第23話 キース・テイラー
―――テーラー領・テーラー邸(訓練場)―――
「よう!精が出るな」
短髪の男が、剣を振るう銀髪の男へと陽気に声をかける。
短髪の男の名は、キース・テーラー。
明るい金の髪に甘いマスクを持つ好青年で、名門貴族であるテーラー家の次男坊だ。
「何か用か?キース。俺は今、訓練で忙しいんだ」
振っていた剣を止め、銀髪の男が不機嫌そうに答える。
「その様子じゃ、もう聞いてるみたいだな。ベラドンナ家のお嬢さんが、ドラゴンを退治した事は」
「俺には関係のない話だ」
「おいおい。嘘をつくなよ、ルディーク。愛しのリリー嬢がドラゴンを5匹も倒したんだぜ?もっと喜べよな」
ルディークと呼ばれた男は、鋭い目つきでキースを睨みつける。
その眼には本気の殺意が籠っており、これ以上揶揄うのは不味いと感じたキースは慌てて言葉を訂正する。
「っと、そう怖い顔で睨むなよ。冗談だよ、冗談!」
「二度とその冗談は口にするな」
「へいへい。ていうか仮にも俺は雇い主の息子なんだから、少しぐらいの冗談は大目に見てくれよな」
「俺の仕事は剣を振るう事であって、誰かの御機嫌取りではない」
キースはやれやれと肩を竦め、首を少し傾けて目の前の不機嫌そうな男を見つめる。
銀髪を腰まで伸ばした端正な顔立ちの男。
彼の名は、ルディーク・ハウンド。
テーラー家に雇われている剣士だ。
本来ならキースとは、主従関係にあたる。
にもかかわらず彼の態度が尊大であるのは、テーラー家がキースの腕を高く評価し、破格の好待遇を条件で雇っている為だ。
「でもまあ、大分差を付けられたんじゃねーの?」
「俺とて、ドラゴンの4匹や5匹になど後れを取りはしない」
「だろうな。けど、俺を守りながらそれが出来るか?」
「…………」
ルディークは優れた剣士だ。
上手く立ち回れば、先程口にした事を実践できる程に。
だが流石に体躯の優れるドラゴン相手に、足手纏いを守りながら戦いぬく程の力はなかった。
認めたくはないが、出来ない事は口にしたくない。
そんな思いからか、ルディークは口を紡ぐ。
「ま、無理だろうな。けどそれはリリー・アッシャーも同じだ」
「キース、何が言いたい? 」
現実問題、リリー・アッシャーは主を守りながら5匹のドラゴン討伐に成功していた。
他にも2名程護衛が付いていた事をルディークは知っているが、名前も聞いた事が無い様な相手で、たいした戦力ではないと彼は判断している。
ドラゴンは実質リリーが一人で倒した。
そう判断しているため、キースの言葉の意図が理解できず、ルディー区は怪訝そうに顔を顰めた。
「実はうちの諜報員が、遠くからドラゴン戦を観戦してたらしくてな。聞いて驚くなよ?」
キースの勿体ぶった話し方にイラつきを覚えながらも、ルディークは話の続きを待つ。
「確かに一匹はリリー・アッシャーがあっさり始末したようなんだが……残り4匹は別の奴が始末したらしいぜ」
「!?」
ルディークが驚きに目を見張る
キースはその表情を見て嬉しそうに目を細め、言葉を続けた。
「何でもそいつはドラゴンのブレスを何らかの方法で無効にしたうえで、物の数秒で片付けちまったらしいぜ」
「ふん、下らん与太話はよせ」
余りにも荒唐無稽な話から、ルディークはキースの話をホラだと決めつける。
だがそれも無理からぬ事。
4匹ものドラゴンを瞬殺するなど、それこそ英雄クラス(Sランク)でもなければ不可能な事だからだ。
「俺も最初は冗談だと思ってたんだが、どうやらマジらしいぞ」
「事実……なのか?」
普段へらへらと締まりのない顔をしているキースの真面目な表情に、まさかという思いでルディークは聞き返した。
「今回は冗談抜きだぜ。名前はユウト・タカダだ」
「聞いた事の無い名だ。何故それほどの使い手の名が、今まで俺の耳に入ってこなかった?」
優秀な者という物は、優秀であればある程、名が表に出てくるものだ。
中には目立つ事を嫌って力を隠そうとする者もいるが、そうそう隠しきれるものではない。
「今んとこ分かってるのは、ベラドンナ家に最近雇われてるって事と。どうもその際の契約金として、100億ってぇ大金が用意されたって事位だな。後は素性も何も分かってない」
「素性不明の謎の男……か。一度会って確かめてみるか」
「え?俺の護衛は?」
「お前もついて来ればいい」
「いやいやいや、普通逆じゃねえか?どこの世界に護衛に付いて行く雇い主がいるってんだよ。全く、困った護衛様だぜ」
「ふん、お前も興味があったからこの話をしたんだろうが。白々しい真似をするな」
「ありゃ、バレてたか。さっすがルディーク、付き合いが長いだけあるぜ。という訳で、すぐに出発だけど構わないよな?」
「ああ、構わん。今すぐ準備してくる。お前は入り口で待ってろ」
ルディークは腰に掛けてある鞘に剣を収めると、さっさと訓練場から出て行く。
キースは彼が訓練場から出て行くのを見送った後、人差し指と親指で輪を作り、口に突っ込んで指笛を鳴らす。
ピィーと音が響き、訓練場の扉を開けて二人の騎士がキースの元へと駆けつけた。
「ケリー、ガット。出発の準備は出来てるか」
「完了しています」
「馬車は入り口に待機させてやす」
ケリーとガットと呼ばれた騎士はキースの元迄走って来ると、ビシッと姿勢正しく敬礼し、主の質問に答える。
「そうか、じゃあルディークの準備が整い次第出発だ」
そう宣言し、キースは訓練場を後にする。
「さて、気合を入れて行かないとな」
馬車へ向かいながらキースは呟く。
彼の目的は1つ。
アーリッテ・ベラドンナを口説き落とす事だ。
高田勇人に興味が無いわけではないが、あくまで面白そう程度としかキースは思っておらず、彼に関してはルディークを動かすための口実の色合いが強かった。
何せルディークには気に入らない仕事を断る権限があり、女を口説きに行くから付いてこいでは、断られるのは目に見えていたからだ。
「上手くいくと良いでやすね」
「ああ、口説き落として見せるさ」
キースは次男であるため、家督を継ぐのは難しい立ち位置だ。
その為、ベラドンナ家次期当主の夫の座を狙っていた。
「待ってろよ、子猫ちゃん」
そう呟くと、キースは端正な顔をにやりと歪ませた。
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