第26話 ルディーク・ハウンド

アーリィ達の乗った馬車は街道を進む。

その手綱はリリーが握り、馬車の中にはティアースとアーリィの二人が乗り込んでいる。


俺はと言うと、馬車のすぐ後ろを走るウルの上に跨り、ボーっと空を眺めていた。

後ろにはバーリが涎を垂らし、ウルに担がれるような形でもたれ掛かって寝ている。

その更に後ろに乗っているウーニャが、そんなバーリの様子を幸せそうに眺めていた。


前は馬車の後部、左右はどうといった事のない草原。

後ろはリア充爆発しろ。


そんな状態では、必然的に俺の視界が上を向くのは仕方ない事。

つまり俺がウロンの可愛い寝顔を見つめ続けるのも、仕方のない事なのだ。


そう考えながら、俺の真上で大きな鼻提灯を膨らませ、だらしなく口を開けて涎を垂らすウロンの寝顔を堪能する。


≪くだらない言い訳をする必要はありませんよ?≫


理由も無くウロンを見つめ続けたら、穢れるから見るのやめろってお前言うじゃん。


≪見るのを止めろと言ったら、止めるのですか?≫


勿論止める分けがない。

何故なら、俺の愛は誰にも止められないからだ。


≪最高に気持ちが悪いです≫


ほざけ。


「んおぁ?何か、こっちに向かってきますね?」


俺の頭上でぷかぷかと寝そべっていたウロンが、眠そうに瞼をこすりながら体を起こし、接近する者の存在を告げる。


「何かって……真昼間から刺客か?」


「んー……殺気はなさそうですし、一人だから違うんじゃないですかねぇ」


完全に目が覚め切っていないのか、頭をぐらぐら揺らしながら、寝ぼけ眼でウロンは答えた。


「刺客じゃないとしたらなんだ?」


「さあ?来たら分かるんじゃないですかぁ。ふゎぁあ」


それだけ言うとウロンは大きく欠伸をし、再び空中で寝そべり寝息を立てだす。

本当に自由な奴だ。


≪そこがマスターの魅力です≫


まあそれには同意せざるを得ない。

寝顔も死ぬほどかわいいし。


とりあえずウロンの予想では刺客ではないらしいが、万一の事も考えて、俺はウルを馬車に並走させ手綱を握るリリーへと声をかけた。


「おいリリー。誰かが近づいてくるぞ」


「何!?」


リリーが馬車の速度を落とし、ゆっくりと止める。


「何者だ?刺客か?」


「多分違うと思うけど、一応用心はしておいてくれ」


「わかった 」


そう返事するとリリーは御車席から飛び降りて、馬車後部の客車の扉をノックする。


「突然馬車を止めてどうしたんです?」


扉が開き、中から姿を現したティアースが怪訝そうな顔で何事かと聞いてくる。

まあいきなり何もない場所で馬車を止めたのだから、当然と言えば当然の疑問ではあるだろう。


「どうも、誰かがこの馬車に向かって来ているようだ。刺客ではない様だが、一応な」


「刺客でないのでしたら、ひょっとしたらテイラー家の遣いかもしれませんわね」


馬車からアーリッテが降りてくる。

テイラーと口にした彼女は、うんざりしてると言わんばかりの表情だ。


「知り合いなのか?」


「ケリー・テイラーはお嬢様にたかる蠅のような物です」


「ティアース、流石にそれは言いすぎですわ。仮にもテイラー家の方なのですから」


「口が過ぎました」


名前の後に家を付けている事から貴族だというのは分かるが、ティアースとアーリィの様子から、あまり歓迎すべき相手ではない様だ。

何かあったのかと聞こうかとも思ったが、貴族同士のお家事情に首を突っ込むのもあれかと思い止めておく。


「何か近づいてくるな」


グースか眠りこけてはずのバーリがいつのまにやら目を覚まし、ウーニャをお姫様抱っこの形で抱えてウルから飛び降りてきた。

そのままゆっくりとウーニャを優しく降ろし、嬉しそうに腕をぐるぐると回してから元気よく吠える。


「俺が勝負するからな! 手出しすんなよ!!」


起きて早々それかよ。

呆れつつも、敵ではない事をバーリに伝える。


「おい、刺客じゃねーぞ」


「へへ、そんなの関係ねーよ!強い奴とは戦う!」


強い?

向かって来てる奴って強いのか?


疑問に思いアバターに聞いてみる。


≪かなりのスピードで此方へ向かって来ているようですので、それ相応の強さを持ち合わせている可能性は高いです≫


そうなのか?

ていうか、何でバーリにはそんな事が分かるんだ?


≪野生の本能でしょう。流石はケダモノ≫


其処は流石に獣にしといてやれよ。


「バーリの反応からすると、向かって来ているのは恐らくルディーク・ハウンドだろう」


「リリーの知り合いか?」


「テイラー家に雇われている剣士だ。以前手合わせした事もある。かなりの使い手だぞ」


リリーがかなりの使い手と称する位だ。

相当強いのだろう。

まあだからといって、バーリと勝負させる気は更々ないが。


「ウーニャ。大切なお客さんかもしれなから、悪いけどバーリを説得してくれないか?」


とりあえずウーニャにバーリを諫めるよう頼む。


俺が言っても聞きやしないし、だからと言って水に沈めて気絶させるのも面倒臭い。こういう時はウーニャに頼むのが一番だ。

彼女の言う事なら、バーリあほも素直に聞くから助かる。


「は、はい。あの、バーリさん」


「どうした、ウーニャ?」


「お客様らしいですから、戦ったりするのはちょっと……」


「駄目か?」


「は、はい。ごめんなさい」


「わかった」


さっきまで元気いっぱいだったバーリが溜息を吐き、項垂れ首を垂れる。


子共かお前は。

まあこれでバーリがいきなり喧嘩を吹っかける事は無いだろう。


しかし……


項垂れるバーリの頭をウーニャがなでなでしている姿を見ると、腹が立ってしょうがない。

爆発すればいいのに。


≪醜い嫉妬ですね≫


うっせーな。

こっちは事ある毎に奴らのいちゃつきを見せつけられてるんだ。

流石にこうも見せつけられ続けたら、イラっとしもするわ。


≪見えてきましたね。右前方です≫


言われて視線を其方へとむける。

街道沿いに低い草の生えた草原が広がっているだけで、言われた相手はまだ見えない。


≪目を凝らしてよく見てください≫


言われて更に目を凝らすと、うっすらと人影の様な物が目に映る。


「やはり、ルディークだな」


「え?見えてんの?」


「ああ、間違いなくルディークだ」


近づく相手に気づいたのか、リリーが確信をもって言葉を告げる。

俺には小さな人影で、相手の人相などまるで判別できない状態だが、彼女にはあれがきっちり見えているらしい。


マサイ族かお前は?


人影は相当高速で此方へ向かって来ているのか、どんどんとその姿がはっきりしてくる。

そこで気づく。


あれ?あいつ走ってね?

どう見ても乗り物には乗っておらず、人影は走って此方へ向かって来ていた。


≪走ってますね。多分アホなのでしょう≫


バーリと同じ、脳筋タイプじゃねーだろうな?


何故だか知らないが、本能的に嫌な予感がする。

まあ気のせいだとは思うが。


そんな事を考えていると、砂煙を上げ疾走してきた男が俺達の前で立ち止まった。


長い銀髪に鋭い眼差しだが、その顔立ちは端正で女にモテそうな奴だ。

装備は金属繊維で編み上げられたシャツを身に着け、腰には片刃の刀っぽい剣が下げられている。

シャツは色合いからして、リリーのシャツと同じオリハルコン製だろう。


オリハルコンを繊維化させ編み上げるタイプの装備(Aランク)は糞高く、その価格は軽く億を超える。

こっちは只の皮の胸当てだってのに、良い装備してやがるぜ。


「久しぶりだな。リリー・アッシャー」


「ルディーク・ハウンド、お前も元気そうで何よりだ」


ルディークがその鋭い眼光でリリーを睨みつけた。

リリーは眼を細め、その視線を正面から受け止める。


険を持つ鋭い空気が二人を包んだ。

殺気とは違う。

睨みあう二人から放たれる、覇気とも呼ぶべきものに俺は思わず唾を飲み込む。


そんな二人の緊迫した睨み合いを破ったのは、ティアースの一声だった。


「テイラー家ゆかりの方とお見受けしますが、我々に何か御用ですか?」


「これは失礼した。私はテーラー家に仕えるルディーク・ハウンドと申します。ここへは、キース・テイラーの命で参った次第です」


先程までとはまるで別人かのように、ルディークは穏やかな表情と丁寧な言葉づかいで自身の目的を告げる


「まあ、キース・テイラー様が?」


アーリィは相手を予想していたにもかかわらず、ルディークの言葉に驚いて見せた。

その見事な役者っぷりに、女は生まれながらにして女優であるという名言を思い出す。


「はい。アーリッテ様がテーラー領に寄られていると聞き及び、是非ドラゴン討伐のお祝いを此方でさせて頂きたく。私が使者として参らせて頂きました」


「お祝いだなんて。そんな大げさな事をして頂く程ではありませんのに」


「主はドラゴン討伐にいたく感激しておられます。どうか主の我儘を聞き入れては頂けないでしょうか 」


「そうまで言われてしまっては、断るわけにもまいりませんわね。分かりました、招待をお受けいたしますわ」


「ありがとうございます。主もきっと喜ぶ事でしょう」


ルディークは丁寧にお辞儀をした後、主の待つクレストンの街までの水先案内人を務めると買って出る。


「君がユウト・タカダか?ドラゴン戦ではかなりの活躍だったらしいな」


アーリィ達が馬車に戻るとルディークの表情が一変し、険しい顔つきで俺の名を口にして睨む。


――バーリを。


うん、まあそりゃそうだ。

ドラゴン戦で活躍したって聞いて、それが俺だとは普通思わないよな。


「ん?俺は勇人じゃねぇぞ?勇人はあっちだ」


「なに!?」


バーリが指さす俺を見て、ルディークの表情が渋面から驚愕に変わる。

いや、流石に驚きすぎじゃね?


「冗談はやめて貰おうか。俺も剣の道に生きる者だ。ある程度の力量なら、一目見ればわかる。あんな貧弱な男が、ドラゴン4匹を瞬殺したとは到底思えん」


失敬な。

99%ドラゴンバスターの力とは言え、一応倒したのは俺だっての。


まあ貧弱なのは否定しないがな!


「ふん、貴様の目は節穴だな。暫く合わないうちに、腕でも鈍ったんじゃないのか?」


「なに!?どういう意味だ?」


リリーが物凄く不機嫌そうに言葉を放つ。

俺を侮辱されて怒ってくれたのだろうか?

明らかにその言葉には、強いの敵意の様な物が籠っていた。


リリーはルディークを挑発するかの様に、言葉を続ける。


「そのままの意味だ。勇人の力が分からないとは、節穴と言わざるをえまい」


いや別に節穴ではないと思うが。

何せ俺の場合は特殊だし。


そもそも、リリーも初対面時は人の事を糞雑魚ナメクジの様に見下していたはずなのに、よくそんな言葉が出てくるもんだ。


「貴様……」


再びリリーとルディークの睨み合いが始まる。

だが、今度は覇気などと言うクリーンな物ではない。

明かに殺意の籠った、殺気の叩きつけあいだ。


まだ春先だというのに、余りの重圧に俺の額から汗が垂れる。

止めるべきだとは思うが、とてもではないが、二人の間に割って入る勇気は俺にはなかった。


横に視線をやると、嬉しそうな表情のバーリと、不安そうにバーリの袖を摘まむウーニャが目に入る。

バーリの表情は俺も、混ぜろと言わんばかりの喜々とした物だ。

ウーニャが止めてなければ、もうとっくに突っ込んでいた事だろう。


万一二人の戦いが始まったら、バーリにリリーの援護を頼むか迷う。

俺が周りを水に変えて溺れさす手もあるが、万一斬られたら嫌なので、あまり手出ししたくはないのが本音だ。


どうした物かと困っていると、急にルディークから放たれていた殺気が消える。

奴はリリーから視線を外し、何を思ったか、俺の方を向く。


なんかすごく嫌な予感がするんだが?


「この男が強い……か。ふん、いいだろう。お前の言っている事が嘘か誠か試してやる 」


勘弁してください。


「今直ぐ確かめてやりたいところだが……俺は今テーラー家の使者として此処に来ている以上、お前達と揉めるわけにもいかん」


もう十分揉めている気もするが、ルディーク的にはセーフらしい。


「今、クレストンの街では武闘大会が開かれている。キースに言って、お前達の枠も用意してもらう。そこでどちらが上か勝負だ 」


「面白い。受けて立つ」


何一つ面白くないのに、リリーが勝手に返事を返してしまう。

マジ勝手に返事するの止めろ。


「大会に優勝したら、女の子にモテモテですよ!」


それまで俺の上で眠りこけていたウロンが急に起き上がり、声を発する。

どうやら話はちゃんと聞いていた様だ。


「ヤリたい放題ですよ!」


≪モブ顔でもハーレムを作れるかもしれませんよ。おめでとうございます≫


まだ優勝どころか参加するとも言ってないのに、祝辞は早すぎだろう。

そもそもハーレムに興味なんて……


まあ、あれだ。

俺はウロン一筋だから、あれだ。


≪今スケベな事を考えていましたね?≫


か、考えてねーよ!


「スケベ大いに結構!ジャンジャン子づくりすると良いです!」


何処から取り出したのか、ウロンの手には大漁旗が握られ。

手を振るたびに大漁の文字がはためく。


「勇人。お前の力であいつの勘違いを叩き潰してやれ」


リリーが俺の肩に手を置き、自信満々の顔で俺にルディークをぶちのめせと言ってくる。

その自信は一体どこから来るのだろうか?


リリーが俺に顔を近づけ。

そして耳元で囁いた。


「ゆ、優勝したらほっぺにキスしてやるから。が、頑張れ」


驚いてリリーの方を見ると、余程恥ずかしかったのか。まるで茹蛸のように顔が真っ赤に染まっていた。


「なーにがほっぺにチュウですか!お前は中学生か!このクソビッチめ!どうせするならあそこにしなさい!あそこに!」


こいつは……

ウロンの相変わらずな言動に呆れ果てていると、ルディークが目の前までやって来る。


「では決まりだな。貴様との対戦、楽しみにしているぞ」


「いや、ちょっとま―――」


「ふん!雑魚が!俺に挑むのがどれ程無謀だったか教えてやる!!」


横を振り向く。

そこには楽しそうな笑顔で、親指を立てて拳をぐっと突き出すウロンの姿が目に映る。


今の挑発は、言うまでも無くウロンの仕業だ。


≪ま、諦めてください≫


こうして俺は、出たくもない武闘大会に出場する羽目にるのであった。

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