第15話 vsドラゴン

優秀な魔法使いには、二つの資質が必要とされる。

魔力量と詠唱――魔法の構築――速度だ。


どちらも努力次第である程度伸ばす事は出来るが、絶対的な才能の差を覆すのは難しいとされていた。

その為優秀な魔導士はほぼ全て、生まれつき高い才能を持った者ばかりとなる。


―――モンストーン市・東(山間部谷間)―――


「大きいですわね」


アーリッテが巨大なドラゴンの姿に唾をのむ。


「丸まって眠っているので正確には分かりませんが、全長20メートルといった所でしょうか」


岩場で眠るドラゴンの大きさは、もはやちょっとした丘レベルだ。

だがその巨体を目にしても、リリーはまったく動じず冷静に相手を観察する。


「眠っているところに遭遇できるとは、好都合です。奇襲をかけて一気に始末しましょう」


そう言うと、ティアースはアーリッテを抱き抱える。


アーリッテは生まれつき魔力量がとても高く、強力な魔法を扱う事が出来た。

だがその反面、詠唱速度に関する才能は絶望的だ。

とてもではないが、戦闘しながら使えるようなレベルでは無い。


そんなアーリッテをカバーする為、ティアースは彼女を抱える。

自らが足となって、詠唱中動けない主を守るために。


「私が先制で魔法を打ち込みますわ。リリーはそれに合わせて攻撃をお願いね」


そう宣言すると、アーリッテは魔法の詠唱を始めた。

その詠唱は少々たどたどしく完了には少々時間を擁したが、無事詠唱は完了し、アーリッテの手の先の空間がぐにゃりと歪む。


高密度に圧縮された空気が、光の軌道を捻じ曲げ起きた現象だ。


「エアブレイク!」


アーリッテの叫びと共に、圧縮された空気が放たれる。

それはドラゴンに触れた瞬間炸裂し、無数の風の刃がドラゴンの巨体に切り裂いた。


「ぐぁぁう!」


眠っていたところをいきなり切り裂かれ、痛みと驚きでドラゴンは声を上げた。


ドラゴンからすれば、想像も出来なかったであろう。

強者である自身に襲い掛かる者がいるなどと。


そして混乱しているドラゴンに、次なる一撃が襲い掛かる。


「はぁっ!」


裂帛の気合と共に振り下ろされたリリーの剣が、ドラゴンの右目を襲う。

その剣は闘気オーラで淡く光り輝き、鱗と同じ方さを持つドラゴンの瞳を易々と切り裂いた。


リリーは更に返す刃で下顎を狙うが、ドラゴンが頭を横に振ったため刃は空を切ってしまう。


「ちっ!」


攻撃を躱されたリリーは、一回転して地面に着地。

起き上がったドラゴンの死角を突くべく右側へと回り込み、今度は相手の腹部へと斬りかかった。


「せいやぁ!」


彼女の剣がドラゴンの腹部を切り裂く。


だが浅い。


ドラゴンが視界から消えたリリーを追って体を右回転させたため、結果的にリリーの剣を躱す形となったからだ。


「リリー!」


アーリッテの声が響いた。

その声に反応し、リリーはドラゴンから大きく間合いを離す。


「ウェイブライトニング!」


アーリッテの放つ電流の波がドラゴンを覆い尽くし、纏わりついてドラゴンの動きを鈍らせる。

ウェイブライトニングは、ダメージよりも相手を痺れさせ動きを鈍くさせる事が主目的だ。


ドラゴンの動きが鈍った所でリリーは間合いを詰め、一気にケリを付けるべくオメガパワーを発動させる。


――大幅な新た能力の上昇。


突っ込んできたリリーに、ドラゴンの鋭い爪が襲い掛かかる。

だが彼女はその一撃を素早く回避しつつ、刃を振りぬき手の指を二本斬り飛ばした。


指を切り落とされたドラゴンが、痛みで首を大きく仰け反らせる。

そこを狙ってリリーは大きく飛び上がり、横凪にその首元を切り裂いた。


ぱっくりと開いた傷口から血が噴き出し、リリーを真っ赤に染め上げる。

だがそんな事などお構いなしにリリーは剣を素早く跳ね上げ、今度はドラゴンの喉元を縦に切り裂いた。


だがそれだけでは止まらない。


「まだまだ!」


落下しながらもリリーは剣を振り続け、ドラゴンの首筋から胸元に到るまで滅多切りにしていく。


「グェアアァァ!!」


リリーの着地とほぼ同時に、ドラゴンは苦し気なうめき声を上げながら倒れ込んだ。

すかさず彼女は地に落ちた頭の上に飛び乗り、その眉間に深々と剣を突き刺し止めを刺す。


「やりましたわ!流石はリリー!」


「お見事です!」


「二人のサポートがあったからだ。そうでなければ、ここまで容易く勝つ事は出来なかったさ 」


「しかし、血濡れの騎士ブラッディナイトとはよくいったものです」


全身を真っ赤な返り血に染め、倒れたドラゴンの上に悠然と立つ。

その姿は正に、血濡れの騎士ブラッディナイトと評されるに相応しい。


「ティアース、その呼び方は止めてくれ」


リリーは照れくさそうに頭をかく。


大仰で派手な二つ名を、彼女はあまり歓迎していない。

対外的には良い宣伝材料になる事を理解している為、交渉時などは仕方ないと諦めてはいるが、そうでない場合は勘弁して欲しいと考えていた。


「ふふ、すいません。次からは気を付けます」


「頼むよ」


「ふふ。セーフティーハウスを設置して、お風呂で綺麗に洗い流すと良いですわ」


「ありがとうございます。ですがその前に」


リリーはドラゴンの頭部から飛び降り、死んだドラゴンの口元へと剣を振るう。

ごとりと鈍い音を立て、牙の一本が地に転がった。


「牙は一本でたりますか?」


「ええ、一本あれば討伐の証としては十分よ。さ、セーフティハウスを設置しましょう」


「はい」


リリーが足元に転がる牙を拾い上げよと屈もうとするが、急に動きを止め、驚いたように頭上へと顔を振り上げた。

そして上空を見上げながら呟く。


「馬鹿な……」


次いでティアースも異変に気付き、顔色を変える。

アーリッテだけは何が起こったのか理解できず、リリーの視線を追って上空を見上げ――


そこで自身の置かれた状況に気付いた。

その絶望的な状況に。


「うそ……」


アーリッテの見上げた先には――青海の空と、その景色を遮る4つの巨大な影が此方へと近づいてくる姿があった。


影の正体はドラゴンだ。


「なんで……4体もドラゴンが……」


「ティアース!この場を離れるぞ!!」


そう叫ぶと同時に、リリーはアーリッテの元へ駆けつけ。

彼女を抱えて走り出す。


リリーは尋常ではない程の速さで疾走する。

その余りの速さにアーリッテが苦しげな表情を浮かべるが、構っている余裕などない。


一分一秒でも早く谷間を離れ、森へ逃げ込む。

その一心でリリーは駆け続け、ティアースもその後に続く。


だが、上空を飛ぶドラゴン達の方が早い。


リリー達の前に二体のドラゴンが降り立ち、同時に背後にも二体のドラゴンが舞い降りた。


「くそっ!ティアース!アーリィを頼む!!」


そう叫ぶとリリーはアーリッテをティアースに放り投げ、剣を抜き放った。


「私が血路を開く!その間に逃げろ!」


「そんなの駄目ですわ!」


「了解した」


「ティアース!!」


アーリッテの悲痛な叫びに、ティアースは首を横に振る。

そして沈痛な面持ちで、アーリッテを強く抱きしめた。


「ティアース。アーリィの事頼んだぞ」


「分かっています」


「行くぞ!!」


リリーが雄叫びと共に突っ込もうとした瞬間、目の前のドラゴン達が大きく息を吸い込みだした。


「馬鹿な!!こんな場所でブレスを吐いたら、仲間のドラゴンまで巻き込むんだぞ!?」


そう叫び背後を振り返ると、背後のドラゴン達も大きく息を吸い込み、今にもブレスを吐きだす寸前だった。


仲間が倒された事でリリー達を強敵とみなしたドラゴン達は、同士討ちのダメージも顧みず、彼女達を始末しにかかる。


その様子を見て、リリーは剣を降ろした。

いかなリリーであろうと、4匹同時のブレスを止める手立てなどない。


ひょっとしたら、リリー1人だけならば抜けれたかもしれない。

だがアーリッテ達を放り出して、自分だけ逃げるという選択肢は彼女にはない。


「すまない。アーリィ。私にもう少し力があれば……」


「ううん、リリーのせいじゃないわ。夢見を妄信しすぎた私が悪いのよ」


次の瞬間、ドラゴン達の吐き出した炎のブレスが業火の渦となって彼女達を巻き込み、骨も残さず焼き尽くす。


――いや、焼き尽くすはずだった。


だがリリー達の目前まで迫った炎は突如消えさり、鋳塊インゴットが地面へと転がる。


眼を瞑って最後を迎え入れようとしていた3人が異変に気付き、目を開けるとそこには……


「「「勇人!!」」」


「よお、待たせたな!」


勇人はニヒルに笑い、彼女達の声に答えた。


「それじゃあ、ちょっくらドラゴン退治と行きますか」


そう宣言し、勇人は剣を構えた。

その手にした剣には緻密な意匠が施され、その薄い刀身は青く輝いている。


竜破壊の剣ドラゴンバスター――Sランク(価格不明)だ。


勇人は目の前のドラゴンへと駆けだし、オリハルコンのインゴットを拾う。

次の瞬間インゴットは消滅し、勇人の剣が強く光り輝いた。


「斬空波!!」


光り輝く剣を振り下ろし、刃上の衝撃波――斬撃波を勇人が放つ。

放たれた見えない刃はドラゴンを真っ二つにし、声を上げる間もなくその命を刈り取った。


「凄い!なんて攻撃ですの!」


「ドラゴンをたった一撃で……」


アーリッテ達が驚いている間にも、勇人は動き続けた。


インゴットを拾い、スキルに変えて再び斬撃波を放つ。

2体目のドラゴンが真っ二つになった所で、後方のドラゴン達が羽搏き空中へと避難を始めた。

勇人の圧倒的強さに恐れをなし、逃げ出したのだ。


「逃がすかよ!」


「勇人!」


リリーが残り二つのインゴットを素早く回収し、勇人へと投げつける。

彼ははそれを受け取り、斬撃波を連続して空へと放った。


「流石は、わたくしの勇人ですわ」


勇人の放った斬撃波で絶命し、落ちてくる2体のドラゴンを見つめながらアーリッテがそう呟く。

その瞳は潤み、まるで恋する乙女であるかの様にその頬は赤らんでいた。


「サンキュウ、リリー」


「ふ、礼を言うのは此方の方だ。助かったよ、ありがとう」


「そうやって面と向かって礼を言われると、なんか気恥しいな」


勇人が照れくさそうに頬をかき、はにかんだ。


こうしてドラゴンの脅威は去り。

勇人は無事、アーリッテ達と合流を果たした。

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