第09章『このままじゃわたしはガチ惚れしてしまう』
第25話
十一月二十七日、日曜日。
休日の午後九時過ぎ、わたしは実家の自室でマスクを着けて、動画配信をしていた。
正直、配信なんて出来るメンタルやテンションじゃない。誰でもいいから、話し相手が欲しかっただけ。
「みうみうはね……嘘だけはよくないと思うの」
今は普通にヘラってるから、演技をすることなく陰鬱気味に喋れた。
『みうみう今日もかわいいね』
『肌荒れてる? どしたん?』
『お前の存在自体が嘘の塊みたいなもんやろw』
はぁ……。こいつら、人の話を聞く気が一ミリも無いな。
気分は全然晴れないから、キリのいいところで配信を終えた。
ベッドで仰向けになった。
「どうしよう……」
昨日、キレた勢いで沙緒里さんの部屋を飛び出してきた。後悔が無い……わけじゃない。
沙緒里さんが何か言おうとしてたのに、ろくに話を聞かなかったわたしも確かに悪いと思う。
でも、あんなバレバレの
ここ最近は、明らかに様子が変だった。悩みがあるなら遠慮しないで話してくださいって、わたし言いましたよね? それなのに隠そうとするなんて、わたしそんなに信用無いですか?
こんなの、キレて当然じゃん! と……勢いで持っていきたい。
沙緒里さんが何を言おうとしてたのかわからないのが、地味に怖い。悪いように考えると、マジで別れ話をしようとしていた?
わたし、何かしたっけ? しょうもないことで拗ねたり、酔い潰して縛ったり、嫌がってるのに温泉に連れていったり……。あれ? 意外と心当たりがあるような……。
いやいや、それでも嘘をつく方が悪いでしょ!
わたしが悪くないって、誰か言ってくれないかなぁ。まあ、結局は自分を正当化したいだけなんだよね……。
後悔、怒り、不安。いろんな感情が混じって、ただただ辛かった。
スマホでSNSのアプリを開いた。ちょっとでもラクになりたいから、このモヤモヤを呟こうと入力画面を開いたけど……何も浮かばなかった。
その代わり、自分のアカウントのフォロワー一覧を見てみた。一万人の中、まだ新しい位置に『ami』というアカウントがあった。アミちゃんの可愛い写真がアイコンになってる。
初めて覗いてみたけど、一言も呟いていない。実に、あの人らしいや。
ただ、誰かの呟きにイイネはしていた。どれどれ……わたし以外の誰がイイのかな。
え? 勅使川原アルテミス伊鶴? 誰それ? うわー、見るからにヤバそうな奴じゃん。なんかカルトじみている。わたしは絶対に関わりたくないけど、沙緒里さんは何か惹かれるものがあるんだろうなぁ。ていうか、メンヘラとの親和性が高そう。
そうだ……沙緒里さんはガチのメンヘラだった。
それを言い訳に、どんな言動が許されるわけじゃない。でも、付き合ってる以上は、そういう人種なのだと割り切らないといけない。ようやく、ちょっとずつわかってきたのに……。
あれ? ていうか、沙緒里さんとわたし、付き合ってるんだっけ?
なんか違和感を覚えた、その時――部屋の扉が勢いよく開いた。
「美香ねえ! まだ居たんだ!」
妹の美結が部屋に入ってきた。この子は一生、扉をノック習慣がつかないと思う。
日曜日だから、私服姿だった。こんな時間まで遊びに行ってたのか、予備校だったのか、知らないけど。
昨日、わたしが帰ってからタイミングよくすれ違ってたのに……やれやれ、うるさくなった。
「今日はもう、あっちに帰らないの?」
「うん。明日はここから出勤」
「それじゃあ、一緒に寝ようよ!」
は? どうしてそうなるの?
そっか……。この子は、わたしが一時的に実家に帰ってきたと思ってるんだ。
一応は、ケンカになるのかな? 沙緒里さんと拗れて部屋を出てきたことなんて、家族に言えるわけがなかった。
とはいっても、沙緒里さんと仲直りする先行きが全然見えない。時間が解決するものじゃなく、このままだと『終わり』になるのはわかっている。
「わたし、しばらくここに居るけど……そっとしておいて」
わたしはベッドから身体を起こして、確定している事実のみを口にした。
「え!? ウチに帰ってくるの!?」
「いや……。そうじゃないんだけど……」
「ていうか、あの人と、どうなったの? 何かあった?」
まあ、それを疑うのは当然か……。
身内として心配されてたなら、正直に話して相談に乗って貰ってたかもしれない。でも、美結はキラキラと目を輝かせていた。わたしの様子から簡単に推察できる『答え』を期待しているようだった。
やっぱり、沙緒里さんと何があったのか、とても話せない。
「もしかして……別れた?」
わたしが黙ってるから『答え』を確かめてきた。
「ち、違う!」
まだ別れたわけじゃない……と思う。少なくとも、わたしはそのつもり。
「沙緒里さん、しばらく出張で居ないから……」
だから、美結に嘘をついて誤魔化した。
しばらくここに居るって言ったけど、今のところ一週間か二週間ぐらいを考えてる。海外ならまだしも、国内営業課の課長がそれだけの期間を出張で離れるのは、考えられにくい。冷静に捉えれば怪しむ、あるいは嘘だとわかるはずだ。でも、美結はまだお子様だから、通じるだろう。
「ふーん……。あれー? それ、なに?」
釈然としない美結が何かに気づいたようで、床を指さした。
散らかった部屋の中、床に置いたリュックの上に、昨日貰った不動産資料のファイルが載っていた。リュックから他の荷物を取った時、一緒に出してそれっきりにしたんだろう。
ああ、やってしまった……。
「美香ねえ、まさかひとり暮らし始めるの? 同棲は?」
「違うの! 沙緒里さんとは、ちょっと距離置いて……大人な恋愛を続けるだけだから……」
美結から疑われて、咄嗟に出たのが昨日の沙緒里さんの言い訳だった。
自分でも最早、何を言ってるのかワケがわからない。沙緒里さんの嘘が下手すぎると、改めて思った。
「あの女、ひどい奴だね。あたしが美香ねえの代わりに、文句のひとつでも言ってくるよ」
「やめて!」
やっぱり、美結ですら信じないじゃん。
怒ってる台詞の割に、美結の表情は嘲笑っていた。わたしにじゃない。たぶん、沙緒里さんに対してだろう。わたしを奪い返したと思ってるんだ。
「沙緒里さんを悪く言わないで! 今すぐ出ていって!」
「……美香ねえは、あの女のこと本当に好きなの? 都合よく使われて、捨てられたんじゃないの?」
それは違う。容姿と身分とスペックで、都合よく手玉に取ろうとしていたのは、わたしの方だ。
最初は、そんなヨコシマな意図で付け入った。沙緒里さんを、わたしのアクセサリーにする……はずだった。
ちゃんとした恋愛感情なんて無かった。もしも何かあれば、わたしが『捨てる側』だと思ってた。
そうだ……。このタイミングは本来なら『あんな人、わたしには釣り合わなかったから捨てた』とイキる場面だ。自分を正当化して、自分の価値を上げれば、
でも、どうしてだろう。あの人に対して、そんなひどい真似は出来なかった。
「沙緒里さんとまた一緒に暮らすから、放っておいて」
昨日、あの部屋から出ていって、沙緒里さんにキレたり自分の言動を反省したりウダウダしていた。頭がいっぱいいっぱいで混乱してたけど、これだけははっきり言える。
このまま、終わらせたくない。沙緒里さんと別れたくない。また、沙緒里さんと同棲生活を送りたい。
「美香ねえが傷つくのは、見たくないよ……」
美結はもの悲しげな目をわたしに向けた。
確かに、わたしもちょっとは傷ついたかもしれない。でも、ここ最近の様子から――沙緒里さんはひとりで何かを抱えて、傷ついて、苦しんでるに違いない。わかってあげられなかったわたしはバカだ。
もう、沙緒里さんのそんな姿を見たくない! 助けたい!
「わたしは大丈夫だから……」
美結を睨みつけ、部屋から追い出した。
ようやく考えがまとまって、決意したけど……具体的な手段は思い浮かばない。
というか、明日は月曜日じゃん。また一週間が始まるじゃん。
明日の朝、会社に行ったら、沙緒里さんと顔を合わせることになる。嬉しくもあり……わからない点もあるから、たぶん気まずくもある。どんな顔して会えばいいんだろう……。
一番の疑問点は、どうしていきなり部屋から追い出そうとしたの?
交際を続けたいけど距離を置きたいって、どういうこと? そもそも本心なの?
本心だとして、そうなった理由は?
いろいろ考えるけど、まるでわからない。このへんは、やっぱり本人に直接訊くしかないのかなぁ。
考えるうちに、なんだか心細くなってきた。ただ、ひとつ――交際を続けたいという沙緒里さんの言葉だけは、信じていたかった。
もし嘘なら、前提が覆って何もかもが終わってしまう。それだけは、絶対に嫌だ!
わたしは靴下を脱いで、紫色のネイルを眺めた。
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