第18話 ディナー

「ふぁ~あ。良く寝た」


大きな欠伸をしながら、バーリが目を覚ます。

彼は手で目元を擦って目ヤニを落とし、手を伸ばして大きく背伸びをする。

その状態で首を左右に振って、コキコキと鳴らした所で気づいた。


「あれ?勇人どこ行った?」


当たりを見渡すが、勇人は見当たらない。

仕方ないのでウルの背中を跳び箱を飛ぶかのように飛び跳ね、お尻側から首側へと移動する。


「なぁ。勇人知らねーか?」


「ぐるるる」


バーリに問われ、ウルはその場で足を止め小さく唸る。


「魔法を使ってどこかに消えたぁ」


ウルの唸りから、バーリはその意味を理解する。

彼は見た目こそ完全に人間ではあるが、実際は魔獣とのハーフであるため、意思の疎通が可能となっていた。


「消えたってどこに?」


「ぐぅぅ」


「なんだ、今向かってんのか」


テイムされた魔獣は、主の位置を本能的に理解する。

その為、ウルは消えた勇人の居場所へと向かっている最中だった。


「じゃあもうひと眠りするか」


その時、ぐぅーと大きな音がバーリのお腹から鳴り響いた。


「腹減ったなぁ」


バーリがお腹を片手で押さえて、天を仰ぎ見る。

見上げた空はほの暗く、夜の帳はもう降り始めていた。


「ぐぅぅん」


「お前も腹減ったのか。じゃあ、得物でも探すか」


バーリはウルの首元を一撫ですると、耳を澄ました。


彼は魔獣を狩って、それを糧として生きて来た野生のハンターだ。

得物を見つける際は、その優れた聴力を頼りに得物を見つけてきた。


「ん、あっちの方で音がするな」


バーリは直ぐ傍の森の方を見つめる。


「ぐるぅ」


「良い匂いがするって?じゃあ決まりだな」


そう言うとバーリはウルから飛び降り、ここで待ってろと指示を出す。

ウルの巨体で森に入ればバサバサと大きな物音が立ち、得物に逃げられてしまうからだ。


だがウルは首を横に振って吠える。


「ぐぉう」


「問題ない?その体で森の中を静かに移動できんのか?」


ウルはもう一度軽く吠えると、ぶるぶると体を震わせる。

するとその巨体は見る見る縮み、大型犬サイズへと変貌する。


「へー、便利な体してるなー」


「うぉん!」


「勇人のお陰? 」


ウルは元々は、スキルを所持していなかった。

だが勇人にテイムされた事で新たな力に目覚め、スキルを獲得していたのだ。


「んじゃあ、行くか」


そう宣言するとバーリは森へと駆ける。

それにウルも続いた。


森に入ったバーリ達は器用に枝葉をかき分け、音を立てずに森の中を疾走する。

5分程駆けた所でバーリ達は足を止め、大きな茂みの中に滑り込む様に潜り込んだ。


「8匹……」


茂みの中から獲物達を観察し、バーリは相手に気取られない程度の小声で呟く。

彼の視線の先には焚火を囲んだ4人の人間と、そこから少し離れた場所にさらに4人の人間がいる。

離れた場所にいる人間の姿は暗いためよく分からないが、火を囲んでいる4人は見るからに山賊然とした風貌だった。


「何だ、人間か」


バーリは食事の前の狩を楽しもうと考えていたが、相手が人間だと知って落胆する。

人間は基本弱いと、勇人から聞いていたからだ。


「あいつら、なんかすっげー嫌な臭いがするな」


バーリ自身、その臭いが何なのかはよく分からない。

だが8人。

いや、正確には7人から耐え難い程の不快な臭いを嗅ぎ取る。


「なんかムカつく臭いだ」


不快感から、バーリに本能的な殺意が芽生える。

以前の彼なら、迷わず皆殺しにしていただろう。

だが今は、勇人との約束があった。


勇人が許可した時と、襲われた時以外人間を殺さない。

それが勇人に付いて行く際に出された条件だ。


「しゃあねぇ。死なない程度にぶっ飛ばして、あいつらの食糧を奪うとするか」


「ぐぅぅ」


バーリが相手を殺さないと知ると、ウルは不満の声を上げた。


集団で活動する生物に中途半端に手を出すと、仲間などを呼ばれて手痛いしっぺ返しをくらう事がある。

そうならない様。皆殺しにすべきだ。

そもそも奴らの口にしている食料だけでは、自分の腹は膨らまない、と。


「でも勇人との約束があるからなぁ ……」


「ぐぅぅ。ぐぉう」


自分はそんな命令を受けていないと、ウルはバーリにそう伝える。

そして例えバーリが殺さなくとも、自分は奴らを皆殺しにするとも。


「そうか。それなら俺があいつらを動けないようにするから。お前が止めを刺してくれ」


バーリはあっさりウルからの提案を承諾した。

彼にとっては自分の約束さえ守れれば、人間が死のうが生きようがどうでもいい事でしかないのだ。


「んじゃ、行くか」


バーリは茂みから飛び出し、焚火の周りで座り込んでいる4人に音もなく襲い掛かる。


「があぁぁ!!」


彼の鋭く硬い爪が、胡坐をかいている男の太ももを切り裂いた。


爪で肉を抉られた男が、苦悶の叫びを上げる。

その声で初めて襲撃者バーリに気づき、男達は武器を手に立ち上がろうとするが、その動きはバーリにとっては余りにも緩慢だ。

三人が立ち上がり武器を構えるよりも早く、バーリは男達全員のの太ももを切り裂いてしまう。


「何だてめぇは!」


「てめぇ!ぶっ殺してやる」


離れた所にいた男達が異変に気付き、立ち上がって武器を構える。

だがその手にした武器は、振るわれる事は無かった。

疾風の如く突っ込んでくるバーリのスピードに、彼らはまともに反応できるだけの反射神経を持ち合わせていなかったからだ。


一人、また一人と順番に太ももを切り裂かれていく。

そしてバーリが最後の一人に襲い掛かろうとした所で、彼は動きを止める。

最後の一人は何故か起き上がろうとせず、丸まって震えていたからだ。


そんな人間――少女の行動を見て、バーリは首を傾げた。


動かなければ命を落とすかもしれないこの状況下で、丸まって動かないなど愚の骨頂だ。

そんな謎な行動に興味を引かれ、バーリは少女を繁々と観察する。


年の頃は13-4といった所だろうか。

少女は服を着ておらず、全身に痣があり、太ももの辺りに出血の跡が見られた。


「人間じゃ、ねぇよな?」


少女の頭部には狐の様な耳が生えており、剥き出しのお尻からは尻尾が生えていた。だがそれ以外は人間と全く変わらない事から、バーリは相手の種族を測りかねる。


「外骨格か?」


どう見ても堅そうには見えない。

だが少女が服を着ていない事から、バーリは堅い外皮が鎧の役割を果たしているのではと思い、少女のお尻の辺りを突っついた。


「ひっ……」


その瞬間、少女がか細く悲鳴を上げる。


「全然固くねぇな。なあおい、何でお前はそんな所で丸まってるんだ?」


少女の行動が全く理解できないバーリは、少女に尋ねる。

だがバーリの問いに少女は答えず、体を小刻みに振るわせだけだった。


「ぐるるる」


何をしているとウルに問われ、バーリが振り返る。

見るとウールは元の大きさに戻っており、その口元は血で赤く汚れていた。


辺りからは男達の呻き声が既に消えいる。

バーリが少女の事で首を捻っている間に、ウルが全て始末した様だ。


「何かこいつ、違うんだよな。耳と尻尾が生えてるし。それにこいつからは他の奴みたいな嫌な臭いがしない」


それがどうしたと言わんばかりに、ウルは首を捻る。

そしておもむろに少女に近づき、鼻をクンクン鳴らしてして少女の臭いを嗅いだ。


ウルの鼻息に驚き少女が一瞬振り返るが、悲鳴を上げて再び丸まり震える。


ふむ、雌かぐるうバーリはこれと番いたいのかぐろろろ?」


「番ぃ?今は強くなることしか考えてないし、ガキを作る気なんかないぞ」


強く。

只ひたすら強く。

それが今のバーリの目標であり、生きる意味だった。


まあその娘の事はお前が好きにすればいいぐるうぅ


「ん?殺さなくていいのか?」


問題ないぐるぅ


相手が想像以上にひ弱だったため、仮に仲間を呼ばれても大した脅威にならないとウルは判断する。

なので腹さえ膨れれば、問題ないとウルは答えた。


質問に答えたウルは転がっている遺体にかぶりつき、食事を始めた。

肉と骨がちぎれ砕かれる咀嚼音が響き、その音を耳にした少女は恐怖の余り失禁する。


だがバーリは特にそれを気にする事なく、少女へと声をかけた。


「なあ?お前って人間なのか?」


だが少女は震えるばかりで、反応を返さない。

ひょっとしたら聞こえていないのかとも思い、バーリは少女に近づいて耳を軽く引っ張り大声を出す。


「なあ!?お前って人間なのか!?」


その声に少女はひっくり返る。

そして両手で頭を押さえ、涙を流しながら許しを請う。


「ひぃぃ。許してください。許してください。許してください。許してください」


「許すって……何をだ?」


だが少女は同じ事をオウム返しに呟くばかりで話にならない。


「まあ、いいや」


そう言うとバーリは少女から離れ、焚火の周りにおいてある食料を片っ端から平らげだす。

水を飲もうと酒瓶を手にしたところで、バーリは顔を歪めて動きを止めた。


「うわっ!くっせぇ!何だこれ!?」


瓶から漂う不快な臭いにバーリは顔を顰め、瓶を遠くへと放り投げた。


「あいつら、こんな物を口にしてたのか」


どうやらバーリにとって、酒の臭いは不快な物らしい。

酒の入っている瓶を、全て遠くに投げ捨ててしまう。


「しかし参ったな。水がねぇ」


勇人がいれば土や石を水に変えてくれるのだが、今勇人はこの場にはいない。

バーリは立ち上がると、おもむろに遺体の腕を引きちぎる。


「殺してないから、別にいいよな」


そう呟くと、ちぎった腕から滴り落ちる血を啜ろうと口を近づけたその時、少女の悲鳴が響く。


「ひいぃぃ。いやっいやぁ」


バーリが振り向くと、視界に大きな熊の様な魔獣の姿が目に映る。

魔獣は牙を剥き、今にも少女に襲い掛かからんとしていた。


「血の臭いに釣られてきたのか?へへ、こいつらじゃ全然暴れたりなかったんだ!」


自分達に気取られず近づいた事から相手を強敵と判断し、バーリは歓喜の声を上げる。


ウルが牙を剥くが、魔獣を威嚇するがバーリはそれを手で制した。


「あいつは俺の獲物だ。手を出すなよ」


そう嬉しそうに告げると、バーリは魔獣へと襲い掛かる。


「おらぁ!」


空中からの飛び回し蹴りが綺麗に魔獣へと炸裂する。

吹き飛んだ魔獣はよろよろと起き上がったかと思うと、尻尾を巻いて逃げ出してしまった。

一瞬で実力差を理解したのだろう。


「おい!?嘘だろ!?」


余りの拍子抜けに、バーリは大声を上げる。

どうやら魔獣は隠密行動に優れたていただけで、戦闘能力は大したことが無かったようだ。

いや、正確には魔獣は決して弱くは無かった。

只、それ以上にバーリが圧倒的に強かったのだ。


「なんだよ。見掛け倒しもいい所じゃねぇか」


「あ、あの……」


「ん?」


「その……ありがとう……御座いました」


相変わらず少女は丸まったままだが、顔だけをバーリに向け、か細い声で礼を言う。


「ありがとう?」


バーリは魔獣が強そうだと思ったから、戦いを仕掛けただけだ。

その行動は決して、少女を救う為ではない。

そのため何故礼を言われたのか理解できずに、バーリは首を捻った。


「私……ウーニャっていいます」


「お前って人間なのか?」


「えっ?あ……私たちは獣人ケモナーと呼ばれる種族です……」


そう言うと少女は悲し気に顔を伏せる。


獣人ケモナー

亜人と呼ばれる種族の一つ。

亜人種は元をたどれば全て異世界人と魔獣などが結ばれて出来た混合種であり、その為彼らは人間とも交配が可能となっている。


とは言えほとんどの場合、人間との関係は良好とは言い難い物だった。


特に獣人ケモナーは数が少なく。

その能力もそれほど高くない為人間から迫害されており、捕らえられ奴隷になっているケースも少なくない。


「ふーん。ケモナーってのは人間と違うのか?」


「あの……ご存じないんですか?」


「うん、全然」


「そう……ですか……」


「でさ、何でさっき丸まってたんだ?」


「それは……わたし……」


ウーニャは悲しげな表情で俯き、言い淀む。


「その……」


「ああ、なんだ。お前も腹減ってるのか」


ウーニャに元気が無い事から空腹なのだと判断し、バーリは先程ちぎった腕を拾ってきてウーニャへと差し出す。


「ひぃぃぃぃ」


「ん?腕より内臓とかの方が良かったか?」


「ち…違います!人間を食べるなんてそんな……」


「でもお前、人間じゃないんだろ?」


「それは……そうですけど。でも、人間を食べるなんてそんな事……」


腹が減れば場合によっては同族でも口にする。

そういう生きるか死ぬかの世界で生きて来たバーリにとって、自身と似通った生物を口にしたくないというウーニャの感情は理解できない物だった。


人間を口にする事を嫌がるウーニャを不思議に思いつつも、男達が食べていた物をウーニャに差し出す。


「ほら。これなら良いか?」


「あ……ありがと……ぅっ……ぅぅ……ふぐぅ……」


パンを受け取ったとたん、ウーニャは嗚咽を漏らしだす。


「なぁウル?何であいつ泣いてんだ」


知らん、私は眠い話しかけるなぐぁうう


もう日は完全に暮れており、腹が膨らんだ事で眠くなったのか。ウルは焚火の傍で丸くなって眠りに就いた。

しょうがないのでバーリも食事をとり、散々昼寝したにもかかわらずそのまま眠りに就いた。


―――朝―――


「ふぁぁぁ。良く寝た!」


立ち上がり両手を広げて、大きく背伸びする。


「ぁ……」


視線を天から降ろすと、ウーニャと目が合う。


昨晩裸だった彼女はマントを羽織っていた。

サイズがぶかぶかな事から、男達の物だろうと思われる。


「よぉ」


「おはようございます。その……昨日は助けて頂いてありがとうございました」


昨晩より幾分か落ち着いたのか、ウーニャは改めて昨日のお礼を言い。

深々と頭を下げた。


「何が?」


昨晩に引き続き、バーリは理解が出来ずに首を捻る。


「え、あの。ですから……」


「まあいいや」


ウーニャの言葉の続きを聞きもせずにバーリはウルに近づき、その大きな尻尾をぐいっと引っ張って起こす。


何だぅぅ


「もう十分休んだだろ?さっさと行こうぜ」


そういうとバーリはウルの背中に飛び乗る。


仕方ないなぐぉう


「待ってください!」


ウルが立ち上がろうとした所で、ウーニャが大きな声で呼び止め彼らを呼び止めた。


「私……私……もう帰る所が無いんです」


特に気にする様子もなく、ウルは立ち上がった。

何を言っているか理解できないからではない。

人間の言語を理解してはいるが、ウルにとって彼女の境遇など全く興味の無い事だったからだ。


それはバーリも同じらしく。

ウーニャの言葉に、フーンとそっけなく返事を返した。


「私の住んでいた場所は、ドラゴンに襲われて……皆……もう……」


バーリはウルから飛び降り、ぽろぽろと涙を零すウーニャの前に降り立った。

だがそれは別に彼女が泣いたからではない。

もっと別の理由だ。


「ドラゴンが出たのか?」


「はい……」


溢れる涙を手の甲で拭い、ウーニャは気丈に答える。

健気な姿ではあるが、バーリの興味はそこにない。

彼の興味はただ一点。


「ウーニャの村まで案内しな。俺がドラゴンをぶちのめしてやる!」


バーリはそう宣言すると、嬉しそうな笑顔をウーニャへとむける。

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