帰還

第10話 テイム

手懐けテイム


スキルや特殊なアイテムを使用し、魔獣を使役する行為。

テイムされた魔獣は額に契約の刻印が浮かび、一目でテイムされている事が分かるようになっている。


―――魔族領―――


「あがあぁぁぁぁっ……っっ……」


目覚めた瞬間全身に激痛が走り、痛みの余り俺は転げまわる。

まるで全身の至る所を、太い針で刺し貫かれた様な痛みだ。


苦痛に噛み締める口の端からは涎が垂れ、涙を流しながら俺は呻き声を漏らす。


「はぁっ……はぁっ……はぁ…はぁー……はぁ」


暫くもがき転げていると、少しづつだが痛みが引いてくる。

何とか落ち着いて来た。


鼻水や涙でべとべとの顔を袖で拭い、俺は愚痴をこぼす。


「何だってんだ……一体何だってんだよ……まったく……ふざけんな」


≪スキル枠拡張による副作用です≫


俺のつぶやきに応えるかの様に、頭の中で涼し気な女性の声が響いた。

これはアバターの声だ。


「副作用?そんなの聞いてねーぞ!!」


≪うっかりしてました≫


「うっかりじゃねーよ!!」


無駄なドジっ子属性持ちやがって。

そういやウロンも手違いで俺を異世界に送ってるわけだから、アバターのうっかりはウロン譲りという事か。


って、あれ?


「アバターって、いつまでいるんだ?」


≪御迷惑ですか?≫


「いや、そういう訳じゃないんだが。普通こういう魔法って、効果を発揮した後って消えるんじゃ?それとも、まだ魔法が発動中なのか?」


口にしてから、まだ魔法が続いているのなら更なる副作用が襲って来るんじゃないかと想像し、全身の毛が逆立つ。

正直、さっきの痛みはズィーに殺された時よりも遥かにきつかった。


≪ご安心ください。転生魔法による蘇生と能力の付与は完了しています。もはやこれ以上の副作用は御座いません≫


「そうか。そりゃよかった……」


アバターの言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。

もしもうワンセットとか言われていたら、本気で泣くわ。


≪ただ少し、魔法に不具合が生じております≫


「不具合?」


≪はい。本来転生魔法は身体の作り替えの後、その新たな肉体を異世界へと転移させる事で完了いたします。しかしミスターの場合は既に転移魔法が発動済みであるため、転移魔法が発動できません。それに伴い、魔法が終了できない状態に陥っています。私が残っているのも、そのせいです≫


「終了できないって……発動しっぱなしって事か?それって大丈夫なのか?」


≪生体活動には何も支障は御座いません。ただ……いえ、何でも御座いません≫


「なんだよ?気になるじゃねーか。言えよ」


≪そんな事より、早くこの場から退避された方がよろしいのではないでしょうか?≫


退避?

ああ、そういや……


アバターに言われて、ここが魔族領だった事を思い出す。

当たりを見渡すと、そこかしこから岩肌の飛び出す荒涼とした大地が視界いっぱいに広がっていた。


此処が魔族領か……

緑の欠片もない不毛の大地に、不安と焦燥が掻き立てられる。


≪ここは魔族領の東の果ての荒野です。ミスターが連れ去られた場所までの距離は、およそ1500キロ程度となります≫


1500って言うと、日本列島の半分ぐらいか。

想像以上に遠くに攫われてきたな。

まあ俺には転移魔法があるから、何も問題はないけど。


そんな呑気な事を考えていると、突然体が前転する。


「何だいきなり!?」


自分が何故いきなり前転したのか理解できず、驚きの声を上げる。


≪オートガードが発動しました。敵襲です≫


は?敵襲?

アバターに言われ、起き上がりながら直ぐ後ろを振り返る。

するとそこには――


一匹の巨大な狼がいた。


「でけぇ……」


その余りの巨体に息をのむ。

目の前の狼は、大型の熊なんかよりも更に1回り以上程に大きかった。


≪ウールと呼ばれる魔獣に該当します。どうやらミスターに気づかれない様、気配を殺して接近してきていた様ですね≫


随分と柔らかそうな名前だ。


その狼は銀色の体毛を風になびかせ、その赤い瞳で俺を睨みつけている。

再度飛び掛かってこないのは、最初の不意打ちを躱された事で警戒しているのかもしれない。


≪提案があります≫


「なに?あいつをやっつける方法か?」


目の前の魔獣を刺激しない様、出来るだけ小声で問いかける。


声に出してから、わざわざ声に出さなくても伝わる事を思い出す。

我ながら間抜け極まりない。

まあ、ウールは反応していないし良しとしよう。


≪もっといい方法です。あの魔獣を支配テイムされる事をお勧めします≫


テイム?何言ってんだこいつは?

俺にそんな能力はねーぞ?


≪お忘れですか?Sランクスキルを習得している事に≫


ああ、変換してテイムしろってか。

ていうかそんな事をするより、転移魔法に変えてさっさと帰った方がよくないか?


≪転移魔法一回では魔族領から抜け出す事は出来ません。飛んだ先で危険と遭遇する可能性もある為、護衛兼足となる魔獣の獲得テイムをお勧めします≫


なんですと!?

安全に帰れるって言ってたじゃねぇか!!


≪比較的に、と。そうお伝えしたはずですが?それより余りのんびりしていますと、攻撃が始まってしまいます。御決断を≫


わかったよ!

で、どうすりゃいいんだ!?


≪Sランクスキル、強欲を支配の実に変えてください。それを口に突っ込めば完了です≫


俺は言われた通り、スキルを変換して支配の実へと変える。

手に現れた実は梨にそっくりだ。


≪では、目を瞑ってください≫


ふぁっ?

何言ってやがる!?

こんな状況でそんなことしたら死んじまうだろうが!


≪オートガードがある為、問題ありません。むしろ見えているとオートガードが発動しませんので、目を瞑ってください≫


回避は出来ても、実は食わせられねぇだろ?


≪問題ありません。私が合図したら実を前方に投げつけてください≫


「そんなんで大丈夫かよ!?」


≪自信があります。信じてください≫


「わかったよ……頼むぜほんと」


少々不安はあるが、アバターの言葉を信じて俺は目を瞑る。


≪能力底上げ用の、ポーション類の変換もお忘れなく≫


幸い、腰の革袋内の物は、ズィーの攻撃では破損していない様だった。

俺は言われた通り、ポーションをスキルへと変換させる。

そして目を瞑った。


「うぉっ!?」


瞼を閉じた瞬間、体が急に横に飛ぶ。

魔獣の攻撃が始まった様だ。


2度、3度、4度と飛び。

次いでしゃがみ込み、更にその体勢から後ろに体が跳ねた。


相手の攻撃をぎりぎりで躱している為か、何かがすぐそばを過ぎる風圧が凄い。

風圧と急激な体の動きで、まるでジェットコースターにでも乗っているような気分だ。


「グルルル」


後ろに大きく飛び退いた所で、突如体の動きが止まった。

正面からは、魔獣の唸り声が聞こえてくる。

どうやら、躱されまくって相当イラついている様だ。


「グオゥ!!」


≪今です!正面に投げてください!≫


大きな雄叫びと同時に、アバターから指示が入った。

俺は言われた通り、手にしている実を全力で正面に投げつける。


投げると同時に体が横に飛び、そのすぐ横でドスンという音が響く。


≪成功しました≫


そう言われ眼を開けると、目の前で魔獣が横倒れになっており、苦しそうに涎を垂らしながらもがいていた。


「ぐぇぁ……ぐぅお……」


≪後は魔獣の額に触れるだけです≫


大丈夫かこれ?

噛まれねーだろうな?


≪問題ありません。余りビビりだと、マスターに嫌われますよ?≫


それは困る。

俺は意を決し、魔獣の額へと触れる。


手が額に触れた瞬間、魔獣の額に光る紋様が浮かび上がった。

それまで苦しんでいた魔獣の呻き声がぴたりと止まり、ゆっくりと起き上がって来る。


「これで……良いのか?」


≪おめでとうございます。魔獣ウール、手懐けテイム完了です≫


「うわっ!」


急にウールのデカい舌で舐められて、顔がべちょべちょになってしまう。

袖で顔を拭い睨みつけると、ウールはその場でしゃがみ鼻先を押し付けてきた。

湿った鼻の感触と、ふごふご吹きだされる生暖かい鼻息のせいで不快極まりない。


≪懐かれていますね。折角なので、名前を付けてあげましょう≫


「名前か……」


ぐりぐり押し付けられる鼻先を両手で押仕返し、考える。

頭の中に浮かぶのは、ポチや太郎といった古臭い名前ばかりだ。


≪びっくりする程、マスターが嫌がりそうな名前ばかりですね≫


「しょうがねぇだろ。そういう名前しか思い浮かばないんだから」


俺にネーミングのセンス等ない。

でも犬なんざ、ポチや太郎で十分だろう?


≪ではウールからとって、ウルなどはどうでしょうか?きっとマスターも気に居ると思いますよ≫


「ああ、もうそれでいいよ。あと気になってたんだけど、強欲ってどんなスキルなんだ」


先程テイムアイテムに変換したスキルの概要が気になり、聞いてみた。

名前からすると、相当強そうに思えるが。


≪強欲は体内に取り込んだ物質を完全に吸収し、更には老廃物までも再利用して、全て余す事無く血肉へと変えるスキルです≫


全て血肉へ変える?

効果がいまいちピンとこない。


≪端的に言うと。糞尿を排泄する必要が無くなります≫


「何それしょぼ!」


本当にSランクスキルかと疑いたくなる程、効果がしょぼい。


≪しょぼいとおっしゃられますが、先程ミスターが激痛でのたうち回っていた際に失禁・脱糞をせずに済んだのはスキルのお陰です。もし習得していなければ、今頃ミスターの下半身はとんでもない事になっていた事でしょう≫


いやまあ、それはたしかに助かったといえるけど。

言えるけども、だ。

不快な思いをしないで済むだけのスキルがSランクってどうよ?


正直、糞尿カットで喜ぶなんて便秘とか頻尿の奴位のもんだろう。


≪排泄はあくまでも分かり易い端的な効果として説明しただけで、他にも効果はあります≫


「どんな効果?」


メインの説明が糞尿カットの時点で、他の効果はあまり期待できない気がしてならない。

が、一応聞いてみる。


≪老廃物が排出される事なく即座にクリーンなエネルギーに変わる為、美肌や増毛の効果が期待出来ます。ニキビや薄毛で悩む方にとっては、喉から手がる程のスキルかと≫


残念ながら、俺にはニキビも無ければ増毛の必要もない。

つまりごみスキルという事だ。


≪それ以外ですと、少量の食事で長期間活動するエネルギーを確保可能になります。それに菌やウィルス、寄生虫などもエネルギーへと変わる為、病気知らずと言った所でしょうか。後、変換スキルを持つミスターにはあまり意味はありませんが、毒物なども同様に吸収して無効化されます≫


さっきまでのしょぼい効果と違って、いきなり内容が有用な物へと変わる。

どう考えても、最後に説明した3つがメインだろ。


≪食事は十分に用意すればいいだけですし、毒物や菌などは魔法で排除できます。それに対して、排泄はこのスキル以外では止める事は出来ません。つまり、唯一無二の効果なのです≫


いや、排泄こそ便所行けばいいだけじゃねぇか。


≪それは盲点でした≫


うん、流石ドジっ子属性。

って、これはドジに入るのだろうか?


まあとにかく……


俺は手に入れた魔獣ウルに跨り、魔族領脱出を目指す事となる。

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