第11話 手駒

≪魔力を感知しました。恐らく人間の物です≫


岩場の陰でウルを休憩させていると、アバターが唐突に人間の存在を俺に告げた。


「人間?こんな所で?」


アバターの申告に驚いて思わず声を上げる。


ウルをテイムして3日。

俺達の現在位置は未だ、魔族領真っただ中だった。


魔族領は魔王の勢力下で、大量の魔獣が闊歩する場所だ。

そんな場所に人間の反応があると聞かされれば、驚かざる得ない。


一瞬、魔人ズィーによる誘拐が脳裏を過る。


≪安心してください。魔人の魔力は感知しておりません≫


「そうか」


胸をほっと撫で下ろす。

あんな化け物との遭遇は、勘弁願いたい。


≪如何いたしましょう?≫


人間か。

こんな場所で迷子って事は無いよな?


この辺りから人間領に出るには、直線でも400キロ近くあり、人間がふらっと迷い込むには無理がある場所だ。


……どう考えても只の人間とは思えない。


何のためにこんな場所に来てるのか知らないが、不用意な接触は避けた方がいい気がする。


≪残念なお知らせがあります。どうやら此方に気づいたようで、真っすぐ向かって来ております≫


「へ?」


≪30秒程度で此方へ到着するかと≫


「ちょ、ちょっと待て!?30秒?」


≪さらに加速したため、20秒を切りました≫


俺は慌てて立ち上がり、腰に下げた革袋の中のボーションをスキルへと変換し、万一の際の戦闘に備えた。

俺の様子を察してか、ウルもすぐに起き上がり辺りを警戒する。


≪来ます≫


「うおおぉぉーん!」


アバターの合図とほぼ同時に、ウルが上を見上げ雄叫びを上げる。

俺はその視線を追う。


――するとそこには人影が。


「飛行か!?」


≪いえ、跳躍です≫


ザンッという音と共に、人影が地面へと着地した。


降ってきたのは青年。

年の頃は、俺と同じぐらいだろうか。

黒髪黒目の浅黒い肌をしており、筋肉質な上半身は剥き出しで、下には獣の皮を鞣した半ズボンをのみの出で立ちだった。


「よお!俺の名はバーリ・トゥードだ!」


青年は親指で自分を指して挨拶し、ワイルドな笑みを見せる。

一瞬ぽかんとしてしまったが、無視するのもあれなので、此方も挨拶を返しておく。


「あー、えっと。俺は勇人・高田だ」


挨拶を返す際、等価交換で相手のスキルを確認する。


スキルは無し……か。

じゃあどうやって、さっきみたいな跳躍をしたんだ?


≪純粋に身体能力だけで行ったのでしょう≫


とんでもねーな。


まあ相手の能力は兎も角、挨拶してきた位だ。

問答無用で揉めると言う事は無いだろう。


「勇人高田か。いい名前だ。そんな大きな魔獣を従えるくらいだから、強いんだろ?」


「いや、別にそういう訳じゃ……」


「俺は強い奴と戦いたい!だから勝負だ!」


「はぁ!?」


「行くぜ!!」


バーリはそう宣言すると、身を低く構えた。


「ちょっと待て!俺は――」


「ぐるぅあぁ!!」


俺が言葉を言い終えるよりも先に、ウルがバーリに飛び掛かってしまう。

本能的に敵だと判断してしまったのだろう。


「――っ!?」


その巨体から繰り出される、パワーとスピードの乗った爪の一撃。

それは一撃必殺に近い強烈な物だ。

だがバーリは容易く身を捻って躱し、そのままの勢いで体を旋回させ回し蹴りをウルに叩きこんだ。


「ウルを蹴り飛ばしやがった!」


蹴り飛ばされたウルは盛大に吹き飛び、転がる。

数百キロはあるであろう魔獣を吹き飛ばす威力の蹴りを、自分が喰らったらと思うぞっとする。


「2対1か。まあ別に構わねぇぞ」


「いやまて!俺は戦うつもりは――」


「いっくぜぇ!」


バーリが再び低く構えた。


くそ、人の話聞いちゃいねぇ。

まあ勝手にとはいえウルが先に仕掛けた以上、どっちにしろもう話し合いってのは無理か。


≪目を瞑ってください!このままでは危険です!≫


アバターに言われて目を閉じる。

直後、オートガードが俺の体を捻らせた。


「痛ぅ」


頬に痛みが走り、血が垂れる感触が伝わる。

完全には躱しきれずに、頬を軽く引き裂かれた様だ。


「俺の攻撃を完璧に躱すとかやるじゃん!」


いや、全然完璧に躱せてないんだが?


「じゃんじゃん行くぜぇ!」


相手の攻撃に体が勝手に反応する。

避け、躱し、飛び退る。


だがバーリの攻撃が此方の防御性能を上回っている為か、完全には躱しきれていない。

至る所に傷を負ってしまい、全身に痛みが走る。

致命的な直撃を受けていないとはいえ、このまま行けばじり貧だ。


ウルはまだのびてるのか?


目を瞑っている為周りの状況が自分では分からないので、アバターに尋ねた。


≪すでに起き上がっています。ですがバーリが高速で動き回りつつ此方へと接近戦を仕掛けてきている為、手出しができずにいます≫


くそっ!

折角2対1だってのに!


数の利を生かせず、俺は心の中で悪態をつく。


≪ミスター、先程から気になっていたのですが。何故強欲を戦闘用スキルへと変換されないのですか?≫


あ…………忘れてた。


覚えたばかりというのもあるが、強欲の効果が空気過ぎて完全に失念していた。


≪私に案があります≫


どんな案だ?


≪強欲を水神の加護へと変換し、水中戦を仕掛ける事をお勧めします≫


水中戦か……


≪水中では人間の動きは大きく制限されますが、水神の加護さえあればこちらは地上と同じか、それ以上の動きが可能となりますので≫


成程、良さそうだ。

俺は早速スキルを水神の加護へと変換し、息を大きく吸い込んで当たりの空気と地面を水へと変える。


足場だった地面が消え、全身が水に包まれる。

ゆっくりと眼を開けると、目の前でバタバタと暴れるバーリの姿が映った。

バーリは暫く水中で苦しそうに手足をバタつかせた後、ぱたりと動きを止め、背中からゆっくりと浮かんでいく。


……どうやらカナヅチだったようだ。


≪上手くいきました。作戦通りですね≫


水中戦って話はどこ行った?


≪これも立派な水中戦です≫


……うん、まあいいけど。


何となく釈然としない気持ちを抱えながら水から上がり、ぷかぷか浮いてるバーリを引き上げ地面へと転がす。


ピクリとも動かないその姿を見て、手当てをするべきか迷う。

意識が戻った瞬間、襲われないとも限らないし。

何より…………マウストゥマウスとか、絶対にしたくない。

とりあえずほっぺを叩いてみて、それでだめなら寿命だったという事で諦めてもらおう。


そもそも勝負を仕掛けてきたのは、バーリの方だしな。


「おい起きろ!」


二回程全力で往復びんたを喰らわすと「ヴォエ」っという呻き声と共に水を吐き出し、バーリが意識を取り戻した。


「…………まいった…………俺の負けだ」


バーリの口から参ったと聞き、一安心する。

これでもう襲われる心配は無いだろう。

たぶん。


「勇人は強いな」


あれで強いとか言われても、正直もにょる。

水だして溺れさせただけだし。


≪勝ちは勝ちです≫


ま、そだな。

別にバーリとの優劣が決めたいわけでもなし、細かい事は気にせずにいこう。


「ところで、バーリは何で魔族領なんかに居るんだ?」


俺は気になっていた事を、バーリに尋ねた。


「魔族領?なんだそれ?」


俺の質問に対し、バーリが不思議そうに首を捻る。

馬鹿っぽいとは思っていたが、真正だったか。

名前も知らない危険な場所にいるとか、アホの極みだ。


≪ミスター、彼は魔獣とのハーフの様です。魔族領を知らないのは、その辺りが原因なのではないでしょうか。魔族領と言うのは、あくまでも人間側の呼称ですので≫


ハーフ!?

人間って言ってなかったっけ?


≪あの時点では不確定でしたので、ちゃんと【恐らく】と付けましたが?≫


そういや言ってたな。

恐らくって。

でもあの報告だと、普通は人間と思っちまうぞ。


≪そんな事は、私の知った事ではありませんので≫


左様で。


しかし魔獣と人とのハーフか。

バーリを見る限り、どう見ても普通の人間にしか見えない。

アバターを疑う訳ではないが、一応確認してみる。


「バーリは人間と魔獣のハーフなのか?」


「ああ、そうだぞ」


聞いたらあっさりと肯定される。

本人が肯定するのだから、まあ本当なのだろう。


≪私の言葉を疑われたのですか?≫


心外と言わんばかりに、アバターの声のトーンが下がる。


≪私への疑いは、マスターへの疑いと同義。この事は合流出来次第、マスターへと報告させて頂きます≫


すいません!

もう二度と疑いませんから勘弁してください!


俺はその場で土下座する。

バーリが不思議そうに此方を眺めているが、気にしている場合ではない。

それでなくともウロンは難攻不落だと言うのに、これ以上ハードルを上げられてはかなわん。


≪分かればよろしい。次からちゃんと気を付けてください≫


こいつを敵に回すのは不味いな。

ウロンに何を吹き込まれるか分かったものでは無い。


だが逆にアバターを懐柔できれば、これほど頼もしい味方はいないのではないだろうか?


将を射んと欲すれば、先ず馬を射よと言う言葉もある。

俺はウロン攻略の足掛かりとして、まずはアバターの懐柔を心に決める。


≪丸聞こえですよ≫


そうだった。

俺は早々に足掛かりを失ってしまう。

何てこったい!


「さっきからしゃがみ込んだり、首を捻ったりして、一体何をやってるんだ?」


「ああ、いや気にするな。ところで、バーリみたいなハーフはこの辺りに住んでるのか?」


「いや、俺一人だけだぞ。俺が生まれ育ったのはこの先の森だ」


バーリーは東を指さし、立ち上がった。

彼は寂し気な表情でその方向を見つめながら、言葉を続ける。


「最近お袋達が死んで一人になったから、俺は強くなるために森を出たんだ」


「そうか……」


こういう時、なんと言葉をかけて良いのか分からない。

とりあえず神妙な顔つきで「そうか」とだけ言っておく。


「と言う訳で、これからよろしくな!」


「んぁ?」


何がどうなったら、これからよろしくに繋がる?


「強くなる為にはライバルが必要だって、お袋が言ってた。だから今日から俺とお前はライバルだ!」


≪熱い友情の物語ですね。感動しました≫


友情のゆの字もないんだが?

何をどうしたら感動できるんだ?


「宜しくなって言われても、俺は帰る所があるし」


誘拐されて今は魔族領に居るが、早々に人間の世界に帰る予定だ。

こんな所でバーリと遊んでる場合ではない。


「だったら俺もついていくぜ」


「いや、ついてこられても困るんだが」


いきなり他人に喧嘩を売りつけるような奴を、連れて帰るわけには行かない。

トラブルメーカーになるのは目に見えている。


何より……こいつはイケメンだ。


ないとは思う。

ないとは思うが。


ウロンが気に入ったりした日には、発狂する自信がある。


≪それなら問題ありません。マスターはアホの子が基本嫌いですから≫


む、ウロンはアホの子が嫌いなのか。

つまり、知的な俺はウロンにとって好みのタイプって事だな。

何せ俺は知性の塊みたいなもんだし。


≪よくそれだけ自分に都合のいい想像ができますね?≫


恋愛なんてものは、ポジティブにやるもんだ。


後ろ向きな恋に勝利などない!


≪精々頑張ってください≫


おう!おれはやるぜ!

必ずやウロンのハートをこの手にして見せる!


「いきなり腕なんか突き上げて、どうしたんだ?」


「ああ、気にしないでくれ」


「まあいいけど。それで、勇人は何処に帰るんだ?やっぱ強い奴がいる所か?へへ、楽しみだ」


嬉しそうに笑いながら、バーリが手のひらと拳を打ち合わせる。

完全についてくる気満々の様だ。

ウロンの心配は無いにしても、面倒事を起こしそうなので連れて行く気は無いのだが。


≪ミスター、私は彼の帯同をお勧めします。彼が同行すれば、魔族領を抜ける際の安全度が増すかと。それに手懐けられれば、来るべき魔王との戦いで戦力になるかと思われますので……ここは上手く利用するのが得策かと≫


手懐けて利用って、お前……


≪綺麗事を並べていたのでは、魔王は倒せませんよ≫


いやそれはそうかもしれないが……


≪そもそも、本人が強者との戦いを望んでいる様なのですから。その辺りを気にする必要はないかと≫


まあ此方の思惑と相手の思惑が一致しているのならお、互いさまとも言えるか。

けどまあ手懐けて利用なんてのは気に入らないので、直球で聞いてみる。


「バーリ。俺の最終目的は魔王を倒す事だ。それを手伝うってんなら、付いて来ていいぜ」


「なに!?勇人もそうなのか!?俺もだ!」


「え?バーリも魔王討伐が目的なのか?」


「ああ、魔王討伐はお袋の夢だった。だから俺がお袋に変わって魔王を倒す!よろしくな!勇人!」


魔王の首狙ってたとか。

随分とアグレッシブなお母んだ事。


「ああ、よろしく頼む」


≪手駒獲得おめでとうございます≫


その言い方は止めろ。

イメージが悪いわ。


こうして俺の帰還に新たな同行者が加わる事となった。

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