第29話 魔術師

試合が終わり、アーリィ達と合流するためテーラー邸へと向かう事にする。

だがその前にバーリ達に一声かけていこうと観客席に寄った所、大勢の人達に瞬く間に取り囲まれてしまう。


「あ!私ファンになっちゃいました!握手してください!」


「あんたすっげーなぁ!次の試合も応援してるぜ!」


「きゃー!こっちむいてぇ!」


突然四方八方から声をかけられ、面食らって思わず後ずさる。


なんだこりゃ?

一体全体、何が起こってるんだ?


状況に困惑していると、あちこちから手が伸びてきて体の至る所に触れてきた。

彼等からすればちょっとしたボディータッチのつもりかもしれないが、こっちとしては全然知らない人間に体中弄られて、不快極まりない。


って、おばはん人の股に間触んな!


でっぷり太ったおばはんがニヤニヤしながら、大事なあそこをモミモミしてくる。

その余りの不快感におばはんの手を掃い、俺は堪らず転移魔法で退散する。


「何だったんだ、今のは?つうかばばぁ死ね!」


可愛い子ならいざ知らず、何が悲しくてあんなイボイノシシみたいな女に股間を弄られにゃならんのだ。


≪誘えば、きっとやらせてくれてましたよ≫


死んでも断る。

しかし、本当に何だったんだ今のは?


≪試合で鮮やかな勝利を収めましたから。モブ顔でも、観客には格好良く映ったのでしょう≫


鮮やかって。

転移魔法使って背後取っただけなんだが?


つうか、誰がモブ顔だ。


さっきの試合はただ奇襲が成功しただけに過ぎない。

手に汗握る様な派手な試合とは程遠い、地味な内容だったはず。

あんなんで格好よく見えるものだろうか?


≪重要なのは、彼らにミスターが強く見えたかどうかです。この手の娯楽に興じる輩は、総じておつむが弱いもの。奇襲だろうが何だろうが、強ささえ示せればそれで充分です。彼らにとっては、強い=かっこいいですから≫


そう言う物か。

しかしさっきの試合、転移魔法は使わなかったほうが良かったんじゃないか?


アバターに促されるまま使ってしまったが、ルディーク戦にとっておいた方が良かったのではと、今更ながらに思えてくる。

さっきの試合も当然相手にはチェックされているだろうし、知られてしまってはもはや奇襲には使えないだろう。


≪初めから奇襲には使えませんよ。あのレベルの使い手は、目だけでなく全身で気配を察知しますから。下手をすれば、転移した瞬間バッサリいかれてしまいます≫


転移魔法に対応して動いてくるのか。

とんでもねーな。

やはり水攻めしかないか。


≪それは最後の手段ですね。勝ち方としては、余りにも特殊過ぎますし。会場全体が変な雰囲気になる事請負です≫


そらそうだ。

突然選手二人が地面に出来たデカい水溜りに沈んで、片方が溺れてKOとか。

どんな武闘大会だよって話だからな。


≪まあ私の考えた作戦を使えば、恐らく勝てると思われますので。大丈夫だとは思いますが≫


渾身の一撃クリティカル絶対防壁ノーダメージか……


決勝戦では渾身の一撃と、絶対防壁。

この二つのSランクスキルを使って戦う予定だった。


渾身の一撃は、自身の能力を遥かに超える一撃を叩きだすスキルだ。

一度クレストンの郊外で試して見たが、目の前の大岩をまるでバターの様に容易く真っ二つにする程の威力を誇る大技となっている。


但しこのスキルを使うと、反動のダメージで身動き一つ取れなくなってしまうという欠点があった。

正に捨て身の一撃と言っていいだろう。


とは言え、狙うは優勝であって引き分けではない。

相打ちでは意味が無いのだ。


そこで生きるのが、絶対防壁である。


絶対防壁は魔力を消費して、ありとあらゆるダメージを無効化するスキルだ。

その中には渾身の一撃で発生する自傷ダメージも含まれており、それを防ぐ事も可能となっている。


絶対防壁で反動を防ぎ、渾身の一撃でルディークを倒す。

それがアバターの提示した作戦だった。


≪ミスターにもっと魔力があれば、確実だったのですが。まあ無い物ねだりをしても仕方ありませんね≫


俺の魔力では、絶対防壁で渾身の一撃の反動を無効化できるのは一度が限度だだそうだ。

その為、俺は一撃必殺で奴を仕留めなければならない。


ま、外したら水攻めするだけだから、そこまで気負うつもりはないけどな。

会場全体がポカーンとしようが何だろうが、負けるよりはましだ。


ふと上空を見上げる。

俺の頭上では、相変わらずウロンがグースか眠っていた。


――俺はここ数日、彼女とまともに会話できていない。


ウロンは最近ずっと俺の頭上で眠りこけており、話しかけても目を覚ます事は無かった。

最初はよく寝る奴だと呆れていたのだが、こうまで眠り続けると、少し心配になって来る。


なあ……ずっと寝てるけどウロンは大丈夫なのか?


≪問題ありません。寝る子はよく育つというでしょう≫


え?ウロンって成長期なのか?

見た目的には、俺より少し上だと思っていたんだが。

実は見た目よりずっと若いとか?


≪マスターの年齢は見た目通りですよ。ただ、天使は人間と違って死ぬまで成長するだけです≫


ああ、そうか。

馬鹿な事ばっかり言ってるから、天使だって事すっかり忘れてたぜ。

確かに人間と天使じゃ、事情も違ってくるか。


アバターに言われて天使だという事を思い出し、ほっと安堵する。

少し心配したが、人間なら異常な行動でも、天使なら問題は無いのだろう。


≪ミスター如きが、マスターを心配するなど100年早いです。そんな事を心配してる暇があるなら、今はハーレムを作る事だけ考えてください≫


そんな物を作ろうとか、考えた事など一度もありませんが?


まあいいや。

俺は気を取り直して、テーラー邸へと向かう。


―――テーラー邸・特別訓練室―――


「よう!」


一心不乱に剣を振るうルディークへと、キースが声をかける。


「どうだ?勝てそうか?」


キースは常にその表情に笑顔を張りつかせている男だが、今回は違う。

ルディークに尋ねるその表情は、真剣そのものだった。


「俺の勝敗に、何を賭けた?」


キースとの付き合いが長いルディークは知っている。

彼がそう言った表情をする時は、大抵負けたくない賭けをした時であると。


「やれやれ、ばればれか。実はお前が勝てば成人の義の後、アーリッテ嬢と正式にデートして貰える事になってるのさ」


「成程」


道理で真剣なわけだとと、ルディークは納得する。

大貴族の子息令嬢が正式にデートを行うという事は、見合いを行なうのに等しい。

そして余程の問題が無い限りは、そのまま婚約結婚が通例だ。


家を継げないキースにとって、ベラドンナ家次期当主の夫の座に収まれるかどうかで、その人生設計が大きく変わって来る。

必死になるのも当然の話だった。


「俺が見た所、あいつは魔導士だ」


キースが見たままの感想を、ルディークに告げる。


「魔法の剣を自在に操るには、それ相応の魔法技術が必要だって聞く。しかも転移魔法まで使うとなると、まず間違いなく相手は魔導士だ」


転移魔法は最高位の魔法であり、国内でも使える魔術師は2人しかいない程だ。

そんな魔法を、戦士が片手間で習得するのはまず無理だろう。

その事から、キースは高田勇人が魔術師であると確信する。


「奴の魔法には気を付けろよ」


「わかっている」


キースに言われるまでも無く、ルディークもその辺りは重々承知していた。


ルディーククラスになると、剣を握らずとも、相手のちょっとした動作でその人物の戦士としての力量を推し量る事が出来る。

その彼の眼に、高田勇人の動きは素人同然にしか映らなかった。

そのためルディークは彼が戦士ではなく、魔術師では無いかと最初から疑っていたのだ。


そして今回の試合である。

高田勇人が魔術師である事は、疑いようが無いだろう。


だが言い知れぬ不安が、ルディークの心を掻き毟る。

本当にそれであっているのかという疑問が、彼の頭から離れない。


ルディークが深刻な顔で悩みこんでいると、キースが心配そうに声をかける。


「どうしたんだ?何か心配事か?」


「いや、何でもない。気にするな」


たいした根拠もない、不安をルディークは口にするつもりは無かった。

もっとも、それはキースを不安にさせないための気遣いなどでは無く、不安は努力で解消するという、ルディークの生き様からくる行動であるが。


「そうか。それであいつに勝てそうか?」


「やってみなければわからん」


「おいおい、しっかりしてくれよ。お前の肩に俺の人生が掛かってるんだぜ」


自分の人生は自分で何とかしろ。

そうキースにそっけなく返事を返すと、ルディークは手にした剣を正眼に構え、横に立つキースを無視して再び素振りを再開する。


一心不乱に剣を振るルディークの様子に、これ以上ここに居ても無駄だと判断したキースは、軽く両掌を上に上げるジェスチャーをして特別訓練室を後にする。


「ふぅ」


素振りを終え、タオルで汗を拭いながらルディークは独り言ちた。


「相手がどんな隠し玉を持っていようが、関係ない。俺は俺の戦いをするだけだ」


一心不乱に剣を振った事で、ルディークの迷いは晴れ。

その顔にもう迷いはなかった。


相手がどんな戦いをしようとも、自分の戦いを貫く。

それが出来るよう――いや、それをする為に、ルディークは血の滲むような努力を続けてきたのだ。


彼は自らの決意を籠め、再び呟く。


「待っていろユウト・タカダ。勝つのはこの俺だ」

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