第30話 決勝戦

大歓声が響き渡る。


一辺20メートルの武舞台。

そこに向かい合って立つ俺とルディークに向けて、360度武舞台を取り囲む観客席から、声援とも怒声ともつかぬ音の波が降り注いだ。


うっせぇな。

まだ試合も始まってねーのに、叫んでる奴らは頭がおかしいのだろうか?


騒音レベルに達する歓声にイラつき、ついついアバターの作戦など放り投げて、水中戦で観客をポカーンとさせてやりたくなってくる。


≪苛立ちは理解できます。虫でももう少し、上品にさえずりますから。そう考えると、此処に集まっているダニ共は虫けら以下とも言えますね≫


何か以前より、口が悪くなってねーか?

元から良くは無かったが、最近より一層酷くなった気がしてならない。


≪私も色々な経験を経て、成長しましたので≫


どう考えてもそれを成長とは呼ばない。


俺は首を傾け、視線を上に上げる。

そこには確実にアバターの口が悪くなった原因であろう存在が、涎を垂らしてぷかぷかと漂っていた。


これだけ五月蠅い中、よくグースか寝ていられるもんだと感心する。

俺ならこんな環境で、安眠するとか絶対無理だ。


≪もうじき試合が始まりますよ≫


言われて、特別観覧席の上にある時計に目をやる。

アバターの言う通り、もう三十秒もすれば試合開始だった。


少し視線を落とすと、そこにはアーリィの姿が目に入る。

彼女はテーラー家に賓客としてクレストンへと招かれている為、キース・テーラーと共に特別観覧席についていた。


俺が見ている事に気づいたのか、アーリィは此方へと小さく手を振って来た。

一瞬手を振り返そうかとも思ったが、なんか気恥ずかしいので辞めておく。


≪今夜はオッケーのサインですね≫


仮に俺とアーリィがそういう関係だったとして、このタイミングでそのサインを送るって本気で思ってる?


≪ビッチはあえて人混みでサインを送るものです。そう言うプレイです≫


聞いた俺が馬鹿だった。


あれ?

その時ふと気づく。

観覧席にリリーがいない事に。


彼女は基本、アーリィの護衛として傍に付いている。

そのリリーの姿が見当たらない。

その事に疑問を感じたが、考えを巡らすよりも早く、試合の開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。


≪試合に集中してください。考え事をしてて負けたなんて、笑えませんよ≫


もっともな意見だ。

まあ俺にはオートガードがあるから、いきなり問答無用でやられるって事は無いだろうが、油断して良い事なんざ何もない。

俺は気を引き締め、相手に意識を集中する。


炎皇剣を正眼に構える俺に対して、ルディークは手にした剣を構える事なく、自然体で此方の出方を伺う。

剣の達人だけあってその立ち姿は堂に入ったもので、一見ただ立っているだけのように見えて、その実全く隙が無い事が素人目にも分かる。


ルディークから感じるその圧倒的な威圧感に、俺は唾をのむ。


≪この試合に向けて、完璧に仕上げられていますね。ボコボコにし甲斐があるという物です≫


気楽に言ってくれるぜ。

まあビビッてってもしょうがない。

俺は目を瞑り、転移魔法でルディークの背後をとる。


次の瞬間、ギィンと金属のぶつかり合う甲高い音が響く。

ルディークが俺の転移に反応して振るった剣と、オートガードが勝手に動かした魔剣がぶつかり合った音だ。


手に衝撃が走り、俺の腕が痺れる。


≪剣は落とさないでください。下手したら死にますから≫


分かってるっての。


ギィンと再び金属音が響き、再び腕に衝撃が走る。

いや腕だけではない。

先程の咄嗟の一撃とは違い、ルディークの本格的な一撃を受けた事で、体全体に衝撃が走り俺は軽く吹き飛ばされる。


背骨がへし折れそうだ。

俺は素早く回復魔法でダメージを回復させる。

だが次の瞬間再び弾き飛ばされ、即座にもう一度回復魔法を使う羽目に。


回復しては吹き飛ばされ。

吹き飛ばされては回復する。


ダメージをいくら負おうとも、無限に使える回復魔法がある限り、肉体は問題なかった。

問題なのいは心の方だ。

回復するとはいえ、痛みが無いわけではない。

こんな状況が続けば、先に心が疲弊して音を上げてしまうだろう。


ていうか……多分まだ3分も経ってないが、もう既に音を上げたい気分だ。

それぐらいきつい。

せめて相手の武器やスキルを、等価交換で無効化したい所だ。


試合前、アバターには相手の武器やスキルには手を出さないように言われていた。

曰く『その方がカッコいいから』だそうだ。

ウロンもきっと喜ぶ、と。


だからオートガードでも勝手に発動しない様、意識的に制限をかけているのだが……流石にこれだけきついと、とてもじゃないがやってられん。


≪頑張ってください。多少苦戦した方が逆転した時のカッコよさは引き立ちます≫


いやもう、そんなのどうでもいいから。


ウロンにカッコいい所を見せようとアバターの話に乗ったが、当のウロンが寝てる時点で、俺が格好をつける意味は無い。


≪マスターは天使です。寝ていても、周りの状況をきちんと把握されていますよ。良いんですか?ヘタレた姿を晒してしまって、折角口説き落とすチャンスかもしれないのに……≫


むうううう。

後で確認するからな!

もし嘘だったら承知しないぞ!


男はつらいぜ。


俺は惚れた女のハートを掴むべく、歯を食いしばり剣合の衝撃に耐える。


≪解析完了です≫


俺が半べそになりながら痛みに耐え続けていると、アバターから念願の言葉が聞ける。


≪左に飛んでください≫


言われて左に大きく飛ぶ。

一合目から断続的に続いた衝撃が、その時初めて途切れた。


≪もう目を開けて大丈夫ですよ。折角ですから、剣を躱された間抜けにお前の動きは見切ったと格好良く伝えてあげましょう≫


あほか。

そんな台詞言ったら、相手に警戒されるだけだろうが。

誰が言うか。


眼を開けると、お互いの剣先が届くか届かないかの距離でルディークがに俺を睨みつけ、動かない。

さっきまで攻撃を受けるので手いっぱいだった俺が、急に回避した事で警戒しているのだろう。


≪14秒後にしびれを切らして斬りかかって来ます。私が合図したら左に飛び、腰の剣で相手の右手に向けて渾身の一撃を放ってください≫


アバターは相手の動きを解析する事で、その動きが読める様になるらしい。

ウルの時にも同じ様な事をしていたが、14秒後に動き出す事が分かるとか、もうほとんど予言に近いレベルだ。


≪来ます!≫


アバターの声と同時に俺は左に飛ぶ。

目の前には振り下ろされたルディークの剣。

そしてそれを握る奴の右手。


俺は手にした炎皇剣を渾身の一撃に変換し、腰の剣を奴の右腕めがけて抜き放つ。

此方の動きに反応してルディークが剣を振り上げようとするが、俺の方が早い。


「渾身の一撃!」


ザシュっという鈍い音と共に剣が宙を舞い。

その柄には切り落とされた右腕が、まるでストラップの様に垂れ下がっている。


勝った。

右手を切り落とされたんじゃ――


≪油断してはいけません!≫


え?


そう思った瞬間、奴の左拳が俺に迫るのが目に映る。

オートガードは発動しない。

俺の視界――意識が、奴の攻撃を認識てしまったからだ。


咄嗟に顔を捻って躱そうとするが、間に合わなかった。

次の瞬間顔面に激痛が走り、俺は吹き飛ばされる。


冗談……だろ……右手を……切り落としたんだ……ぞ……


そこで痛みの余り、俺の意識は途切れた。

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