第19話 約束

「お、いるいる。ぐーすか眠ってやがる」


高台に仁王立ちし、バーリは破壊された集落を眺める。

目的のドラゴンは集落のど真ん中で丸まり、眠りに就いていた。


「見えるんですか?」


バーリの立つ高台から、ウーニャの住んでいた集落までは相当な距離がある。

そのため彼女の目には、建物の影が少し見える程度だった。


「おう!ばっちりだ!」


ウーニャの問いに、バーリが満面の笑みで答える。

ドラゴンとの戦いが楽しみで仕方ないのだろう。


「じゃあぶっ飛ばしてくる。じゃあな 」


「ま、待ってください!」


軽く手を振り、別れの挨拶をかけて行こうとするバーリをウーニャが呼び止めた。


「ん?」


「ドラゴンはとんでもない化け物です。村にも強い人が何人かいました。でも全く敵わなくって…… 私以外皆……皆殺されてしまって……」


集落が滅ぼされた時の事を思い出し、ウーニャは恐怖で体を震わせる。

彼女にとっては辛く恐ろしい記憶だ。


「いくらバーリさんが強くっても、一人で戦うなんて無謀過ぎます」


ウルはこの場には居ない。

ドラゴンに興味のないウルは主の元へ駆けつける事を優先し、バーリを残して勇人の元へと向かってしまっていた。


その為、ドラゴンと戦うのはバーリ一人だ。


「ん?大丈夫大丈夫。仮に負けても、俺が死ぬだけだから気にすんな」


「気にし無いわけ……気にしないわけ無いじゃないですか!バーリさんは私の恩人なのに!」


「別に助けようと思って助けたわけじゃないぞ?」


「それでも……それでも嬉しかったんです。村の皆がドラゴンに殺されて……命からがら逃げ出して森の中を彷徨っていたら、あの男達に捕まって……もう死んでしまいたいって。でも……嬉しかったんです。助けてもらった時……本当に……」


ぽろぽろと涙を零し泣き出したウーニャを前に、バーリは困ったように頭をかく。


バーリにとって、ウーニャの境遇や存在はさして興味の無い物だった。


その為ドラゴンの居場所さえ分かれば用済みで、彼女の事等無視して良かったのだが……


「泣くなよ」


「だって……だって……」


ウーニャが自分の事を本気で心配してくれている。

それが分かる為、流石に無神経なバーリも彼女を無視する事ができずにいた。

とはいえ、ドラゴンと戦わないという選択肢は彼にはない。


困り果てたバーリは無い知恵を振り絞って、一つの答えを導き出した。


「お!そうだ!負けそうになったら逃げるってのでどうだ!?」


バーリは我ながら名案だと、うんうんと頷く。


翼を持つドラゴンから逃げ延びる事が、どれ程難しい事か。

その辺りの事を一切考えていない愚かな案ではあるが、それが彼の出せる唯一の妥協案だ。


「でも、もし逃げられなかったら……」


「だーい丈夫だって。俺は死ぬほど足早いし。ドラゴンだってぶっちぎりだ。てかそもそも負ける気ねーし。だから泣くな!な!」


バーリはウーニャの頭をぽんぽんと叩き、優しく笑う。


「だからこの辺りで待ってろ。必ず生きて帰って来るから」


「バーリさん。約束……ですよ」


「ああ、約束する。んじゃいってくらぁ」


そう言うとバーリは矢のような速さで駆けだし、その姿が見る見る小さくなっていく。


「バーリさん……死なないでください 」


そう呟くとウーニャは膝を折り、天に向かってバーリの無事を祈るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る