第33話 追跡不能

不味いな。


不味すぎる。


情報を待つ事3日。

アーリィを連れ去った者達の行方を示す、決定的な情報は未だ入って来てはいない。

正直状況を甘く見ていた。


市長とキース・テイラーは必死だった。

現状、アーリィを救出できるかどうかでこの2人の進退が決まると言っても過言ではないからだ。


特にキースは、目の前でアーリィが攫われるのを見捨てて逃げていた。

自分が招待した客を見捨てて逃げたとなれば、キースの、引いてはテーラー家の信用は間違いなく失墜する。

そうなれば、当然テーラー家に彼の居場所は無くなってしまうだろう。


市長だってそうだ。

管轄内で連れ去られただけでも問題だというのに、無理を言って腕利きの護衛を引き剥がしたせいでアーリィは連れ去られているのだ。

このまま行けば、辞任程度では済まない。


この二人にとって、唯一の起死回生の手立てはアーリィを無事救出する事のみだ。

だからどんな事をしてでも、死に物狂いで証拠を見つけ出すだろうと考えていた。

実際彼らはありとあらゆる手を使って探しているのは間違いない。


だがそれでも見つからないのだ。

有力な手掛かりが……


≪手がかりですか……それなんですが、彼らが魔獣に変貌したという報告を覚えていますか?≫


勿論覚えている。

武闘会場で突如出現した魔獣は、人間が変身したものだと。

そしてその報告を聞いて真っ先に頭に浮かんだのが、魔人ズィーだ。


かつて俺を攫い。

そして殺した魔人だ。


奴は俺の事を、悪魔の心血エヴィル・ブラッドで配下の魔人に変えようとしていた。

魔人に変えられるのなら、魔獣にだって変えられるはず。


だがもし奴が今回の黒幕なら、俺の時の様に強制転移の魔法で連れ去ればいいだけの事。

それをしないでわざわざ大掛かりな手間をかけているという事は、今回の件に奴は関わってはいないと考えて良いだろう。


≪そうですね。仮にあの魔人がアーリッテを狙っていたのなら、すぐ傍にいるミスターの存在に気づくはず。そうなれば彼女よりも先に、ミスターの方を狙ってくるはずでしょうし≫


アバターに怖い事を言われて背筋が寒くなる。


やっぱ生きてるってバレたら、狙われるよな?


≪当然です。殺した相手が生きていたとなれば、間違いなく放って置いてはくれないでしょう≫


あいつとは、出来れば関わりたくないというのが本音だ。

魔王討伐を目指す身としては、いずれ戦わなければならない相手とは分かってはいるが、勝てる見込みのない現状で関わり合いを持つのはごめんこうむりたい。


≪賢明な判断です≫


で?

結局アバターは何が言いたいんだ?


≪少々話がそれてしまいましたね。私が言いたいのは、誘拐犯達が自由に魔獣の力を使えるという事です≫


それがどうかしたのか?


人が魔獣になってその力を使えるのが危険だというのは分かる。

だが決して倒せない程の強敵というわけではない。

アーリィの居場所さえ掴めれば、あの程度ならどうとでもなるだろう。


≪お忘れですか?会場で一人の兵士が魔獣の片手によって軽々と持ち上げられていた事を≫


炎刃で倒したあの魔獣か。


ゴリラを二回り程大きくしたような、単眼の魔獣。

人間をまるでおもちゃを握るかのように片手で持ち上げていた怪力の持ち主だ。


≪そう。つまり魔獣ならば人を片手で持ち上げる事も、そのまま森や険しい山を抜ける事も可能だという事です≫


それって……


≪見つからないのは、探索の前提条件が間違っている為でしょう≫


今やっているのは人の活動圏内の探索でしかない。

だが相手が魔獣なら、人間が進めない様な険しい場所でも難なく分け入る事が出来る。


だがそれだと……。


≪北には魔族領と人間領を遮る険しい山岳地帯が連なり、南には大森林が広がっています。その辺りに連れ去られたのなら、人間の捜索方法で手がかりを掴むのはまず絶望的かと≫


つまりアーリィは、見つけられないって事か?


≪現段階で足取りが掴めていないのなら、その可能性はかなり高いかと≫


嫌な汗がこめかみから頬にかけて伝い。

全身から血の気が引くのが分かる。


「うそ……だろ……」


足元がふらつき。

よろめいて、咄嗟にベッドにもたれ掛かる。


「そんな……アーリィが……死ぬ……」


そんな馬鹿な。


ショックで体に力が入らない。


「俺の…せいだ……」


あの時。

アーリィが連れ去られた時。

俺ならきっと彼女を救えたはずだ。

決勝戦で油断して気絶さえしていなければ、きっと誘拐は防げた。


俺さえしっかりしていれば、助けられたはずだったんだ……

何をやっているんだ、俺は……


軽く考えていた自身の失態が、今重くのしかかる。


「くそっ!くそぉっ!!」


悔しさからベッドを叩く。

何かに怒りをぶつけずにはいられない。

だが握った拳には力が入らず、パスパスと軽い音を響かせるだけだった。


「くそぉぉぉぉ……」


アーリィ。

許してくれ。


悔しさから涙が溢れ、視界が滲む。

どうしようもない自身の無力感に苛まれ、唯々アーリィに心の中で謝り続ける。


≪手が無いわけではありません≫


………………え。


処理しきれない感情の波に押し流され、どうしようもない気持ちを吐き出す事も出来ずに悶える俺に、予期せぬ救いの声がアバターからかかる。


助ける手立てが……ある……のか?


≪…………≫


「どうすればいい!どうすればアーリィは助けられるんだ!!」


≪マスターです。マスターのお力を借りれば、アーリッテ・ベラドンナの居場所を突き止める事は可能なはず≫


そっか……そうだよな!

ウロンは天使なんだから、それぐらい簡単だよな!!


「おいウロン!起きてくれ!お前の力が必要なんだ!!」


俺は全力で叫ぶ。

頭上でぷかぷか鼻提灯を浮かべるウロンを叩き落とすかの様に――此方からウロンに触れる事は出来ない――手を振る。


「うぅ~ん。何ですか?お尻でも誰かに掘られたんですか?」


「んなわけあるか!いいから力を貸してくれ!!」


目覚めたウロンは手の甲で目をごしごししてから、突然成程成程と呟きだす。

恐らくアバターから説明を受けているのだろう。


「事情は分かりました。あのビッチの穴が惜しいというわけですね」


「アーリィを助けたいんだ。頼む、力を貸してくれ!」


俺は腰を深く曲げてウロンに頭を下げる。

もはや彼女だけが頼みの綱だ。


「嫌です」


「な……」


「と、言いたいところですが。状況が状況ですし、まあいいでしょう。ただし、これは手切れ金の様な物になりますから……そのつもりでいてください」


「は?え?手切れ金?」


言っている意味がよく分からない。

またいつもの冗談かとも思ったが、彼女の表情は真剣そのものだった。


「どういう意味だ?」


気になって尋ねるが、返事は無く、ウロンはその顔を気まずそうに伏せるだけだ。

しばらくの沈黙の後、彼女は『ふぅ』と軽く溜息を吐き。

それから顔を上げて、ゆっくりと口を開いた。


「勇人さんとは、お別れだという事です」


永遠に――そうウロンの言葉は続く。

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