第24話 邪教
薄暗い空間に、二つの炎をが灯っている。
炎は台座と、黒いローブを着た男。
そして台座を挟んだ向かい側に跪く1人の男を照らし出す。
男の手には、真っ赤に血濡れたナイフが握られ。
そして台座には……
「ふむ、この娘もダメだったか」
黒いローブの男はそう言うと、手にしたナイフに付着した血を拭う。
ナイフを腰の鞘に戻し、台座の上で贄となって事切れている娘の死に顔を見つめながら、男は深く考えむ。
「申し訳ございません。火の神殿の高位の神官でしたので、今度こそは上手くいくと思ったのですが……」
跪く男が沈黙に耐え兼ね、謝罪を口にする。
ローブの男の沈黙を、自身への失望から来るものだと考えたからだ。
「構わん。お前が悪いわけではない」
「はは」
自身の思索を邪魔された事を不快に感じながらも、ローブの男は気にした様子を見せずに鷹揚に答え、そして再び思索にふける。
再びの沈黙。
重い空気の中、ゆっくりと時が流れ。
松明の火が爆ぜる音だけが響く。
「ふむ、やはり高貴な者の血でなければ駄目か」
熟考の後、ローブの男が沈黙を破って声を発する。
その言葉を受け、跪く男が顔を上げた。
「高貴な者で……ございますか?」
「そうだ。神官は神を称え仕えているとはいえ、所詮は只人にすぎぬ。やはり我らが神を呼び起こすには、高貴な血を引くものでなければならぬだろう」
「ですが、王家の者達は……」
連れ去るのはまず不可能では?
そう言葉にしようとして、咄嗟に口を紡ぐ。
王家の人間を攫うのが如何に困難な事であるかは、宗主であるローブの男が最も理解している事だった。
その上で口にしている以上、当然そこには考えがあっての事だ。
男は自身の軽率な発言を呪う。
「王家はガードが堅く、手が出せないと言いたいのか」
「い、いえ。ガーベル様、決してそのような事は……」
「実際その通りであろうな」
男は狼狽するが、ガーベルと呼ばれた漆黒のローブを纏う男は、特に気にした様子もなく言葉を続ける。
「直系で有る必要はない。傍系でも問題は無いだろう」
「傍系……でございますか?」
「そうだ、傍系ならば王家の人間程ガードは厳しくなかろう。但し……傍系であるならば、大きな力を持つ者でなければならん」
近親を繰り返す直系と違い、傍系はそれほど色濃く王家の血を受け継いではいない。ならば、血が薄い分は力で補えばいい。
そうガーベルは考える。
「でしたら、アーリッテ・ベラドンナがよろしいのではないでしょうか。母方が王家の血筋に連なるもので御座いますし。彼女は魔力に優れ、何より――」
「夢見か……」
「はい。夢見は予知や予言に繋がる
先程までとは打って変わり、男は饒舌に言葉を紡ぐ。
まるで先程の失態の印象を払拭するかの様に。
実際、今回贄として意気揚々と連れてきた神官が役に立たず、更には失言までした事で男は必死だった。
「お許しいただけるのならば、是非その任は私目にお任せ戴けないでしょうか。必ずや、ガーベル様の御期待に応えて見せましょう」
「いいだろう。朗報を期待している」
「はは。必ずや 」
そう言うと男は立ち上がり、ガーベルに一礼し去っていく。
「いいのかしら?ベラドンナ家の令嬢には、あのリリー・アッシャーが護衛に付いているのよ?」
男の姿が完全に闇に掻き消えた所で、唐突に低い女の声が響いた。
ガーベルが声のした方へと振り返ると、何もない薄暗闇の空間から、突然赤い髪の女が姿を現す。
突如現れた女は、他者を魅了する美貌の持ち主だった。
その姿を目にして、心惹かれない男は居ないだろう。
だがその美しさは、とても危険なものと言えた。
何故ならば、その肌はまるで死人であるかの様に蒼白で、紅く煌々と輝くその瞳が、彼女が通常の生物でない事を雄弁に物語っていたからだ。
サキュバス
その人間離れした美貌に吸い寄せらた者を、死に誘う危険な魔人。
それが彼女の正体だ。
「あれもそこまで無能ではない。問題なく対処するだろう」
ガーベルは突然現れたサキュバスに驚いた様子もなく、投げかけられた疑問に淡々と答える。
「だといいのですけれど」
透き通った赤いベールを体に纏わせただけの女がガーベルにしな垂れかかり、妖艶に笑う。
だがその眼は笑っておらず、真っすぐにガーベルの命の灯を見つめ舌舐めずりする。
「精なら、先程くれてやったはず」
「あら、私は欲張りなのよ。知ってるでしょ?」
そう言うと女は男の顔にその手を這わせ、そのまま顔を寄せて真っ赤な唇で口づけする。
「私の魔力も、無尽蔵ではないぞ」
「でも、余力はまだまだ十分あるでしょう?」
女はくすりと笑うと、再び唇を奪う。
そしてその場で男を押し倒した。
「さあ、楽しみましょう」
血の匂いが充満する薄暗い闇の中。
女の狂ったような嬌声が木霊した。
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