第4話 契約金100億

―――ベラドンナ邸―――


「これは謝礼が期待できまそうでよ!狙い通りですね!」


ソファーに座る俺の目の前でウロンが激しく手を振りながら、浮き沈みする。


アーリィはどうやら貴族のお嬢様だったらしく。

その住居の凄まじい豪邸っぷりから、大金が転がり込んでくると踏んでウロンのテンションが爆上げ中である。


「別に狙ってねーよ。人聞きの悪い事言うな」


俺は直ぐ傍に控えているメイドさん達には聞こえない様に、小声でウロンと会話する。


「またまたあ~。大金目当てでもなければ、悲鳴のする方に一々駆け付けたりしないでしょー」


どうやらこの天使の辞書には、人助けの文字は載っていないらしい。


とんでもない天使だ。

だが許す。

何故なら可愛いから!


ウロンと小声でぼそぼそとやり取りしていると、コンコンとノックの音が響き応接室の大きな扉が静かに開かれ、3人の人物が姿を現す。


一人はアーリィ。

どうやらピンクのワンピースから着替えたようで、今は青いカクテルドレスを着用していた。

滅茶苦茶かわいい。


もう一人は60代位に見える、白髪初老の男性。

しゅっとしたスタイルに、黒の燕尾服がとても似合っていた。

こういうのを、ロマンスグレーというのだろう。


そして最後に禿げデブ親父。

ちょび髭を生やし、高級そうなスーツを身に纏っているが、全然似合ってない。

将来こんな親父だけにはなりたくない、日本代表的なビジュアルだ。


「お待たせしました。私はこの家の主ハーゲン・ベラドンナと申します。娘が大変御世話になった様で、なんとお礼を言ってよいやら」


禿げデブがのしのしと此方へと近づき、挨拶してくる。

どうやら彼がアーリィの父親の様だ。


お父さんに似なくて本当に良かったねと、心の中でアーリィに言葉を送る。


「うわー。何ですかこの無様な生き物は?ひょっとして、これが魔王かもしれませんよ勇人さん!今がチャンスです!さあやっちゃってください!」


魔王なわけないだろ、無茶苦茶言うな。

相手に聞こえていないのを良い事に、ウロンは言いたい放題だ。


「どうかなされましたかな?」


ハゲは俺の向かい側のソファーに座りながら、怪訝そうにそう聞いてくる。

その余りの重量感に、ソファーから悲鳴が今にも聞こえてきそうだ。


「あ、いえ。あんまり凄いお宅だったんで、緊張しちゃって」


ウロンとのやり取りで渋い顔をしていた事を、俺は慌てて誤魔化す。

まあ凄い豪邸で緊張しているというのも、あながち嘘ではないが。


「はっはっは、そうですかな?こう見えても、我が家の別宅の中では手狭な物に分類されるんですがな」


「はぁ」


それ以外返事をしようがない。

正直、金持ちの自慢話に興味などないからだ。


「それと言うのもですな。ここは45番目の家で、公務の際に少し滞在するだけでして――」


「お父様。そんな自慢話の様な事を聞かされても、勇人が困るだけですわ」


様ではなく、間違いなく自慢話だ。

そして間違いなく俺は困っている。


「ははは、それもそうだな。これは失敬失敬」


アーリィに窘められ、ハゲがぺしぺしと掌でおでこを叩く。

どうやら、自分のヴィジュアルの特性をきちんと理解している様だ。


隠そうと見苦しい真似をしないあたり、ある意味高感度爆上がりである。


「気を付けてください、勇人さん!ドラミングによる威嚇ですよ!あれは!」


んなわけねぇ。

耳元で喚かれるとうるさくて敵わんから、ウロンには暫く黙っててくれと切に願う。


因みに、ドラミングってのはゴリラとかが胸を叩いて敵を威嚇する行為の事を指す。


「しかし、勇人さんはかなりの腕の持ち主の様ですな。自慢じゃありませんが、我が娘は魔術師としてはかなりの腕前です。その娘を追い詰めた暗殺者をいとも簡単に倒されるとは」


ハゲの言う通り、アーリィは魔術師だった。

この家にも、彼女の飛行魔法で連れてきて貰っていたりする。


空を飛ぶのは初体験だったが、なかなか楽しい物だった。


「いえ、それほどでは……」


「はっはっは、御謙遜を。それにしても、娘にも困ったものです。あれ程一人で出歩くなと、口を酸っぱくしているというのに」


彼女が外で襲われたていたのは、家から飛行魔法で勝手に飛び出し散策しているところを、暗殺者に襲われたからだ。

あの時聞いた悲鳴は、彼女が暗殺者の攻撃で地面に落とされた時の物だった。


「お父様。その話はもういいでしょう。こうして怪我もなく無事に戻れたのですし。それに、勇人という素晴らしい騎士を得られたのですから」


得られる?何の話だ?

言っている意味が理解できず、俺は首をかしげる。


「こらこら。まだ彼にはその話をしてはおらんのだぞ?返事も貰っておらんのに、勝手に進めてはいかん。まったくお前は……」


「彼は紳士ですもの。きっと引き受けてくれますわ」


残念ながら、俺に紳士要素などない。

それともこの世界では、初対面の女性を抱きしめてしまう変態の事を紳士と呼ぶのだろうか?


まあだが話は読めて来た。


「ひょっとして、俺を雇いたいって事ですか?」


「ええ、もしよければですが。娘の護衛として、働いていただけないものかと」


「いや、申し訳ないんですけど。俺には目標があって、騎士として仕えると言う訳には……」


俺には魔王討伐だつどうていという目標がある。

だから、この世界で就職して長々と働くつもりはないのだ。


そもそも、俺は騎士じゃないから戦闘も別に得意じゃないし。

彼女の護衛にはもっと相応しい人物がなるべきだろう。


「2年。いえ、1年で構いまわないのです、どうか娘に随伴していただけないでしょうか?じき、この子は成人の儀を迎えなければなりません。どうかその間だけでも、お願いしたいのです。勿論報酬は弾みますので」


ハゲは先程までの軽い雰囲気とは違い、その頭を深く下げる。


「ほほほほほほほう!!報酬は弾むときましたか!!!いいでしょう!!お受けします!!」


勝手に返事するな。

まあウロンの声は聞こえてないからいいけど。


「勇人さん!これはチャンスですよ!護衛の報酬を受け取りつつ、金持ちの令嬢をこますチャンスです!名付けて打ち出の小槌プロジェクト始動です!!」


始動しねぇよ。

なんで惚れてる女の前で、別の女口説かにゃならんのだ?


仮にやったとして、絶対上手くいかない自信が俺にはある。

何故なら俺はモブ顔だからだ。


「報酬は言い値でも結構ですので!どうかお願いします!!」


どうやらウロンとのやり取りで渋い顔をしていたのを、迷いと受け取ったらしく。

最後の一押しと言わんばかりに、ハゲは言い値を払うと言って来た。


「勇人さん!100億です!100億って言ってみましょう!!」


こいつはあほか?


その金額の提示は、私は馬鹿ですと宣言するような物だ。

とは言え断ること前提である。

まあ諦めさせるためにも、無茶苦茶な値段を言うのも悪くは無いだろう。


そう思い、俺はウロンの提言通り100億を口にする。


「100億頂けるんなら、引き受けましょう」


「わかりました!用意いたしましょう!」


「…………へ?…………」


「良かったな、アーリィ。たった100臆で引き受けてくれるらしいぞ」


「ふふふ、勇人さんは紳士ですから」


え!?今たったって言った?

え?幻聴だよね?

100億なんて、無茶な金額通るわけないよね?


「これは失敗しましたね。こんな事なら、1000億って言っておけば良かったです」


ウロンが悔しそうに指をかむ。

そんな彼女の悔しそうな様から、俺はこのやり取りが幻聴でないと認識させられる。


どうやら俺は舐めていたようだ。

真の金持ちという物を。


――こうして俺の騎士生活が始まった。

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