第34話 離別

「勇人さんとはお別れだという事です。永遠に」


「お別れ?え?お別れ?なんで?」


いきなりお別れと言われ、意味が分からずついオウム返ししてしまう。

我ながら馬鹿っぽい反応だが、それぐらい意味が分からなかった。


「なんでって、以前言いましたよね?魔力を大量に使ったら神様にばれるって」


「そんなに魔力を使うのか?ただ探すだけなのに……」


ウロンが神に見つからない様にしているのは分かっている。

その為に強力な魔法が使えないのも。

だが、只探すだけの魔法にそれ程大量の魔力を使うとは考えもしなかった。


「ひょっとして勇人さん。アバターの感知を基準に考えていませんか?」


アバターはそこまで広範囲ではないとはいえ、俺の魔力を使っての感知を行っている。

大会の間は出来るだけ魔力を温存する為カットされていたが、仮に常時展開したとしても、俺の魔力が枯渇する度の消費ではないとアバターからは聞いていた。


そのため範囲の差はあれど、ウロンの探索魔法も大した事は無いと思ったのだがどうやら違うようだ。


「てっきり、ちょっと凄い版かと」


ウロンは俺の言葉を聞くと、右手をこめかみにつけ深くため息を吐く。

その顔は心底呆れたといった表情だ。


「広範囲の探索魔法は凄く魔力を消費するんです。勇人さんが攫われた時、なんで私が探せなかったと思ってるんですか?探索魔法で見つけ出しても、神様に見つかって連れ戻されてしまっては意味が無かったからですよ。まさかとは思いますが、私がめんどくさがって探さなかったとなんて思ってないでしょうね?」


「いや、そんな事は考えてないよ」


あの時は唯々ウロンに会いたいと思う気持ちが強くて。

探してもらうとか、そういった考えは俺の頭にはなかった。


そもそも俺は彼女を一人の女の子として見ていたから、天使で強い力を持っているなんて事自体失念してて、今回だってアバターに指摘されるまで気づきもしなかった。


「それで?どうするんです?」


アーリィの命か。

ウロンと一緒にいるか。

そのどちらかを俺に決めろっていうのか……


「どうするって……それは……」


思わぬ二択を迫られ、俺は返事に詰まる。


ウロンと2度と会えないなんて、絶対に嫌だ。

じゃあアーリィを見捨てるのか?

そんなのありえない。


でも……


「なんとか……なんとかならないのか?」


「無理です。なりません」


ウロンは首を横に振り、縋る様な思いで口にした俺の言葉をバッサリと切り捨てる。


「ですので、さっさと決めてください」


決める決めないで言うのなら、答えはもう決まってる。


ウロンと離れ離れになったとしても、命まで失うわけじゃない。

遠く離れてたって、彼女の幸せを祈る事ぐらいは出来る。

だけど、命は失われてしまえばそこで終わりだ。

誰がどう考えたって、優先すべきはアーリィの命の方だろう。


そもそもウロンとは、遅かれ早かれ必ず別れる運命にある。

彼女が天使で俺が人間である以上、例え魔王を倒して結ばれたとしても、いつか必ず別れの時はやって来くるだろう。


それが少し早くなるだけだ。


そう、少し早くなるだけ……


分かってる。

分かってはいるんだ。


でも……大好きな人ともう会えなくなるかもしれないと考えると、どうしても決心できない。


答えは出ていても。

それを受け入れられず葛藤し、覚悟を決める事が出来ずに時間だけが無為に過ぎていく。


「いつまで悩んでるんですか!?アーリッテはいつ殺されてもおかしくないんですよ!!」


ウロンが大声で俺を怒鳴りつける。

普段のお茶らけた表情とは違い、その顔は真剣そのものだ。


「それは……分かってる。けど……」


「ああ、もういいです。貴方には失望しました」


「失……望?」


ウロンが盛大に溜息を吐く。


「魔人には間抜けにも連れ去られ、気絶して護衛対象も守りそこなう。挙句の果てには、時間の猶予の少ない大事な決断も出来ない始末。はっきり言って、勇人には失望です!」


ウロンが辛らつな言葉を俺にぶつけて来る。

だがその声に、棘の様な物は感じない。


だから何となくわかる。

彼女はきっと、自分で決断できない俺の代わりに――


「…………」


「ここまで無能だと、魔王討伐なんて夢のまた夢!これ以上勇人に付きあうのは時間の無駄でしかありません!決めました。私は――」


「ウロン」


「なんです?今大事な話を――」


「俺も決めたよ」


格好良く生きたかった。

大好きなウロンの前で格好良く生きて、いつか彼女に振り向いてもらいたかった。


でも実際は無様な姿を晒すばかり。

挙句好きな子に別れの言葉を言わせるなんて、格好悪いにも程がある。


だから最後は……せめて最後位はカッコつけないと。


息を大きく吸い込み、吐き出す。

そして真っすぐウロンの目を見つめて、俺は彼女に別れの言葉を口にする。


「ウロン。アーリィを助けたい。力を貸してくれ」


言葉を言い終えた瞬間、胸の奥へと強い感情の波が押し寄せた。

その波に飲み込まれ、今にも涙が溢れ出しそうだったが、俺は歯を食いしばって必死にそれを抑え込む。


「いいんですね?」


「おう!頼むよ!ウロンには迷惑かもしれないけど、この通りだ!」


良いわけない……

だけどこれ以上、惚れた子にみっともない姿は見せられない。

俺は震える両手を強く握り込み、大声で返事して深く頭を下げる。


「迷惑は別に構いませんよ。こっちも……勇人を間違ってこの世界に連れてきた負い目がありますから。ですから、これで貸し借り無しって事で」


「ああ……ありが……とう」


頭を上げる事が出来なかった。

我慢しようと頑張ったが、もうこれ以上涙を押し留めていられない。


地面にぽたぽたと涙の雫が落ち、今にも嗚咽を漏らしてしまいそうになる。

だがそれだけは必死に堪え、腹の底から声を絞り出した。


「じゃあやりますよ」


そう言うとウロンは小声で何かを呟く。

一瞬頑張ったねと聞こえたような気がしたが、ひょっとしたら聞き違いだったのかもしれない。


「よっと、終わり!情報はアバターに渡しておきますね!それじゃあ、神様の雷が落ちる前に私は土下座しに行ってきます!勇人!アデューです!」


嫌だ、行かないでくれ。

そう叫べたらどんなに楽だったろうか。

俺は心の慟哭を押さえ込み、別れの挨拶を交わす。


「さよ……ぐぅ……なら…」


最後はカッコよく笑顔で決めたかった。

でも無理だ。

笑顔なんか絶対に……


≪マスターは行かれました。もう我慢しなくてもいいですよ≫


アバターの優しい声を聴いた瞬間顔を上げ、滲む視界の中、消えてしまったウロンの姿を必死に探す。

探したって見つかるわけはないのに、ウロンの名を呼び必死で探す。


「ウロン、どこだ?どこに行ったんだ……返事を……してくれ……」


さがして。さがして。さがして。

見つからなくて、それでも必死に探して。

気づけば俺は地面に蹲り、声を押し殺し泣いていた。


いつしか涙は枯れ果てる。

だが涙が枯れても心にぽっかりと空いた穴は俺を苛み続け、何もする気が起きず、唯々俺は嗚咽を漏らす。


もう何もかもどうでもいい。

そんな喪失感に陥っていると、アバターに声をかけられる。


≪不味い状況です。酷な様ですが、泣いている場合ではなくなりました≫


邪魔しないでくれ。

何もする気が起きないんだ。

もう何もかもどうでもいい。


≪馬鹿な事を言ってないで、立ち上がってください!≫


アバターが怒鳴り声を上げる。

彼女がこんなに声を荒げるのは初めての事だ。


≪アーリッテ・ベラドンナを救えるのは貴方だけなんですよ!彼女が死んでしまったら、何のためにウロン様とお別れしたんですか!!≫


ウロン……


そうだ。

俺がこんなに苦しんでいるのは、全てアーリィを救う為だ

ここで彼女を救えなかったら、何のためにウロンとさよならしたのか分からなくなってしまう。


俺は深く深呼吸をしてから立ち上がり、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を手の甲で拭う。


「アーリィの状況が分かるのか?」


≪はい。マスターから魔法の一部を受け取っていますので。それより大変不味いです。アーリッテが祭壇の上に乗せられようとしています。もう時間がありません、誘導しますので今直ぐ転移を≫


「わかった!」


俺はコントロールをアバターへと委ね。

アーリィの元へと転移する。

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