第20話 油断
「おらぁ!」
雄叫びと共に、バーリが集落の中央広場で丸まって眠っていたドラゴンの頭部を、勢いよく蹴り飛ばした。
助走を付けたその威力は凄まじく、首が大きく跳ね、丸まっていたドラゴンが轟音と共に豪快にひっくり返ってしまう。
「ぐぉぉぉぉぉ!!」
ドラゴンは突然の予期せぬ襲撃に怒りの雄叫びを上げ、体を揺すって仰向けになった体を起こそうとする。
「起きさせるかよ!」
バーリはドラゴンの頭部に飛び蹴りを入れる。
蹴り飛ばされた衝撃でドラゴンの首は横に大きく反り、その動きに引っ張られ体も周る。
「もう一丁!」
吹き飛んだ頭部を間髪入れずバーリは追いかけ、再び頭部に飛び蹴りを入れる。
再びドラゴンの首がそり、そしてそれに引っ張られて体が横向きに周る。
「まだまだ!」
蹴りを入れる。
頭が吹き飛び、体が回る。
追いかけて再び蹴りを入れる。
バーリは凄まじい速度でこれを繰り返した。
上空から見る事が出来れば、その様はまるで巨大なコマが周っているかの様に映った事だろう。
「はぁ……はぁ……これで……どうだ」
数十回程続けた所で、やっとバーリの動きが止まる。
怒涛の連続攻撃で疲労したのか、その息は荒く、両手を膝に付き頭を下げる形で息をを整えていた。
「ふぅ……ふぅ……死んだか?」
バーリはピクリとも動かないドラゴンの顔を覗き込む。
鋼以上の強度を誇る鱗はひしゃげ、剥がれた鱗の跡からは血が溢れだしている。
その大きな瞳からは完全に光が失われており、開いた口からはだらしなく舌が垂れ下がっていた。
その様子から、バーリは自身の勝利を確信する。
「よっしゃ!俺の勝ちだ!」
不意打ちで反撃の隙も与えずに相手を倒す。
通常の人間の感覚ならば、力比べの勝敗からは程遠い勝利だ。
だがバーリにとって、そんな事は関係なかった。
不意は突かれる相手が悪い。
そう言った危機察知能力も、強さの一つだとバーリは考えていた。
その為不意打ちだろうが何だろが、バーリにとっては勝った者が強者なのだ。
「へへ、ウーニャに報告しないとな」
ウーニャの喜ぶ顔を想像すると、自然とバーリの顔がほころんだ。
その様子から、ほんの少し前までは只の情報提供者でしかなかったウーニャが、今では確実にバーリの心の一部に食い込んでいる事は疑い様がないだろう。
もっとも、鈍感なバーリ自身は未だその事に気づいてはいなかったが。
「んじゃ、戻るか」
一通り勝利の余韻に浸った所で、ウーニャの元へ戻るべくバーリは振り返る。
瞬間、背後から殺気が膨れ上がった。
本能的にそれを察したバーリは、咄嗟に前に飛ぶ。
だが体を前方に投げだした所で、バーリの体は空中に静止した状態で止まってしまう。
「ぐあああぁぁ」
左足に激痛が走り、バーリは堪らず苦悶の声を上げる。
見ると、左足は大きな牙で噛み砕かれていた。
倒したはずのドラゴンの牙によって。
ドラゴンは死んではいなかった。
バーリの隙を突くため、振りをしていたのだ。
殺された振りを。
ドラゴンはバーリの左足を噛み砕きながら首を振り上げ、そして離す。
上空高く放り出されたバーリは放物線を描き、落下して地面へと激突した。
「ぐぁ……く……」
ゆっくりとドラゴンが起き上がり、ふらつく足取りでバーリへと近づいた。
そして止めを刺すべく、バーリを踏み潰さんと前足を上げる。
「くっ……」
前足が勢いよく降ろされた。
その下敷きになる直前、バーリは咄嗟に体を転がしぎりぎりなんとか回避する。
「くそがっ!」
左足に走る激痛に堪えながら、バーリは踏み下ろされた足の指に取り付いた。
そして渾身の力でその指をへし折る。
「ぐおおぉぉぉ!!」
咆哮が響く。
ドラゴンは前足を狂った様に振り回し、折れた指に取り付いていたバーリを乱暴に振りほどいた。
「つぅぅ」
勢いよく地面に叩きつけられ、バーリは短い悲鳴を上げる。
左足はまともに動かず、今や全身ボロボロだ。
だがそれでもバーリは痛みを堪え、右足だけで立ち上がってドラゴンを睨みつけた。
そんなバーリの気迫に押されてか、ドラゴンは数歩後ずさり……その巨大な翼を羽搏かせ飛び上がる。
「へ、へへ。なんだそりゃ」
上空からのブレスを警戒したバーリだが、余りの出来事に拍子抜けする。
何故なら、上空高く舞い上がったドラゴンはそのまま遠くへと逃げ去ってしまったからだ。
「根性無さすぎだろう。ヘタレが」
悪態をつきながらも、バーリは自身が生き延びた事にほっと胸を撫で下ろし、安心からかその場に崩れ落ちた。
彼は決して死を恐れていない。
バーリが恐れていたのは――
「何とか、約束は守れそうだ。でも……」
バーリは体を起こそうとするが、痛みで上手く動かせず、上手く起き上がる事が出来ない。
「くそっ……駄目だ。ウーニャが待ってるってのに……」
何度か試した所で、今直ぐに起き上がるのは無理だとバーリは諦める。
「少し遅くなるけど、待っててくれ。ウーニャ……」
そう小声でで呟くと、回復の為にバーリは静かに瞳を閉じた。
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