?
何が起きた?
転移は幾度となく繰り返してきたが、今までこんな感覚に襲われることは無かった。自分に置きた異変に戸惑いつつも、辺りを見回す。
薄暗い空間だ。
所々に灯篭が立ち、そこから赤い光が漏れ出している為辛うじて視界は通るが、そう遠くまでは見通せそうにない。
俺はそんな中、目を凝らして辺りを見渡す。
だがアーリィの姿はどこにも見当たらない。
≪申し訳ありません、転移の座標がずれました≫
ずれた?
≪この辺り一帯に特殊な高濃度の魔力が渦巻いていた為、想定した座標からずれてしまいました≫
じゃあもう一度転移を――
≪恐らく何度やっても結果は同じになるかと。幸い距離はそこまで離れていませんので、ダッシュで移動しましょう≫
ダッシュ?
聞いた事のないスキルだ。
まあ名前からどんな効果かは容易に想像できるが。
俺は言われた通り、強欲をダッシュへと変える。
≪向きはこのままで大丈夫です。発動させたら歯を食いしばって目を瞑り、全力で走ってください≫
目を瞑って歯を食いしばる?
嫌な予感しかしないが、言われた通りにしてスキルを発動させて足を一歩前に踏み出した。
――途端、体が凄い勢いで前に弾け飛ぶ。
歯を食いしばれと言われた理由が一瞬で理解できた。
間抜けに口など開けていた日には、余裕で舌を噛み切る勢いだ。
勢いに飛ばされ体が前かがみにつんのめる。
だが転ぶより先に、次の足が勝手に前に出て地面を蹴る。
オートガードが発動して転倒を防いでくれたのだろう。
こんな勢いで転倒したら軽いケガでは済まない所だ。
足をつける度に体が加速する。
必死に歯を食いしばるが、体にかかる圧で顎が上がり、口の端から涎が飛び散る。
今の自分を見る事が出来たら、さぞ凄い形相だったに違いない。
≪付きます!スキルの変更を!≫
アバターに合図され、ダッシュを水神の加護へと変える。
すると体にかかっていた前方への加速が消え失せ、勢いを失った俺はそのまま足を止め瞼を上げる。
「!?」
眼を開けた瞬間、視界を真っ赤な炎が覆い尽くす。
その炎が自分に放たれた魔法だと気づき、咄嗟に回復魔法へと変換して事なきを得た。
危ない所だった。
≪勝手に目を開けないでください。オートガードが機能してしまわなくなります≫
悪い。
炎の飛んできた方向――前方――を睨むと、そこには大きな台座が置かれており。
挟み込むように、左右に設置された灯篭が煌々と赤く台座を照らしている。
「アーリィ!」
台座の上にはアーリィが寝かされていた。
俺は大声で叫ぶが、彼女は何の反応も示さない。
一瞬まさかという思いが脳裏を過ったが、アバターがそれを否定してくれる。
≪安心してください。特殊な薬品で眠らされているだけです≫
俺はほっと胸を撫で下ろし、祭壇の周りに立つ三人の男を睨みつけた。
手前には男が二人。
一人は戦士然とした軽装の大男。
もう一人は陰気な顔つきの中年の男だ。
そして祭壇の奥側には、ナイフを手にした黒いローブを着た男が佇んでいた。
こいつらがアーリィを連れ去ったのか。
そう思うと、体の奥底から怒りが膨れ上がってくるのが分かる。
怒りに拳を握り込み、抑えきれない殺意を籠めた眼差しで相手を睨む。
手前の二人はそんな俺の様子に気づいたのか、怯えた様な表情を此方へと向ける。
だが奥のローブの男だけは違う。
俺の視線など意に介さず、顔色一つ変える事なく此方を静かに見つめ返してくる。
恐らく、先程魔法を放ったのはこの男だろう。
俺に睨まれた程度で怯える小物2人に、いきなり魔法をぶちかます様な真似ができるとは思えない。
≪詠唱はほぼ一瞬でした。相当な力量の魔術師かと≫
強力な魔術師か。
なら何も問題ないな。
如何に強大な魔法を使おうが、俺には一切通用しない。
「よくこの場所を見つける事が出来たものだ」
不意に、ローブの男が俺に語りかける。
その声は低く、その癖、驚くほどによく通る声だった。
「どの様な手段を用いた?」
「これから死ぬお前らが、それを聞いてどうするんだ?」
炎皇剣を腰から引き抜き、両手で構えながら返事を返す。
我ながらまるで悪役の様なセリフだとは思うが、俺は此処にいる奴らを生かしておくつもりはない。
こいつらのせいでウロンと別れる破目になったのだから、その責任は支払ってもらう。
命と言う対価で。
「威勢がいいな?たった一人でどうにか出来るつもりか?」
「そ、そうだ!如何に貴様が強くても、大魔導士であるガーベル様には適わんぞ!」
ガーベルという男の言葉に合わせ、陰気な顔つきの男が吠えた。
虎の威を借る狐とは正にこの事だろう。
いらついて睨み付けると、「ひぃ」と小さく悲鳴をあげて男は及び腰になる。
≪後方から気配を消した魔獣が3体近寄ってきます。振り返らず剣の切っ先を背後に向けてください≫
俺は剣を右手一本で高々と掲げ。
そのまま腕を曲げその切っ先を背後へと向けた。
次の瞬間剣を覆う炎が膨れ上がり、爆炎が背後の敵へと躍りかかる。
空気をびりびりと揺らす爆発音が響き。
背後から熱風と共に、魔獣達の断末魔の咆哮が上がる。
「ひぃぃぃ。ま、魔獣達がたったの一撃で」
陰気な男が腰をぬかし、地面に尻もちをついて悲鳴を上げる。
そんな男の挙動にイラつき、俺は剣を向けアバターに爆炎を頼む。
≪駄目ですよ。この距離で爆炎を打ち込んだりしたら、アーリッテ・ベラドンナまで火達磨です。気持ちは分かりますが少し落ち着いてください≫
此処へはアーリィを救いにやってきた。
俺の手でその彼女を傷つけるなど論外だ。
頭に血が上り、冷静さを失っている事を指摘してくれたアバターに心の中で礼を言う。
俺は気持ちを落ち着ける為に大きく深呼吸して、男達を睨みつけながらアーリィの救出方法を冷静に考えた。
理想は等価交換で3人の男達を無力化する事だ。
だが手前2人は兎も角、ガーベルの手にしているナイフを変換する距離まで近づくのは少々危険に感じる。
俺がこのまま突っ込めば、範囲に入る前にその手にしたナイフをアーリィに振り下ろされる可能性は高い。
……となるとやはり地面に潜るのが一番か。
地面を水へと変換し、地中(水中)から奴らの足元を潜りぬけて真下からアーリィを救出する。
≪相手の虚を突くいい案です。ですが―≫
「ふむ、良い腕だ」
アバターの言葉を遮り、ガーベルが口を開く。
いや、アバターの声は相手に聞こえていないのだから、意図して遮った訳では無いのだろうが。
「今ここで殺すには惜しい力だ」
惜しむ必要など一切ない。
何故なら、死ぬのはお前達の方だからだ。
「我ら
は?世界を救う?
同志になれ?
その余りに馬鹿気た発言に、開いた口が塞がらない。
この状況下で、そんなふざけた勧誘が通ると本気で思っているのだろうか?
相手の言動は正気の沙汰とは思えなかった。
まあ、生贄や何だとやってるカルト野郎にそれを求めること自体間違っているのだろう。
俺は相手とのやり取りが時間の無駄だと判断し、先程考えたアーリィ救出案を実行に移す。
≪待ってください、ミスター≫
アバターに止められ、寸での所で等価交換の発動を止める。
≪行動に移る前に、会話で少し時間を稼いで貰えませんか》
何でだ?
≪この辺りに漂う魔力が少し気になります。調べてみますので時間を下さい≫
漂う魔力。
そう聞いて、此処へ来るとき転移が失敗した事を思い出す。
アバターはどうやらそれが引っかかっているのだろう。
わかった。
アバターが危険だと感じたのなら、それを放って置くのは不味いと考えて間違いない。
俺は素直に彼女の求めに応じる。
≪ありがとうございます≫
アバターとのやり取りで俺が押し黙っていると、ガーベルは俺に話を聞く気があると踏んだのか、勝手に言葉を続けた。
「貴様も魔王の事は知っていよう」
勿論知っている。
俺の最終目標は奴を討伐する事だ。
いや、だったと言うべきか。
兎に角、その過程で魔王の事はある程度調べている。
「ああ」
俺は時間稼ぎの為に、適当に相槌を打つ。
「魔王は後十年もすれば目覚めるだろう。そして奴は目覚める度に大きな爪痕を残し、その度に人類は多くの犠牲を支払って来た」
魔王は50年周期で活動する。
目覚めた魔王は好き放題暴れ周り、半年ほど暴れて人間の世界を滅茶苦茶にすると、再び50年の眠りに就く。
「こんな事が続いていたのでは、人類の発展は望めない」
何となく相手の言わんとする事が読めた。
生贄を使って、強力な力を持つ者を蘇らせる。
もしくは召喚して対魔王の切り札にするつもりなのだろう。
「その為に彼女を攫ったのか?」
台座で寝かされているアーリィへと視線を送る。
俺の視線に気づいたのか、ガーベルは彼女の頬に触れにやりと笑う。
ぶち殺したくなる気持ちが腹の底から湧き上がって来るが、奥歯を噛み締め堪えた。
「そうだ、この娘を生贄に捧げ、邪神を復活させる」
邪神?
何かどこかで聞いた様な?
「邪神はかつて魔王に敗れ、この地深くで眠りに付いている。我々は邪神を復活させ、その力を持って魔王を破るのだ!」
ガーベルは両手を広げ、嬉しそうに声を張る。
その表情は自信に満ち溢れ、自らの言動に何の疑念も一切持っていない様に見えた。
そんな男を見つめ、俺は呆れ果てる。
こいつ、自分で言っている言葉を理解しているのだろうか?
魔王に負けた邪神を復活させたところで、また負けるだけだろうに。
「貴様の表情。何が言いたいのか手に取るように分かるぞ。邪神では魔王に勝てないとそう言いたいのだろう?だが問題ない。正面から戦えば確かに勝ち目は無いだろう。だが、休眠期ならば勝機は十分にある」
休眠期ならば、相手も本来の力を発揮できない。
魔王討伐を考えていた俺も、それは当たり前のように考えていた事だ。
だがウロンはそう考えていた俺にこう言った。
休眠期だからと言って、必ずしも弱っているとは限らない。
冬眠中の熊の様に、凶暴性を増すだけの可能性もあると。
そもそも、不意打ちすら失敗する可能性すらあるとも言っていたな。
魔王は楽観的に挑める様な相手ではない。
挑む際は、細心の注意を払い万全の状態で挑め。
そうウロンに強く念押しされていた俺からすれば、奴の公算は酷く杜撰に聞こえる。
そもそも、復活させた邪神をどうやってコントロールする気だ?
例え魔王を倒せても、代わりに邪神が暴れまわったのでは意味が無い。
「邪神をどうやってコントロールするつもりだ?」
「ふ、それならば問題ない。これを使えばな」
そう言って男は自らの懐から小さな像を取り出す。
その像はくすんだ錆色をしており、三本の腕が口を掴み、大きく広げるポーズを取った不気味な像だ。
どこかで見た事がある像だ。
確かこれって……
「この邪神像には、邪神の魂が封印されている。これを使えば邪神を意のままに操る事が可能だ」
男はその像を天に掲げ、力強く宣言する。
そんな男に、陰気な男とガタイのいい大男が跪く。
どうやら彼らにとって、あの像は御神体の様な物なのだろう。
と言うか邪神像って確か……
俺は等価交換でアイテム名を確認――変換距離外でも確認はできる――し、思わず鼻で笑ってしまいそうになる。
アイテム名:邪神像のレプリカ。
ランクB。
完全に偽物だ。
良くそんな紛い物を偉そうに掲げられるものだと、呆れ果てる。
≪ミスターが以前手に入れた邪神像のレプリカですね。そんな事よりも不味いです≫
不味い?
何か分かったのか?
≪ええ、大変不味いです。この魔力は魔人の物です≫
魔人!?
まさかズィーか!?
ズィーは関わっていないと思っていたが、奴が関わっているとしたら余りにも不味すぎる。
≪魔力の波長から、ズィーではないと思われます≫
ズィーでないと聞き、ほっと胸を撫で下ろす。
だが相手が魔人だというなら、決して一筋縄ではいかないはず。
相手にするのは危険だ。
此処は逃げの一手。
一刻も早くアーリィを救出して、この場から脱出するとしよう。
≪残念ながら脱出は難しいかと。周囲の魔力が此方の魔法に干渉してくるため、転移魔法はまともに機能しません。それに辺りを覆う魔力は、いえ、この魔力こそ魔人そのものと言っていいでしょう≫
周囲の魔力が魔人そのもの?
それってつまり。
≪完全に閉じ込められたという事です≫
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