第25話 英雄色を好む

天使の施しエンジェリックヒール


Sクラスの回復魔法。

その効果はダメージの高速回復だけに留まらず、毒や麻痺といった状態異常にも効果を発揮し、更には体力迄回復する効果がある。

但し体力の回復はおまけ程度でしかないので、それを期待してかける魔法ではない。


――――テーラー領東・街道沿い―――


「まだまだぁ!」


雄叫びと共に、バーリが突っ込む。

だがその攻撃は、リリーに体を捻ってあっさり躱されてしまう。

そして回避の動きから、流れる様に体を旋回したリリーの手刀がバーリの首筋に叩き込まれた。


「ぐがっ」


首筋に走る衝撃に耐えきれず、バーリは無様な声を上げながら前へ倒れ込んでしまう。


「まだ続けるか?」


バーリは歯を食いしばって立ち上がり、攻撃の構えを取る事で、リリーへの返事を返した。


「そうか。なら……今度は私から行くぞ!」


裂ぱくの声と共に、今度はリリーがバーリへと突っ込む。

バーリは近づかせまいと爪を振るうが、リリーが身を低くした事で空を切る。


その事で出来たわずかなスキ。

それを見逃す事無く、リリーは低い姿勢のままバーリの懐へと潜りこんだ。


「く……」


体が密着せんばかりの距離で、リリーとバーリの視線が交差した。

張り詰めた緊張感の中、二人の動きが止まる。


恐らくだが、リリーはゼロ距離からのカウンターを狙っているのだろう。

タフなバーリに、有効打を効率よく叩き込むために。

そしてバーリも、本能的にそれを理解してるから動けない。


「はぁ!」


沈黙を破り、先に動いたのはバーリだった。

こらえ性の無い彼は、相手の動きにカウンターを合わせるというリリーの思惑に見事に嵌る。


そこからはもう一方的だ。

苦悶の表情を抱えながらも攻撃を繰り出すが、リリーの無駄のない流れるような動きに翻弄され、腕、足、体へとリリーの打撃がバーリへと的確に叩き込まれていく。

最早逆転不可の流れだが、それでもバーリは諦めずもがき続けた。


最後まであきらめず頑張るバーリの姿に、少し胸が熱くなる。

そんな思わず応援したくなる状況もかかわらず、俺のすぐ横からは耳を覆いたくなる様な罵声が響いた。


「イケ!コロセ!ヤレ!ソコダ!サッサトコロセーーー!!」


声の主は当然……ウロンだ。

しかも俺のすぐ耳元で喚くせいで、うるさくて敵わない。


「いや、殺せじゃねーよ。これ只の手合わせだぞ。興奮しすぎだろう?後、五月蠅い」


「これが興奮せずにいられますか!あの糞生意気な脳筋がぼっこぼこになってるんですよ!これが興奮せずにいられますか!!」


余程興奮しているのか、話の最初と最後に同じ言葉を繰り返す。


ウロンは自分に対して敬意を一切払おうとしないバーリの事を毛嫌いしていた。

俺としてはバーリが恋敵にならくてほっとしてはいるものの、いくらなんでもこれは嫌いすぎである。


≪マスターは、ああいう何も考えないタイプの虫けらを嫌いますから≫


「アバターの言う通りです!あいつは虫けらなのです!」


人様捕まえて、虫けら呼ばわりか…………まあいいけど。

こいつらどうせ注意しても聞かないだろうし。


≪天使であるマスターからすれば、地上の生物は等しく虫けらなのです。是正される謂れ等ありませんよ≫


はいはい。


呆れて溜息を吐き。

視線をウロンからバーリ達へと戻すと、丁度バーリがアッパーカットで吹き飛ばされ倒れる所だった。


「止めを刺すのです!リリー・アッシャー!!!」


さす分けねーだろ。

あほか。


俺は体をわちゃわちゃ動かしながら罵詈雑言を喚くウロンを無視してバーリに近づき、等価交換でSランクの回復魔法――天使の施しエンジェリックヒール――をかけてやる。


まあ一発で十分だとは思うが、念のためもう一発賭けようとした瞬間、バーリが跳ねる様に起き上がって来た。


「センキュウ!勇人!リリーもう一勝負だ!!」


回復した瞬間それかよ。

元気すぎて引くわ。


「いや、手合わせはここ迄だ」


「なんでだ?」


不思議そうに聞き返すバーリに、リリーは視線で理由を指し示す。

彼女の視線を追うと、丁度セーフハウスから姿を現すアーリッテ達の姿が目に入る。


「ウーニャ!」


その中にウーニャの姿を見つけ、バーリが嬉しそうに駆け寄っていく。


「おうおう、嬉しそうに尻尾振り追ってからに!この駄犬めが!」


ウロンの素敵な罵声に顔を引きつらせていると、リリーが俺の傍へとやって来る。


「どうした?」


「すまないが、私にも回復を頼む。ここ最近襲撃の頻度が減ったとはいえ、可能な限り万全の態勢でいたいんでな」


何故か気恥しそうに、リリーは頬をかきながら目線を泳がす。

アーリッテ達に合流して以来、彼女の挙動不審気味な態度が目立つのだが……何か後ろめたい事でもあるのだろうか?


それとも俺が長い事居なかったせいで、護衛の負担が大きかった事を未だ怒っているのかな?


それについてはきちんと謝ったのだが、まあ口で謝った程度で許して貰おうという俺の考えが甘かったという事か。

今度、何らかの形で償うとしよう。


≪今夜はオッケーよのサインです。ミスター≫


んなわけあるか。

アバターの戯言を無視して、俺はリリーに回復魔法をかける。


「ありがとう勇人。お陰で体がすこぶる軽いよ」


首や腕を振りながら、リリーははにかんだ笑顔を此方へとむける。

こういう時の彼女の顔は本当に可愛らしく、思わず見入ってしまう。


≪恋ですね。マスターは諦めて、その恋に生きるのがよろしいかと≫


うっせーな。

可愛い物を素直に可愛いと思う気持ちと、恋心は別ものなんだよ。


「そんなものは一発やってしまえば、後から付いてきますよ!」


うるせぇ。

付いてくるか、んなもん。

処女の癖に百戦錬磨の女みたいな事言いおってからに。


「ふふん、私は天使ですから!経験はなくともその辺り知識はばっちりです!」


年がら年中アホな戯言をほざいてるくせに、なーにがばっちりだ。

仮に事実だったとしても、ウロン一筋の俺にはそんなものは決して当てはまりはしねぇ!


「…………」


あれ?

ウロンは偉そうに胸を張り、どや顔のままだ。

何で何の反応も示さないんだ?


≪言っておきますが、マスターに伝えてませんよ?≫


何でだよ!

それは伝えろよ!


≪一々背筋の寒くなる気持ち悪い言葉を伝えては、マスターが気分を害されると思われるので伝えません≫


くっそが。

少しは俺の恋の応援をしてくれてもいいだろうが。


≪しません≫


むう。

口頭で改めてウロンに俺の思いの丈を伝えたいところだが、すぐ傍にリリーがいるのでそういう訳にもいかない。


別にリリーが悪いわけではないが、思わず恨めし気に彼女を睨んでしまう。

すると、ついと視線を外される。


うん、やらかした。

大失態だ。

それでなくても怒らせてるのに、これじゃますます嫌われてしまう。


そう思った俺はとっさに嘘を吐く。


「ああ、悪い。別ににらんだ分けじゃないんだ。目にちょっとゴミが入っちまって」


我ながら見事な嘘だ。

自分のリカバリー能力に惚れ惚れしてしまう。


「なに!?見せて見ろ」


「いや、大した事ないから」


「いいから見せて見ろ」


そう言うとリリーは俺の頭を優しく引き寄せ、目を覗き込んで来る。

心配そうにのぞき込む彼女の瞳にを見つめられて、嘘を吐いた罪悪感を抱くと同時に、思わずドキドキしてしまい顔が赤らんでしまう。


綺麗な瞳だ。

唇も凄く柔らかそうだし……


じっとリリーの顔に見とれていると、唐突に彼女が瞳を閉じた。

その顔が凄く綺麗で、俺は思わず生唾を飲み込む。


「食事ができましたよ」


「「!?」」


すぐ耳元でティアースに囁かれ、思わず飛び退る。

リリーの方も凄くびっくりしたのか、腰の剣を抜いて俺に向かって構えていた。


びっくりして咄嗟に抜いたのは分かるが、何故俺に向ける?

……まあいいけど。


「お邪魔でしたか?」


「い、いやいやいや!お、お邪魔って何が!?」


大声で否定するが、声が裏返ってしまう。


「こ、これはあれだ!そ、そう!勇人の目にゴミが入ったというから、取ってやっていただけだ」


「目を瞑ってですか?」


「そ、それはあれだー……ゆ、勇人の目のごみが私に移ってしまっただけだ!」


移るか!!

その言い分は流石に無理がありすぎる。


ていうか何で本当に、リリーは目を瞑ったんだろう?

ドライアイ?


「そうですか。まあ食事の準備ができてますので、お二人ともあちらにどうぞ」


ティアースはリリーの無茶な言い分を気にする素振りもなく、手をセーフハウスの方へとむける。

ティアースの手の指す方を見ると、いつの間にかセーフハウスの前にテーブルと椅子が並び、辺りを明るく照らす魔法のランプの光の元、おいしそうな料理がテーブルの上に所狭しと並んでいた。


「しょ、食事か!丁度腹がすいてたんだ!頂くとしよう!」


そう言うとリリーは、テーブルの元へと駆けて行く。

俺もその後に続こうとした所で、袖をティアースに捕まれる。


「どうしたティアース?」


「英雄色を好むと言いますから、私は何番目でも構いませんよ」


ニッコリと笑顔でそう言うと、ティアースはさっさとテーブルの元へ行ってしまう。


…………えーっと、どう意味だ?


「勇人さんは本当に馬鹿ですね!今夜はオッケーよっていう意味ですよ!さあ、張り切ってチェリーの華を今夜豪快に散らしてきてください!」


「あほか。そんな分けねーだろう」


「え!?本気で言ってます?」


ウロンが驚愕の表情で俺を見つめる。

それこそ両目が飛び出さんばかりの、驚愕の表情だ。


ウロンの面白顔芸を堪能し。

彼女の新たな一面ひょうじょうを知れてなんだかほっこりする。


≪真正のお馬鹿さんなんですか?≫


誰が馬鹿だ!

俺が嘘を嘘と見抜けない情弱だと思ったら大間違いだ。

誰が見え見えの嘘に引っ掛かるかよ。


「…………」


≪…………≫


言いたい事があるならはっきり言え。


「御愁傷様です」


≪お悔やみを申し上げます ≫


勝手に殺すな。

全く、失礼な奴らだ。


「おーい!ゆうとー!飯だぞー!!早くこーい!」


ウロン達との取り留めのない与太話を楽しんでいると、バーリの大声が響く。

見るとみんな既に席に付いており、後は俺待ちの状態だった。


「悪い悪い!今行くよ!」


これ以上待たせるのもあれなので、俺は急いで皆の元へ急いで向かう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


テーブルで談笑しながら食事をとる勇人を遠くから見つめ、ウロンは一人呟く。


「これは非常に不味いですねぇ。まさかここまでにぶちんとは……これは何か手を打たないと。でも、勇人の気持ちを余りにも無視しすぎるのは……神様……私はどうすればいいのでしょうか……」


天に祈るかのようなウロンのか細い呟きは、宵闇の中にに吸い込まれ消えていく。

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