第31話 誘拐

……てくだ……


声が聞こえる。

女性の声だ。


おき……だ……


何を言っているのか、よく聞き取れない。

だがその声が、必死に何かを訴えかけている事だけは分かる。


お……て……だ……


お手玉?


≪そんな分けないでしょう!さっさと起きてください!!≫


!?


「あぎゃっ!?ぐえぁ……」


アバターの声で目を覚ます。

口を開こうとするが右頬から顎にかけて激痛が走り、言葉にならない苦悶の声を垂れ流してしまう。


≪回復魔法で治療してください。再変換する事も忘れずに≫


とんでもない激痛に再び意識を失いそうになるが、アバターの冷静な声に促され天使の施しを使って怪我を回復させる。


回復魔法は完了前に変更したので全快復ではないが、まあ問題ないレベルだ。

俺は置きあがって周囲を見回す。

そこで目に飛び込んできた光景に、思わず唖然となる。


会場のあちこちから黒煙が上がっていた。

客席には観客達の姿は無く、魔獣達が会場のあちこちで咆哮を上げ暴れ周っている。


一体何が?

ていうかここ、クレストンのド真ん中だよな?


闘技場はクレストンの中央に位置する建物で、この街の顔と言っていい場所だ。

そこに魔獣が大量に入り込むなど、通常では考えられない事態と言える。


≪何者かが特殊な方法で召喚したのでしょう。それよりも、まずルディークの治療を≫


ルディークの治療?

って、そういや目の前で倒れてるな。


辺りの光景が異常過ぎてスルーしてしまっていたが、目の前でルディークが蹲る様に倒れている。

切り落とされた腕からの出血のせいだろうか、彼の下には大きな血だまりが出来ていた。

このまま放って置くと間違いなく死んでしまうだろう。


剣を握る腕を拾って傷口に合わせ、天使の施しを使う。

魔法の青い光に包まれると、切り離されていた腕の切断面が見る見るうちに繋がっていく。


やっぱこの魔法、スゲーな。

流石Sランク。


「――っ!?俺は……負けたのか?」


目を覚ましたルディークが口を開く。

流れ的には俺の負けな気もするが、どうなんだろうか?

相打ち?


≪ほぼ相打ちの様なものです。ルディークもミスターをぶん殴った後、すぐに気絶していますから≫


ああ、そうなのか。

でも、今はそんな事より。


「ルディーク。なんかしらんけど、魔獣が会場に入り込んでる」


「なに!? 」


俺の言葉にルディークが驚いた様に声を上げ、立ち上がって辺りを見回した。


「どういう事だ。何が起きた?」


俺が聞きたいぐらいだよ。


≪ミスター達が気を失った直後に辺りで爆発が起こり、その後魔獣達が姿を現したのです≫


成程。

つまり何が起きたかわからないって事か。


≪そうとも言えます≫


むしろそうとしか言えないだろう。


「わからん。とりあえず、魔獣を退治するぞ」


「わかった」


そう答えるとルディークは駆けだし、衛兵達が相手をしている手近な魔獣へと躍りかかる。

そして大きな体躯の魔獣を一刀の元切り伏せ、次の魔獣へと向かう。


「やっぱつええな」


ついつい感心して声を上げてしまったが、俺もぼーっとしている場合ではない。

転移魔法で暴れている魔獣の背後に飛び、アバターに指示して爆炎を放ち魔獣を焼き尽くす。


「お見事です」


「流石ですね。助かりました」


魔獣と戦っていた衛兵達が礼を言ってくる。

ぱっと見、重症者はいない様だ。

回復をかける必要がなさそうなので軽く挨拶を返し、俺は次の魔獣の元へと転移する。


「ち、めんどくせぇ」


目の前の魔獣を焼き尽くそうとして、動きを止める。

雄叫びを上げる魔獣のその大きな手に、衛兵の一人が握られていたからだ。


一気に焼き尽くすのが一番手っ取り早いのだが、それをすると捕まっている衛兵まで焼き殺してしまう。

ぐったりしている様子から、ひょっとしたらもう死んでしまっているかもしれないとは思ったが、流石に確認もせず決めつけで攻撃するわけにもいかない。


仕方がないので、アバターに炎刃フレイムブレードを指示する。


剣に纏わりつく炎が刃の様に薄く伸び。

その外周部分が細かく振動し、波の様に流れた。


相手を断ち切る炎の剣。

それが炎刃だ。

この炎の刃で、まずは魔獣の腕を断ち切る。


「こっちだデカブツ!」


まだ此方の存在に気づいていない魔獣へ、背後から大声で挑発。


背後からそのまま斬りつけたいところだったが、下手にダメージを与えると痛みで力んだ魔獣が衛兵を握りつぶしてまう恐れがある。

それを避けるには初激で腕を切り落とす必要があったが、背後からではそれは難かしい。

仕方がないので、少しリスクは上がるが振りかえるスキを突いて腕を狙う事にしたのだ。


声をかけると同時に、低い姿勢で魔獣に突っ込む。

狙い通り魔獣の懐に潜り込んだ俺は、低い姿勢から腕に向かって剣を跳ね上げた。


「ガアァァァァッ!」


ドサッという音と共に魔獣の腕は地に転がり、その痛みから魔獣が苦し気に咆哮を上げる。


「うっせぇ!」


俺は続いて、痛みで仰け反る魔獣の胴を剣を薙ぎ払った。

とたんに魔獣の咆哮は止み、ゆっくりとその上半身が崩れ落ちる。


「すげぇ威力だな」


魔獣を切り裂く際、俺の腕には何の感触も伝わってこなかった。

強靭な魔獣の肉体を、まるで豆腐の様に切り裂く炎の刃。

その凄まじい切れ味に、思わず感嘆の声を零す。


「っと。炎刃に感心してる場合じゃねーな」


魔獣の手に捕まれている衛兵の呼吸を確認する。

どうやら生きている様なので天使の施しで回復し、魔獣の指を切り落とし手の中から引きずり出してやる。


「ありがとうございます」


「いや、気にすんな。他の衛兵の所まで連れて行ってやろうか?」


「いえ、私も兵士の端くれですから。一人でも大丈夫です」


そう答えると衛兵は此方に一礼した後、魔獣と戦う他の仲間の元へと向かった。

別に転移で一緒に移動するだけだから手間はかからないのだが、本人が大丈夫だと言っているのでまあいいだろう。


≪待ってくださいミスター。お伝えしなければならない事が二つあります≫


次の魔獣の元へと転移しようとしたところで、急にアバターに呼び止められる。


なんだ?

手早く頼む。


今こうしている間にも、魔獣達は暴れまわっている。

此処でちんたらしている暇はない。


≪余り魔力残量が多くありません、爆炎は使えて後数発です≫


まじか!?

ってそういや、絶対防壁を使ったんだったな。


爆炎は炎皇剣から放たれる最強魔法だ。

文字通り爆発する様な炎で、敵を一瞬で焼き尽くす。

当然それだけ強力な魔法である以上、魔力の消費は大きく、絶対防壁使用後の俺の残り魔力じゃ大した回数は使えない。


爆炎無しで魔獣退治はきつそうだ。

だがまあ瞬殺が出来ないだけで、やってやれないことは無いだろう。


≪それともう一つ。アーリッテ・ベラドンナとリリー・アッシャーの魔力が闘技場内から検出できません≫


ん?

それは単に闘技場から脱出しただけでは?


≪ですがティアース・フレムベルクの魔力は闘技場内に残っています≫


ティアースだけ残ってる?

まあ何だかんだで、ティアースは腕が立つ。

魔獣退治の為に残った可能性が……いや、ないな。


ティアースにとって、アーリィの保護は何者よりも最優される。

例えリリーが居たとしてもアーリィから離れるとは考え辛い。


そうなると気になる……


ティアースの所に飛びたい。

誘導してくれ。


≪了解しました≫


魔獣の事も放ってはおけないが、まずは身内を優先する。

俺はアバターに位置を誘導して貰い、転移魔法でティアースの元へと飛んだ。


「な!?」


飛んだ先で信じられない光景が目に飛び込み、思わず驚愕の声を上げてしまう。

広い通路のあちこちで血まみれの人間が倒れ、それを魔獣が食い荒らしている地獄絵図の様な光景が広がっていたからだ。


突如現れた俺に魔獣達は一斉に振り返る。

だが俺はそんな事など気にも留めず、倒れている人間の中にティアースがいないかを探す。


いた!


彼女の服装は特徴的で、すぐに見つけることが出来た。

幸い魔獣は彼女に集ってはいない。

だがそのメイド服は真っ赤に染まり、倒れたその体の下には血だまりが出来ていた。


アバターが魔力を感知できた事から死んではいないだろうが、時間をかければそれも怪しくなる。

早く回復魔法をかけてやりたいのだが、倒れている位置が悪い。


ティアースは1体の魔獣の足元近くに倒れていた。

転移するにも駆けつけるのにも、その魔獣が邪魔だ。


爆炎で瞬殺したいところだが……


≪ここで魔獣を火達磨にしては、ティアースや倒れている人達も巻き込んでしまう恐れがあります≫


炎刃で処理するしかないか。

いやだが、魔獣の数は全部で6匹。

一匹処理してる間に囲まれるのは目に見えていた。


≪一旦魔獣達を引きつけ、通路を紅蓮の壁ファイヤーウォールで隔離するのがよろしいかと≫


こんな広い通路を遮断できるのか?


≪可能です。但し残りの魔力の大半を使う事になりますが≫


それはまあ問題ない。

どうせ元々、爆炎数発で尽きるはずだったのだから。


俺は炎皇剣を派手に振り回し、大声で叫ぶ。


「俺が相手だ!かかってきな!」


俺の声と動きに反応し、一匹の魔獣。

小型で、青い毛におおわれた人型の魔獣が雄叫びを上げる。


その雄叫びに反応するかの様に、魔獣達は動き出した。

全ての魔獣が俺に背を向け、そして駆けだす。


俺とは全くの反対方向に。

その姿は瞬く間に通路の奥へと消えていく。


…………あれ?


にげた?どういう事だ?


いや、混乱してる場合じゃないな。

早くティアースを回復してやらないと。

俺は彼女の元へ駆け寄り、魔法で傷を回復する。


程なくティアースは意識を取り戻し、そして目覚めた彼女の口からとんでもない言葉を聞かされてしまう。


「う……勇人……」


「気が付いたか。もう大丈夫だ」


「大丈夫……ここは?……はっ、そうだ!アーリッテ様が……」


「アーリィがどうした?」


「アーリッテ様が攫われてしまいました!」

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