第20話

 取引先訪問は、無事に終わった。

 わたしはそんなに気にしてなかったけど、沙緒里さんが言うには昔に比べてウチへの発注にムラがあるらしい。それを言い訳のひとつとして、これまでの欠品をふたりで謝罪した。

 欠品に関して、先方から責められなかった。それどころか、事情を聞かされた。

 なんでも、先方の下半期開始になる十月に、大きな人事異動があったらしい。配置転換にまだ慣れないから、製造現場がグダってる。それが発注に響いてるとのこと。


「それって、わたし被害しゃ――むがっ」

「なるほど。事情はわかりました。話を聞く限り、計画の変更が頻発してそうですので、そうですね……月初だけではなく、変更した計画を週ごとに小林まで送って頂けないでしょうか? 弊社としても、なるべく対応致しますので」


 わたしの口を沙緒里さんが遮って、そう話をまとめた。

 まあ、九対一ぐらいで向こうが圧倒的に悪いと思う。でも、わたしはそんなに小さな器じゃないから、今後のビジネスのために目を瞑ろう。

 終わってみれば、実にくだらない事情をヒアリングしただけだった。沙緒里さんはライバル社の欠品状況を探っていたけど、わたしにはよくわからない。何にせよ、遠路はるばる来たのがバカみたいだった。

 とはいっても、このへんの話は電話やメールじゃ出にくいと思うから、一応実りはあったのかなぁ。


「来週からは頼むよ? 貰った計画と実際の注文に乖離があったら、私に言ってくれ」


 取引先から出ると、沙緒里さんから実に課長らしい台詞を吐かれた。

 そうだった。私の尻拭いという体で、同行してるんだった。

 朝はバディって思ってたけど、ひと仕事終えてみると、やっぱり部下と上司だった。わたしもスーツ姿だけど、近いようで全然遠い――それだけ、カッコよかった。


「あれ? 夏目係長通さなくてもいいんですか?」

「別にいいよ。私が絡んだから、私までダイレクトで。何かあったら、私がフォローする」

「ありがとうございます!」


 うわー、超優しい! 流石は沙緒里さん! ていうか、これもう、付き合ってるの社内で公表するようなもんじゃん!

 確かに、係長の件であれだけ拗ねたのは、自分でもどうかと思うけど……。沙緒里さんがちゃんとわたしを見てくれて、素直に嬉しかった。

 なんとなく歩いて、駅前までやって来た。


「とりあえず、会社に報告しようか」

「わかりました。カフェ……あるにはありますけど」


 一応は駅前だから、無いわけじゃない。ただし、個人経営の――カフェというより喫茶店だ。なんか、田舎特有の古臭さと中が見えないこともあって、凄く入りにくい。


「うーん……。賑やかだけど、あそこにしよう。WiFiもあるし」


 沙緒里さんは、全世界チェーン店のハンバーガーショップを指さした。まあ、あの喫茶店より全然マシだ。

 ふたりで入ると、午後三時過ぎという時間帯のせいか、学生だらけだった。このへんのJK達は芋臭くて地味だし、スカート丈長いし……わたしのこの前のコスプレの方が余裕で勝ってるよ?

 ホットコーヒーふたつと――わたしはチョコパイも注文した。トレイを受け取ると、JK達から離れるように窓辺のカウンター席に並んで座った。


「それにしても、今日が金曜日でよかったですね」


 一応は日帰り出来なくもないと改めて思うけど、やっぱり疲れる。仕事鞄以外の荷物はコインロッカーに預けているし、旅館の予約はしているし……用件が片付いた今、これからロスタイムみたいなもんでしょ。今週のお仕事、実質おしまい!


「のんびりするのは、今回だけな。来月は日帰りで頼むよ」

「はい? 来月?」


 え? どういうこと?

 甘いものを食べてひと休みしていたわたしは、ノートパソコンを広げている沙緒里さんに訊ねた。


「来月、年末の挨拶訪問あるだろ? それぐらいはひとりで行ってきてくれ」


 ああ……そんなイベントがあるとかないとか、誰かが言ってたような気がする。完全に忘れてた。いや、それよりも――


「今日それも一緒でよかったじゃないですか!? わたし今から、来年もよろしくって挨拶してきますよ!」


 十一月の中旬なんて、実質年末みたいなもんじゃん。何が楽しくて、二ヶ月連続でこんな田舎まで行かないといけないわけ?


「キミの言いたいことはわかるが……これがビジネスなんだ」


 沙緒里さんは苦笑すると、コーヒーを飲んだ。

 この人、それをわかっていて、こんな微妙な時期に出張に連れてきたような気がする……。


「うー」


 いや、疑うのはやめておこう。納得できないけど……それがビジネスだというのなら仕方ない……のかな?

 って、割り切れるわけないじゃん! あー、もう! わたしは可愛そうな自分を慰めるために、チョコパイをやけ食いした。

 ていうか、挨拶なんてビデオ会議でよくない? ……ダメなんだろうなぁ。何にでもハンコ押す文化といい、そういうの超煩わしいんですけど。


 それからわたしもノートパソコンを広げて、取引先訪問の報告書を作成した。課長と一緒だったから意味が無いような気がするけど、記録として残しておかないといけないらしい。

 沙緒里さんはメールを確認しつつ、何度か席を立って店の外で電話をした。この人にとっては全然ロスタイムじゃないようだ。


「これでいいですか?」


 書いたものを沙緒里さんに送った。

 確認して貰っている間、店内を見渡した。ハンバーガーショップで美人のバリキャリふたりが仕事してるというのに、誰からも見向かれなかった。田舎の人達に、わたし達の価値がわからないらしい。イキる意味無いじゃん。


「うん、オッケー。これと一緒に、部長に報告しておくね」


 そうか。わたしは課長止まりだけど、沙緒里さんは部長に報告する必要あるんだ。

 しばらくして、それも片付いた。結局、一時間ぐらい居たのかな。ノートパソコンを片付けると、店を出てコインロッカーから荷物を取った。


「それじゃあ、旅館に行きましょうか。予約してあるんで」

「え? 旅館? ビジホじゃないのか? 串カツとタコ焼きは?」


 ……沙緒里さん、何も覚えてないんですね。ていうか、繁華街の方に行って飲む気満々じゃないですか。


「新幹線で、沙緒里さんの許可はちゃーんと取りました。……超投げやりな返事でしたけど」


 わたしは朝のことを思い出しながら、半眼を向けた。

 記憶が無いにしても、わたしの様子に信憑性があるんだろう。沙緒里さんは否定することなく、気まずそうな表情だった。


「わー。楽しみだなー」


 そして、棒読みで歓喜の声を上げた。

 いったい、何が不満なんだろう。旅館とビジホの二択なら、誰に訊いても前者を選ぶのに……。


「まあ、いいです。とりあえず、行きましょう」


 わたしはネット検索と乗り換えアプリでルートを確認して、電車に乗った。新幹線で下りた駅とは逆側――さらに田舎方向に向かった。


「なあ……旅館っていうことは、温泉あるのか?」


 人気の少ない電車に揺られていると、ふと沙緒里さんが訊ねてきた。

 そんなに不安がっちゃって……わたしが無い所を選んだと思ってます?


「そりゃ……温泉が目玉じゃないですか。天然温泉らしいですよ? ゆっくり浸かって、疲れを取りましょう」

「そ、そうか。そうだよな……」


 沙緒里さんはぎこちなく苦笑した。

 んん? なんだか、様子が変だ。あることが前提の、有無の確認――とは違うように感じた。旅館に行くことを告げた時は、嫌そうだったし……。

 あれ? ああ、そうだった……。会社の懇親会でバーベキューに行った時のことを思い出した。あそこにも近くに温泉があって、行こうと提案したんだ。でも――

 

「そういえば、沙緒里さん温泉が苦手だって言ってましたね」

「そうだよ! それなのに、どうして旅館なんか予約したとったんだ!?」


 いやー。普通に忘れてました。

 けどまあ、既に予約してるし、電車で向かってるし……もう今さら退けません。大体、適当に返事をした沙緒里さんが悪いんです! わたしに落ち度はありません!


「えっと……。恥ずかしいから苦手なんでしたっけ?」


 確か、そんなことを言ってた気がする。横目で沙緒里さんを見ると、無言でこくりと頷いた。


「田舎のこじんまりした旅館……挙げ句に平日なんですから、わたし達以外にお客さんいませんよ……たぶん」


 うろ覚えだけど、部屋は六室しかなかったような……。それぐらい小さな施設だ。もし他に客がいたとしても、お風呂でエンカウントする確率は極めて低いでしょ。確証は無いけどね!


「いや、そうじゃなくて……。キミと一緒に入るのも、恥ずかしい……」

「は?」


 もじもじしながら、今さら何言ってるの、この人。


「恥ずかしいも何も――散々ヤッてますよね? 沙緒里さんの背中のホクロの位置、知ってますよ?」

「バカ! 公然で何言ってるんだ!?」


 電車内に客がほとんどいないし、席離れて周りに誰もいないし、別にこの手の会話はいいと思うけど……。

 それよりも、沙緒里さんの言い分が全然解せない。エッチの時に、灯り消してみたいな可愛いことを言われたこともない。 沙緒里さんの全裸姿は目に焼き付いてる。

 でも、一緒にお風呂に入ったことは、これまで一度も無かった。狭いから仕方ないと思ってたけど、理由は別なのかな。


「キミにはわからないだろうが……それとこれとは別なんだよ」


 はい。一ミリもわかんないです。

 うーん……。いったい、何が線引なんだろ。頭を働かせても、やっぱり意味不明だった。

 ただ、やっぱり面倒くさい人だと思った。メンヘラだからかなぁ……。その感性を、一生理解できないような気がする。


「まあ、いい。部屋にユニットバスでも無かったら、終了時間ギリギリに私ひとりで入る」

「いやいやいや。一緒に入りましょうよ」


 別々に入るなら、ここまで来た意味が無いじゃん。それこそ、ビジホでよかった。

 ていうか、これが出張じゃなくて、初めてのお泊りデートだって理解してます?


「ハロウィンの時と同じで、何事も経験ですよ。温泉は絶対に気持ちいいですから……。一緒に入りましょう」


 わたしはテーマパークの名前を出して、諭すように言った。あの時も、あれだけ嫌がってたくせに、わたしより楽しんでましたよね?


「わ、わかった……。頑張ってみる」


 沙緒里さんは恥ずかしそうな表情で、頷いた。

 そうそう。優しい言葉で釣って、引きずり出せばいい。

 結局のところ、沙緒里さんのことはわからない。それでも、たかが温泉でこれだけ恥ずかしがってるのが、既に面白かった。

 これからいったい、何を見せてくれるのかなぁ。楽しみすぎて、ヤバい。

 わたしはほくそ笑むのを我慢して、ニコニコと優しい笑みを浮かべていた。

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