第28話 炎皇剣

邪神の像。

それはかつて魔王と争い、滅ぼされた邪神の魂が封じられた像だ。

封印後、像は魔王によって海底深く沈められたが、潮の流れの影響で岸に打ち上げられ、紆余曲折を経て勇人の元に渡る。


邪神の魂は不滅であるためいまだ健在ではあるものの、長きに渡り封印されていた影響で半分邪神像と融合してしまっていた。


――――武闘大会(控室)―――


これ、本当に使って大丈夫なのか?


闘技場の控室の椅子に腰かけ、不気味な見た目の像を指で摘まんでしげしげと眺める。

アバターから邪神像の説明を聞く限り、等価交換で変換しても邪神の魂は復活したりしないらしいのだが……


≪問題ありません。封印されている魂は像と融合して、半分物質化していますから、スキルを使えば邪神の魂ごと変換されます≫


アバターの説明を聞き、ふと疑問が頭をよぎる。

確か生物の変換を等価交換で行う場合、ものっ凄い生命力がとられるんじゃなかったっけ?


≪魂は命の一部ではありますが、生命そのものではありません。ですので切り離された時点で、生命とは別物扱いとなります。要は抜け毛と同じ様な物です≫


いや、流石に抜け毛と魂は別物だと思うのだが。


≪むしろ質量がある分、等価交換的には抜け毛の方が上とも言えます≫


まあスキル的にはそうかもしれないが、やはり魂を抜け毛辺りと一緒にするのは腑に落ちない物がある。


コンコン。


室内に、扉をノックする音が響く。

邪神像を革袋にしまい扉の方を振り返ると、ノックの返事も待たずに扉が開かれリリー達が姿を現した。


「よう」


「勝手に入って来るなら、何のためにノックしたんだ?」


「マナーだからな」


マナーとしてノックするのは、相手の了承を得る為だと思うのは俺の気のせいか?


リリーはそのままづかづかと大股で歩み寄り、俺の横の椅子に腰かけた。


「調子はどうだ」


「まあまあだよ」


問われてまあまあと答える。

調子は別に良くも悪くもないので、これ以外答えようがない。


「ま、今更アドバイスなんてお前には要らないだろうから何も言わないさ。だが、仮にも相手はベスト16まで残ってる腕の持ち主だ。油断だけはするなよ」


油断も何も、普通に戦ったら相手の方が確実に強いんだからそんなものする訳がない。


既に大会はベスト16が決まる所まで進んでいる。

数々の難敵を撃破し、俺はここまで駆け上がってきた。


等という事はまるでなく。


俺は特別招待選手として枠を用意されていた為、初めっからベスト16からのスタートだ。


「良いな、勇人は。色んな奴と勝負が出来て。ずるいぞ」


バーリが羨まし気に此方を見つめる。


別に好きで戦う訳ではないのだから、羨ましがられても困る。

正直男の勝負などどうでも良いんで、変われるものなら変わって欲しい位だ。


なんなら今からでも、選手変更できないものだろうか?

まだ一試合もしていないわけだし。


……て、無理だよなぁ。


アーリィの顔が頭に浮かぶ。

彼女にはこの大会で、絶対優勝するよう厳命されていた。

護衛の騎士が優勝すれば、その騎士を抱えるベラドンナ家の名声も当然上がるからだ。

その為、絶対負けないようにと言われた訳である。


だからバーリとは変われない。

仮に彼と出場を変わった場合、恐らく優勝するのは無理だろう。

何故なら、ルディークの実力はリリーと同等かそれ以上だからだ。


身体能力だけなら、バーリはリリーを大きく上回っていた。

だが戦闘技術に圧倒的な差がある為、強さで言うなら間違いなくリリーに軍配があがる。

である以上、そのリリーと同格以上の相手にバーリが勝つのは難しいはずだ。


バーリが最近習得した、Sランクスキルの守護さえ発動できれば可能性も無くはない。

だが発動条件が大事な物を守る為という特殊なものであるため、どう足掻いても試合中に発動させるのは無理だった。


だからバーリとは交代できない。

残念。


≪そもそもバーリはベラドンナ家の縁者ではないですから、優勝できる出来ない以前の問題では?≫


ああ、そういやそうだったな。

完全にその事が頭から抜け落ちていた。


≪御愁傷様です≫


ちょっとうっかりしてただけだ。

人のおつむを、残念な物みたいに言うのは止めろ。


「あ、あの。勇人さん頑張ってください。勇人さんなら絶対大丈夫ですから」


俺が黙り込んで考え事をしていたのを緊張していると捉えたのか、ウーニャが俺の事を励ましてくれる。


「ありがとう。ウーニャ達から譲って貰ったこれがあるから、余裕で優勝さ」


腰の革袋から俺は像を掴みだし、自信満々に笑う。


優勝を口にしたのは、別に空元気でもはったりでもない。

冗談抜きでこの像を使えば、決勝まで問題なく進める自信が俺にはあった。


……なんせSランクが二つもある訳だからな。


流石にそれでもルディーク相手の決勝戦はきついだろうが、最悪、バーリやリリーを倒した例の初見殺しの戦法を使えば何とかなるだろう。


「勇人。その像は一体?」


「ああ……これは邪神の像つって、昨日バーリ達が露店で手に入れた物を頼んで譲って貰ったのさ」


「ほう、邪神の像か。偉く不吉な名だな」


リリーが目を細め、像に見入る。

彼女には看破ファインダーというスキルがあるが、どうやら見破れるのは生物の能力だけの様だ。

わからんと小さく呟き、リリーは視線を俺に戻した。


「それで?どうやって戦うんだ?」


「そうだな――」


俺は手の中の像にスキルを発動させ、変換する。

像は虹色へと輝き、ゆっくりと姿を変えた。


「剣か」


俺の手に握られた剣を見て、リリーが呟く。


そう剣だ。

だが、これは只の剣じゃない。

炎を司る魔剣、炎皇剣えんおうけん(Sランク)だ。


アバター頼む。


≪わかりました。ド派手にいきましょう≫


いや、普通でいいから。


≪そうですか……≫


残念そうにアバターが答えると、体の中から不思議な感覚が湧き上がる。

もやもやとした、何とも言えない感覚。


その感覚が腕へと流れ、そしてそれが剣へと流れ込んだ瞬間――


炎皇剣はまるで爆発するかの様に、刀身に真っ赤な炎を纏う。


「魔剣か!?」


「おお、すげぇ!勇人!俺と勝負しようぜ!」


何で俺が試合前にバーリと勝負せにゃならんのだ?


まあ像は、バーリ達の好意で譲って貰った物だ。

その内一回ぐらいは相手してやるとしよう。


「また今度な」


「ちぇっ。約束だぞ」


もういいぜ。

そうアバターに語り掛けると、剣から噴出していた炎がぴたりと止まる。


炎皇剣は魔力を籠めると炎を纏う魔剣だ。

しかもただ纏うだけではなく、詠唱無しで魔法として火球を放ったり、炎の壁を生み出したりもできる優れた能力を持っている。


勿論剣としての切れ味や強度も抜群で、炎を纏わせなくてもそれだけで一級品ともいえる造りだ。

流石Sランク品としか言いようがない。


ただ難点を上げるとすれば、アバターの補助なしには、売りである炎の力を自在に操れない事だ。

まあこれは俺側の問題で、武器のせいではないんだが。


≪異世界の人間は総じて魔力が高い傾向にあるにもかかわらず、肉体の構造上、自身で魔力をコントロール出来ないようになっていますから≫


折角大きな魔力があっても、扱えないんじゃ意味が無い。

宝の持ち腐れもいい所だ。


でも、何で使えないんだろうな。


≪恐らく進化の過程で魔法という物に触れなかったため、それらを扱う器官が退化してしまったのでしょう。まあミスターには私が付いていますので、ラッキーでしたね≫


ああ、はいはい。

ありがとう、ありがとう。


≪誠意が足りません。言葉ではなく行動でお願いします。例えばBLとか≫


するわけねぇ。


≪じゃあ大負けに負けて、獣姦で≫


何一つ負けてねぇ。

下手したら上がってるまである。


≪ウルなら、頼めば直ぐクパァしてくれると思いますよ?≫


だからしねーっつうの。

しつこい奴だ。


アバターの馬鹿みたいな要求にうんざりしていると、再びドアがノックされる音が部屋に響く。

返事をするとスーツを身に着けた男が現れ、軽く会釈して俺に会場入りを告げる。


「勇人、気を付けてな」


「ああ、分かってるって」


「が、頑張ってください」


「頑張れよ!」


「おう」


皆の激励に返事を返し、俺は席から立ち上がり会場へと向かった。


―――試合会場・観客席―――


「一瞬か……」


黒髪の中年の男が、大歓声の中渋面で呟く。

試合は今まさに終了したばかりだ。

余韻冷めやらぬ中、怒号ともつかぬ歓声が飛び交う。


試合時間は、わずか10秒未満。

開始と同時に勝者となった男の姿が掻き消え、次の瞬間、対戦相手の背後から炎の魔剣を突き付けた事で勝敗は決する。


電光石火。


正にそんな言葉が相応しい完全勝利。

その圧倒的強さに観客は魅了され、勝者が試合会場を去った後もその歓声は鳴り止まず、観客達は勝者の名を叫び続ける。


そう、ユウト・タカダと。


「転移魔法に炎の魔剣か……流石はベラドンナ家といった所だな。リリーアッシャー以外にも、まさかあれ程の手駒を擁していようとは」


「如何いたします?」


中年の男に、すぐ傍の若い男が顔を近づけ小声で尋ねる。

その表情には、不安の色がありありと浮かんでいた。


「どうもしはしない。決行は予定道り、決勝戦の最中に行う。如何に腕が立とうと、試合中では何もできまい。重要なのはリリー・アッシャーへの対処のみだ」


中年の男は小声でそう返すと、若い男を引き連れ会場を後にする。

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