第6話 vsリリー・アッシャー

等価交換


等価交換によって行われる変換は、一般的なセットで行われる。

薬草ならば一束。

剣ならば鞘と合わせて一セット。

フルプレートの鎧ならば、上下セットといった具合に。


ただしZランクだけは同一体積で変換される。


―――ベラドンナ邸・中庭―――


「用意は良いか?」


リリーが鋭い眼光で俺を睨みつける。

そこには殺気が籠っていた。


ひょっとしたら、冗談抜きでこの場で俺を殺すつもりなのかもしれない。

何せ彼女から見れば、俺は大事なお嬢様を騙す詐欺師にしか映っていないのだから。


彼女の持つAクラスの固有ユニークスキル看破ファインダーは、ウロンが言うには相手の能力を見破るスキルらしい。

つまり彼女には、俺のしょぼい能力が丸見えという事だ。


しかも等価交換はFランクとは言え、神から与えられたスキル。

彼女の看破ファインダーをもってしても、見抜けない様になっている。


つまり彼女には、俺が何のスキルも持ち合わせていない平凡な一市民にしか映っていないと言う訳だ。

そりゃ、詐欺師と思われても仕方ない。


「ついに始まりますね!スキルをアイテムに変えられる際の、彼女の顔が見ものです。うぷぷぷ」


びっくりする程満面の笑みで、ウロンが嬉しそうに笑う。

本当に性格の悪い奴だ。

でもそんな邪悪な笑みすら、可愛いく見えるから困る。


ほんと、美人って得だなぁ。


「ああ、構わないぜ」


返事と同時に等価交換を発動させる。

腰の革袋にパンパンに詰め込んであるマジックポーション――Dランク(6万ゴールド)――10本をスキルへと変換し、俺自身に付加。

付加するスキルは身体強化――Dランク――10セットだ。


スキルをアイテムに変えられるなら、その逆もできるはず。

その考えは大当たりビンゴだった。

しかも通常では同じスキルを重複して習得するなど不可能だが、等価交換による付加にその制限は無かった。

その気になれば、発動系のスキルを同時に発動させる事すらも可能だ。


俺が自身に付加した身体強化の効果は、能力20%増し。

本来ならそこまで出鱈目に強いスキルではない。

だがそれを10個身に着ける事で、その効果は+200%――つまり俺の身体能力は3倍にまで跳ね上がる事になる。


「なっ!?貴様!!どんな手品を使った?」


リリーの表情が驚愕に歪み、驚く。

看破ファインダーで俺の変化に気づいたのだろう。

だが、驚くにはまだ早い。


俺は彼女へと突っ込み、そして彼女の装備を。

そしてスキルを全てアイテムへと変える。


「貰ったぁ!!」


俺の拳は真っすぐに彼女の顔面を捉える。

女性の顔を殴るのは如何な物かと思いはしたが、100億の為だ。

この際仕方ない。


そして加速と体重を乗せた俺の拳は、彼女の顔面を弾きとば――――せない!?

まるで分厚いタイヤでも殴ったかの様な手ごたえと、衝撃が腕に走る。


リリーは拳をもろに受けたにもかかわらず、そのまま微動だにせず此方を睨みつけた。


「成程。不思議な力だ。だが……」


腹部に鈍器を叩きつけられたかの様な衝撃が走り、俺は吹き飛ぶ。

腹部の強烈な痛みに息ができず、苦しみから胃の中の物をぶちまけてしまう。


「ぐぅぅぅ……ぐぇぁ……」


「基本の能力が余りにも貧弱すぎる。どのような小細工を練ろうと、お前程度では私には勝てん!」


余りの苦しさから涙が零れ、視界がぼやける。

彼女の言う通り、地力が違いすぎた。

悔しいがここ迄だ。


「なーにやってんですか!女の子に軽く一発程度いれられた程度で、ぽんぽん押さえておねんねとか!情けないにも程があります!さあ!立ち上がってぼっこぼこにするんです!」


「うご……けねぇ……」


ウロンは簡単に言うが、腹の痛みは半端ない。

とてもではないが、起き上がるのは無理だ。


「はぁ、情けないですねぇ。痛いんなら回復役を使えばいいじゃないですか!」


確かにマジックポーションは、予備でもう数本用意してある。

それを回復魔法に変えて使えば、立ち上がる事位は出来るだろう。

だが立ち上がった所で……


「もぅ!私に惚れてるんでしょ!?だったら惚れた女の前で位、少しは格好つけ様と足掻きなさい!私は根性無しがこの世で一番大っ嫌いなんですよ!もし勝てたらほっぺにチューぐらいしてあげますから!頑張りなさい!」


ほっぺにチューか。

そいつは豪勢だ。


そんな報酬を出されたら、諦める訳にはいかねーよな。


俺は予備のポーションを、素早く回復魔法に変換した。

瓶が光の粒子へと変わり、俺の腹部を包み込み傷を癒してくれる。


「ほう、立ち上がるか。実力差を考えれば無意味な行動だが。まだ何か逆転の手があるとでもいうのか?」


勝ち筋はほぼない。

唯一あるとすれば……


リリーの足元に転がるBランクの宝石3つに、Aランクの宝石3つ。

彼女の装備とスキルを変換したこの6つを回収し、今のⅮランクスキルと交換する事位だ。


しかしアイテムは6つとも、彼女の足元に転がっている。

流石にあれを無条件で回収させてくれるとは到底思えない。


何か使える物は無いかと、等価交換を発動させながら辺りを見回す。

その際にある事に気づく。


ん?

あれ?空気?

それに地面――正確には土――にも……


ランクがある!?


今までは対象を指定してスキルを発動していた為気づかなかったが、どうやら空気や土といった物も変換対象に出来るようだ。


って事は……


「どうした?来ないのか」


「今行くぜ!」


俺は再び彼女へと突っ込む。

そしてお互いの拳が届くか届かないかの位置で息を大きく吸い込み、俺は空気を水へと変換した。


理想で言うなら、リリーの周りの空気だけを変換するのが理想だった。

だがZランクはS-Fランクと違い、一塊で変換される。

その為、連結されている様な空気や土は、スキルの届く範囲まで一気に変換されてしまう。


「ぐぼぁ!」


辺りが突如水中へと変化したため、リリーが肺の中の空気と共に鈍い声を吐き出す。


辺りを包んだ水は、直ぐに重力に押し潰され拡散する。

その為相手の呼吸を止めれたのは一瞬だけだ。

だが、それでも十分だった。

リリーが胸を押さえ――急に空気が水に変わったため、彼女は水を一気に吸い込んでしまっている――肺の中に入り込んだ水を吐き出している隙に、俺はアイテムを回収してスキルへと変換する。


有効そうなスキルの知識は、ある程度ウロンから一夜漬けで教えて貰っていた。


俺が所有できるスキルの上限は11個であるため、6つをマジックポーションに戻す。

そしてB3つを身体超強化に変え、A3つはオメガパワー――瞬間的に身体能力を超強化するスキル――へと変えて発動させた。


スキルを発動させた瞬間、頭に血が上る。

体が熱い!


「いくぜぇ!!」


俺はリリーに蹴りを放つ。

だが彼女は咳き込みながらも、咄嗟に体を捻ってそれを躱す。


だが逃がさない!


無茶な回避で体制を崩したリリーに、フックを叩きこむ。

彼女は両手を上げてガードするが、それを無視して俺は拳を連続でたたき込んだ。


その勢いに、リリーの両腕のガードが少し崩れた。

その隙を見逃さず、俺は全力のアッパーで彼女を吹き飛ばす。


「ぐ……ぅ……」


リリーは盛大に吹き飛び、地面へと倒れ込む。

俺はそんな彼女へと、容赦なく追い打ちを仕掛けた。

倒れている彼女の腹を全力で何度も蹴り、更には彼女の髪を掴んで引き起こし、その顔に回し蹴りを決める。


「そこまでですわ!!この勝負、勇人の勝ちです!」


リリーが豪快に吹っ飛んだ所でアーリィが裁定ジャッジを下し……


その声で我に返っった俺は動きを止めた。


「リリー!」


アーリィが慌ててリリーへと駆け寄る。

アーリィに抱き抱えられ、ピクリとも動かないリリーを見て少し……というか完全にやりすぎたと後悔する。


「うわー、引きますわー」


ウロンが汚いものを見るかの様な目で俺を見てくる。


「女の子相手にあそこまでするとか、ドン引きですわー」


「ウロンが勝てって言ったんじゃねぇか!?」


「勝てとは言いましたが、あそこ迄ボコボコにするとか流石にドン引きですよ」


返す言葉もない。

言い訳させてもらうなら、恐らくはオメガパワーのせいだ。


あのスキルを発動させた瞬間、頭に血が上って興奮したのを確かに感じた。

そのせいで歯止めが利かなくなっていたのだ。


だがそんなものは、本当に只の言い訳でしかない。

スキルを選んで使ったのは、他でもない俺自身なのだから。

知らなかったでは通らない。


「ま、まあでも死んでないですから!そんなに気にしなくても良いと思いますよ!」


思った以上に落ち込んだ俺の顔を見てか、ウロンが慰めるように言葉をかけてくれる。

案外いい所もあるもんだ。

流石俺の惚れた女だ。


「ありがとう。ウロン」


「えっ!あっ、いや私はただ……はっ!?そうだ!」


「ん?」


「これはチャンスです!傷ついたボロボロの彼女を、勇人さんが回復してあげるんですよ!さっき手に入れたAランクスキルを使って!!そうすりゃ彼女もイチコロですよ!」


怪我の原因が俺の時点で、絶対イチコロにはならないと思うんだが?

只の照れ隠し何だろうが、まあ発想は悪くない。


現在アーリィがリリーに回復魔法をかけてはいるが、彼女は回復魔法が余り得意ではないらしく、回復速度はあまり芳しくはなさそうだった。

だから、俺の等価交換で回復してやるのは悪くない案だ。


俺はリリーを介抱しているアーリィに近づき、オメガパワーを回復魔法に変え、リリーに掛ける。


「凄いですわ!リリーの怪我が見る見る消えてなくなっていきますわ!」


流石Aランクの回復魔法3連打。

抜群の効果だ。


「すまんな、勇人。助かった」


意識を取り戻したリリーが俺に礼を言う。


「いや、俺が怪我させたわけだし……」


「何を言う。これはお互いの実力を試すための勝負だ。手加減されては意味が無いだろう?」


綺麗だ……

顔はまだ少し腫れていたが、屈託なく爽やかに笑う彼女を見て純粋にそう思った。


「これからよろしく頼む。勇人」


リリーが俺に左手を伸ばす。


「ああ、よろしく頼む」


彼女から差し伸べられた手を握り返し、俺は答えた。


何と言うか、強敵との戦いを経た清々しい青春物の様な――


「やりましたね!これでもう童貞は卒業したも同然ですよ!!おめでとうございます!!」


うん、雰囲気がぶち壊しだ。


俺の惚れた女は、本当に空気を読まない。

だがそんな所すら可愛いく感じるから困る。

痘痕もえくぼとは、正にこういう事を言うんだろうな。


とにかく、俺の騎士としての生活が此処から始まる。

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