第27話 策士策に溺れる?
―――テーラー領・クレストン―――
「はぁ、掘り出し物は売ってねぇな」
居並ぶ露店の商品を等価交換でチェックし続けているが、碌な物がなく、ついついため息が出てしまう。
まあ別に露店をチェックするぐらいならどうって事は無いのだが……
現在クレストンでは英雄祭が行われていた。
英雄祭は毎年この街で行われる催しで、更に今年は3年に一度の武闘大会と重なっているため、クレストンは大賑わいを見せている。
その為人の数が尋常では無く。
露店を巡って品定めするだけでも一苦労だ。
≪祭りだからこその、掘り出し物もきっとある筈です。頑張ってください≫
簡単に言ってくれるぜ。
確かに祭り中は人が集まって、それ目当ての露店も増える。
そこに並べられる物は普段店に並んでいる様な物だけではなく、特殊な宝飾品や民芸品、マジックアイテム等も多い。
普段目にしないそういった物から掘り出し物が出てくる可能性は、確かにあるだろう。
しかしこれだけの人混みの中、大量の露店からそれを見つけ出すのはたやすい事では無かった。
正直、折角の休日をこんな事に費やしたくは無いのだが。
「おーい、勇人」
重い気持ちから再び溜息を吐いていると、人混みをかき分けてバーリがウーニャを連れて現れる。
「良く俺の場所が分かったな?」
「勘だ!」
バーリとは別行動していた。
こんな奴街で野放しかよと思うかもしれないが、問題ない。
奴には旅の道中、人間の世界の常識を叩き込んでおいたからな。
何より……『ウーニャの迷惑になるから』と釘を刺しているので、余計な揉め事を起こす心配はない。
俺が言っただけでは全く聞かない暴れん坊だが、彼女が関わればびっくりするぐらい大人しくなる。
正に愛の力だ。
「金をくれ!」
バーリはそう言うと、笑顔で俺の方へと手を差し出した。
俺はその手を叩き落し、バーリを睨みつける。
「金ならちゃんとやっただろうが」
「もう無い!」
はぁ?
もう無いだと!?
バーリには朝出かける時、そこそこの額を渡しておいた。
ウーニャと二人で一日は余裕で持つ額だ。
それをまだ、昼前にもかかわらずもう使い切ったとほざくか。
この馬鹿チンは。
「という訳でくれ!」
こん糞がきゃぁ……
誰のせいで、俺がこんな掘り出し物探しをする破目になったと思ってやがる。
悪びれる事なく金の無心をしてくるバーリの顔面に一発ぶちかましてやりたいところだが、こぶしを握り締めぐっと堪えた。
絶対殴り返されるし。
「はぁ……全く……」
俺には余り金がなかった。
以前鎧を売っぱらって稼いだ金は、護衛の用意でその大半を使ってしまっている。
更にはベラドンナ家からの報酬も成功報酬のみであり、未だびた一文受け取っていない状態だ。
その為、俺は冗談抜きで金が無かった。
幸い護衛の旅費に関してはベラドンナ家が経費として受け持ってくれるている為、旅自体に大きな差しさわりは無い。
だが魔族領から帰還して以降、大きな問題が発生してしまう。
それは――バーリとウーニャだ。
ベラドンナ家の成人の義は、従者や護衛は全員で3人までと決まっていた。
追加で誰かを雇うのは、やむを得ぬ事情で変わりが必要となった時だけだ。
そのためバーリとウーニャは従者や護衛では無く、只の同行者という扱いになっている。
只向かう先が同じだから、一緒に行動しているだけの間柄。
当然そんな2人の旅費は経費にならない。
そして言うまでも無く、バーリとウーニャは無一文である。
つまり、彼らの生活費は全て俺持ちという事になる訳だ。
そんな状況下で当たり前のように無駄使いされたら、そらぶん殴りたくもなるぜ。
「ご、ごめんなさい。無駄使いは駄目だって言ったんですけど、どうしてもこれを私にプレゼントするんだって……」
ウーニャがポケットから小さな像を取り出す。
その像はくすんだ錆色をしており、三本の腕が口を掴み、大きく広げるポーズを取った不気味な像だった。
余りの事にあんぐりと口を開く。
「どうした?変な顔して?」
「変な顔してじゃねーよ!人の渡した金で何ちゅう悪趣味なもん買ってんだ!」
こんな不気味な物を、当たり前のように自分の恋人にプレゼントするバーリの神経が信じられん。
金をどぶに捨てるとは、正にこの事である。
「こんな物渡されたって、ウーニャが困るだけだろ。お前は馬鹿か?」
「そうなのか?」
バーリがウーニャの方を振り返り、その顔を覗き込む。
「え、いえそんな事。私はバーリさんからのプレゼントなら、何でも嬉しいです」
照れたように胸元で像を弄りまわし、顔を俯かせながらウーニャがいじらしい答えを返す。
その答えを聞いて、バーリが太陽の様な穢れの無い100点満点の嬉しそうな笑顔を見せる。
ちっ……死ねばいいのに。
≪嫉妬ですか?見苦しいですよ≫
うっせぇ。
≪そんな事よりも……気づかれていない様ですが、あの像はSランク品ですよ≫
はっ?
そんな馬鹿なと思いつつも、スキルで確認する。
「マジか……」
邪神の像。
名前は厳ついが、確かにSランク品だ。
しかしバーリの奴、よくこんな超掘り出し物見つけて来たな。
≪野生の勘というやつでしょう。正直、驚嘆に値します≫
しかしあれだよな……これは俺が預かるしかないよな?
名前からしてやばそうだし、そのままウーニャに持たせておくのは危険に違いない。
俺が管理して、世界平和の為に役立てるべきだ。
≪ソウデスネ。セカイヘイワノタメニハ、シカタアリマセンネ≫
ふ、そう。
魔王を倒すという崇高な使命の為には、仕方のない事なのだ!
アバターの魂の籠っていない返事などは無視して、俺は自身の使命に準ずるべく行動する。
「ウーニャは、好きな物ってないか?」
「え?わ、私ですか?」
俺に唐突に好きな物を聞かれ、ウーニャは面食らった様な表情をする。
そしてそのまま「えーっと」や「あーっ」と言いながら、考えこんでしまった。
唐突ではあったが、そんな意外な悩むような質問ではない気がするんだが……
なぜそんなに迷う?
殺気の様な物を感じ、ちらりとバーリの方を見てみると――
さっきまでの笑顔が嘘のように吹き飛び、不機嫌そうな顔で俺の事を睨みつけていた。
チョット質問したくらいで、一々睨み付けるなよ。
全く嫉妬深い奴だ。
だが許す。
俺はお前の全てを許そう、バーリ。
何故なら……Sランクの超掘り出し物を俺の元に持ってきてくれたからだ!
≪現金な人ですね≫
俺はアバターの嫌味とバーリからの刺すような視線を無視し、いつまでもうんうん唸っているウーニャに、いくつか候補を上げて聞いてみる。
「人形とかアクセサリーはどうだ?」
「人形やアクセサリーですか?嫌い、ではないですけど……」
反応は今一だ。
よくよく考えたら、俺も女の喜ぶ物には詳しくない。
ましてや異世界の、しかも異種族なら猶更だ。
≪お金ですよ≫
……
≪古今東西、女はお金と権力に弱い物です≫
邪悪な言葉はスルーする。
うーん、何か良い物は無いだろうか。
その時、俺の脳裏に昔見ていたドラマのワンシーンが過る。
「花なんかどうだ?」
「あ、お花は大好きです」
「聞いたかバーリ。ウーニャは花が好きなんだってよ」
「そうなのか?じゃあ取って来る」
そう言うやいなや駆けだそうとするバーリの腕を掴み、引き留める。
「待て待て待て待て。街中に植えてる花は、全部この街で管理してるもんだ。勝手に抜くのはダメだ」
「じゃあ街の外まで行ってくる」
再び走り出そうとするアホの腕を、俺は再度掴んだ。
「お前が外で花を探してる間、ウーニャを放って置くつもりか?」
「んー、じゃあ」
「花が欲しけりゃ、買えばいいだけだろ」
「おお、そうだな!勇人、金をくれ!」
「金を渡してやりたいのは山々なんだが、俺ももうそれほど持ち合わせがないんだ。だからそのウーニャの像を俺が買い取ってやるよ」
うむ、我ながら完璧な流れだ。
≪そうですか?持ち合わせがないのに買い取るとか、物凄く矛盾してますが?≫
わざとに決まってんだろう。
お馬鹿なバーリには気づかせず、かつウーニャには俺が像を欲しがってる事をアピールする為の作戦だ。
≪そんな謎なメッセージが、ちゃんと彼女に伝わるでしょうか?≫
大丈夫。
ウーニャはバーリと違って、空気の読める子だからな。
きっと気づいてくれるはず。
後でこっそりウーニャに直接交渉してもいいのだが、それだと後々像が無くなってる事にバーリが気づいて、二人の中にひびが入ってしまう可能性も考えられる――ないとは思うけど。
俺も流石に、二人の間に波風を立てるつもりは無い。
≪一々回りくどい事はせず、普通に交渉すればいいのでは?≫
直接交渉しても、バーリがごねるのは目に見えている。
誰だって自分の恋人にプレゼントした物を奪われそうになったら、嫌なはず。
ましてやそしてそれが価値のある物ならば猶更だ。
だからバーリには価値は教えず、より良い物をウーニャにプレゼントする為に仕方ないと思わせたい。
まあウーニャだって恋人からのプレゼントを手放したくは無いだろうが、幸い彼女にはドラゴンの一件で大きな貸しがある。
俺が欲しがっていると知れば、きっと譲ってくれるはずだ。
「あの、あたしお花が凄く欲しいです」
どうやらウーニャは、此方の意図にちゃんと気づいてくれたようだ。
狙い通りである。
「そっか!じゃあ勇人、金をくれ!」
「わかった。じゃあその像を――」
「像はダメだ。それより金をくれ!」
……え?
嘘だろ?
≪惚れ惚れするほどの力技ですね≫
笑えない。
とにかく俺はもう一度、バーリに説明を試みる。
「嫌だから、金は像と引き換えにだなー」
「像は渡さないぞ?だってウーニャにあげた物だから」
断固拒否されてしまう。
バーリがダメと断言している以上、後でウーニャと交渉しても流石に譲ってはくれないだろう。
あれ?
詰んだ?
諦めるしかないかと考えていると、バーリから思わぬ一言がかけられる。
「なあ、勇人は何でそんなに像が欲しいんだ?」
「え!?」
≪どうやらばれていたようですね≫
「気づいてたのか?」
「ああ。途中から見る目がが変わったし、バレバレだったぞ?」
バーリ恐るべし。
どうやら俺は、彼の事を完全に見誤っていたようだ。
仕方ないので観念して全てを正直に話す。
「実は――」
結局、正直にお願いしたら像はあっさりと貰える事に。
そして追加のお金を受け取ったバーリ達は、人混みへと消えて行った。
≪策士策に溺れるとは、正にこの事ですね≫
うん、多分違う。
なんにせよ、俺は初のSランクアイテムをゲットする。
名前は不吉だけど。
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