第17話 試される愛
「げ、全然泡立たねぇ」
今俺は、セーフティーハウス内の風呂場で頭を洗っていた。
血塗れだったリリーの為に用意されたのだが、1週間以上体を洗って無かった俺は相当臭かったらしく、リリーの後に入る様アーリッテに命じられてしまったのだ。
頭からシャワーを浴び、石鹸を付けてごしごし洗う。
だが暫く体を洗って無かったせいか、泡がまるで立たない。
我ながら汚い事この上なしだ。
「しっかし、ドラゴン5匹か。なんであんなにいっぱいいたんだ?」
自分の知る限り、ドラゴンの様な大物は早々人間の生活圏に入り込んでくる事は無いと聞いている。
稀に居たとしても、単独で迷い込む物が殆どで、今回の様に5匹も同時に現れる事などまずないはず。
一体何故?
そう思い、アバターに聞いてみた。
≪魔人ズィーの影響かと思われます≫
ズィー?
どういう事だ?
≪ミスターを誘拐する魔法で大量に魔力を消費したため、魔力補充の為にドラゴン達の巣を襲い喰らったのだと思われます≫
それって……ドラゴン達はズィーから逃がれる為、こんな所までやって来たって事か?
≪イエス≫
ズィーが巨大なドラゴン達を頭からバリバリ喰らう姿を思い浮かべ、ぞっとして背筋が凍り付く。
とんでもない化け物なのは分かっていたが、まさか腹が減ったからってドラゴンを襲って喰らうレベルだったとは……
まあだが、今の俺にはドラゴンバスターがある。
何せドラゴンを一撃で屠る武器だ。
あれさえあれば、ズィーとだっていい勝負ができるはずだ。
≪残念ながら、ドラゴンバスターは竜破壊に特化した武器です。他の魔獣や魔人には、よく切れる程度の剣でしかありません≫
マジかよ。
結構やりたい放題無双できると思ってたのに、肩透かしもいい所だ。
≪Sランクの武器一本で、魔王の幹部が倒せるほど世の中甘くはありません≫
だよなぁ。
しかしそうなるときつい。
この世界に来た当初は、お金をためてSランク品を買い漁ればなんとかなるんじゃないかと思っていた。
だがアーリッテに話を聞く限り、Sランク品は王家の秘宝や大貴族の家宝だったりするらしい。
つまり、金で手に入れるのは厳しいって事になる。
「こんな状態で本当に魔王なんて倒せんのかなぁ……」
「大丈夫!!為せば成るです!要は根性ですよ!根性!何とかなります!!」
ならねーよ。
あほか。
「って、何風呂に入って来てんだ!?」
いつのまにやら勝手にウロンが風呂に入ってきた事に驚き、頭を洗っていた手を止める。
そして素早く台の上に置いてあったタオルを引っ掴み、股間を隠した。
何で風呂に入って来てんだ!?
まさか俺の裸を見たかったとか!?
それならそうと、一言言ってくれればいい物を。
少々気恥しいが、ウロンになら全てを曝け出しても構わない。
「そんなわけないでしょう!控えめに言ってもキモイです!」
≪超控えめに言って、凄くキモイです≫
素直な感想をありがとう。
だが多少キモがられても、俺の愛はその程度では折れやしないぜ。
≪思考が完全にストーカーですよ≫
純愛と言え。
純愛と。
「覗きに来たんじゃないなら、何しに風呂に入ってきたんだ」
「むふふふ、これから面白いイベントが始まるからですよ!!」
ウロンが口元を手で隠し、目元を嫌らしく歪めた。
その邪悪な笑みを見て、物凄く不安な気分になる。
「お!来たみたいです!」
ウロンが歓喜の声を上げるとほぼ同時に、風呂場の引き戸がガラガラと音を立てて開かれた。
そこには……
「てぃてぃてぃ、ティアース!」
開いた扉から、タオルを一枚だけ身に纏ったティアースが姿を現す。
その意味不明な展開に、俺は思わず声が裏返る。
「ななな、何でティアースが!?」
ティアースから視線を外し、俯いて訪ねる。
「貴方が一緒に入ろうと、言ったんじゃないですか……」
いやいやいや!
そんな事は一言も言ってない!
どうなってんだ!?
そこではっと気づく。
先程のウロンの嫌らしい笑顔を。
ウロンを睨みつけると、嬉し気に卑猥な形を指で作ってウィンクして来た。
何考えてるんだこいつは!?
だがウロンへの苦情は後回しだ。
俺は視線をティアースへと移し、言い訳をする為口を開こうとするが……思わず動きを止めてティアースを凝視してしまう。
最初は焦っていて気づかなかったが、普段アップにしている髪を降ろし、頬を染めるその姿はとんでもなく色っぽい。
その余りの色気に、駄目だ駄目だと思いつつも目が離せなかった。
「あの……そうじろじろ見られると、流石に恥ずかしいのですが」
そう言われて正気に戻り、俺は気恥ずかしさから視線を逸らして謝る。
「ご……ごめん」
やっべ、鼻血出そう。
ティアースの色気に充てられて頭に血が上り。
心臓がバクバクと跳ね、今にも爆発しそうだ。
「そうだ、ティアース。背中を流してくれないか?」
その言葉に、ティアースは静かに首を縦に振る。
マジ勘弁しろ……
当然俺がそんな台詞を口にする分けも無く。
ウロンを涙目で睨みつける。
そんな俺の視線に気づき、ウロンは親指を立ててウィンクしてきた。
≪グッドラックだそうです≫
グッドラックじゃねぇよ!
余計な事スンナ!
ティアースがゆっくりと此方に近づき、俺の横にしゃがみこんだ。
その際、胸の谷間がチラリと目に入り、俺はごくりと唾を飲み込む。
「後ろを……向いてもらえますか」
「え、あ、いや。あの。背中を流してってのは冗談で……」
「いいから、後ろを向いてください。それとも……前から洗いますか?」
「は、はいぃ」
俺は情けない声を上げながら、ティアースへと背中を向ける。
背後で手を擦り合わせる音が響き、俺の背中に石鹸でぬるぬるのティアースの掌が押し付けられた。
「あ、あの……ティアースさん。タオルは……」
「持ってくるのを失念していました」
「えぇ……」
一瞬自分の手にしているタオルを渡そうかとも考えたが、渡してしまうと御立派状態のあそこが隠せなくなってしまうので断念する。
俺の背中をすべすべでぬるぬるの手が蠢く。
その感触に愚息が反応し、メルトダウン寸前だ。
「小さな背中ですね」
「へ!?あ?そ、そう?」
体格は人並みであるため、小さいという事はないと思うのだが。
「ドラゴンを4匹も瞬殺した、ドラゴンスレイヤーの背中とは思えません」
なるほど。
屈強な戦士と比べられたら、そら小さくもあるわな。
リリーとか、俺より絶対あれだし。
「でも、この背中が私達を救ってくれた」
背中に温かくて柔らかい感触が広がり、ティアースの両手が俺を抱きしめるような形で回される。
「てぃてぃてぃ、ティアースさん!?」
「勇人は私の命の恩人。だからお礼がしたいんです」
ティアースの囁きが耳元を擽り、背筋がぞくぞくする。
前に回された手が胸元をなぞり、腹部を通って下腹部へと焦らすようにゆっくり這っていく。
「いいいいいや、ききき気にしなくていいから」
人生初の経験に、どう対応していいのか分からずパニくる。
どうする?
どうするどうするどうするどうするどうする?
自分の気持ちを大事にするなら、突っぱねるべきだ。
だが背中の感触と熱い吐息。
そして体をゆっくりと這うティアースの手の感触が、俺を惑わせる。
どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする。
ティアースの両手が、俺の大事な部分に触れる。
いや、その直前に風呂場の引き戸がバーンと音を立てて、豪快に開いた。
「ティアース!何をしている!!」
それはリリーの声だった。
「助けてもらったお礼に、背中を流していただけですが?」
「その体勢でか!?」
「足を滑らしてしまって、抱き着いてしまっただけです」
ティアースはさらりと嘘をつく。
女ってこえー。
「だったらさっさと離れろ!」
ティアースは溜息を一つ付くと、俺の体から離れた。
助かったと思う反面、ティアースの感触が失われた事にがっかりしてしまう自分が悲しい。
「これで良いですか?」
「良い訳有るか!」
挑発的なティアースの物言いに、リリーは声を荒げた。
彼女は真面目だから、この状況に怒るのも仕方ない。
「何か問題でも?」
「大ありですわ」
「あ、アーリッテ様!何故ここに!?」
ティアースの驚いた様な声に、アーリッテは風呂場が騒がしかったので、何事かと確認しに来たと答える。
「ティアース。貴方はベラドンナ家のメイドよ。その貴方が公序良俗に反する行為をしては、家の名に傷がついてしまいます。ですから、軽率な行動は慎んで頂かないと」
「申し訳ありません」
「分かって貰えればいいのよ。それと勇人。貴方は男性だから色々と……その、あれでしょうけど。貴方もベラドンナ家の騎士なのですから、誰彼構わず誘いをかけるような真似は止めなさい。いいですね」
誰かれ構わず誘う?
どういう事だろうか?
行ってる意味が分からない。
だが――
「ああ……わかった」
こういう場合は、余計な事を口にしない方が賢い選択の筈だ。
だから俺はアーリッテの言葉に引っ掛かりつつも、素直に返事する。
「分かればよろしい」
そう言うと、アーリッテはリリーとティアースを引き連れ風呂場から去っていった。
風呂場に一人取り残された俺は、その突如嵐が吹き荒れた様な出来事に呆然としてしまう。
「ふむ。全員に声をかけたのは失敗でしたか。私とした事が大失敗です!」
≪いえ、マスターのせいではありません。流れ次第では4Pも可能だったはず。すべてはミスターの無能っぷりが起こした、事故の様な物。マスターがお気になさる必要など有りません≫
「それもそうですね!こら勇人!次からはしっかりしてくださいよ!」
「ふ」
「ふ?」
「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
風呂場に、俺の魂の咆哮が木霊した。
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