白山-3

 車を飛ばし鶴見に来た飛燕は、赤志の住むタワーマンション近くで身を潜めていた。

 車でもっと近づきたかったが、近づけない理由があった。


 正面口はおろかタワーマンションの周囲にグリモワールが張り込んでいたからだ。100はくだらない武装集団を前に、白山は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 黒煙が立ち昇っていたため、カメラのズーム機能を使って正面口を確認する。爆破されたような痕があった。

 タワーマンションの中から、微かに爆音が聞こえてきていた。


「勘弁してくれよ……」


 飛燕とて命は惜しい。爆破事故が起きただろう写真があれば充分だ。早急にこの場から離れるべきだと考えていると、正面口から誰かが出て来た。


 赤志だ。傍らには少女とペットキャリーバッグを持った女性がいる。

 カメラを構えると遠くから赤色灯の光と甲高いサイレンが聞こえて来た。

 警察車両が合流する直前、見覚えのあるBMWが一台突っ込んできた。


「乗れ!!」

「おせぇよ来るのが!」


 飛燕はカメラを構えた。逃げようとする一同にピントを合わせる。

 BMWを襲う暴徒も撮る。金属バットを持った人物がボンネットに乗り暴れている様も。

 車が発進し暴徒が地面に落ちた。その時、被っていたとんがり帽子が取れた。


 顔を撮ろうとシャッターを切る。


「おい! お前! 何しているんだ!!」


 その声は飛燕に向けられていた。正面にいる数名がこちらを睨んでいる。


「やっば」


 息を吞むと踵を返し、脱兎の如く背を逃げ出した。職業柄逃げ足には自信がある。道を頻繁に曲がり車に戻った飛燕はすぐさまアクセルを踏んだ。

 鶴見から離れ、立体駐車場に来た飛燕は車を停めて一息つく。


「なんなんだよあいつら……こえぇよ。目が血走ってるし、殺されると思ったわ」


 心臓がうるさい。独り言を呟きながら額を袖で拭う。汗なのか雨なのかわからない液体がべったりとくっついた。

 緊張も解けたところで、飛燕はカメラを手に取る。雨の中でもしっかり撮れていた。手ぶれ補正は本当にありがたい。


「……よく撮れてんな」


 自画自賛したのは、グリモワールの一員の顔写真。本郷の車を襲っていた人物だ。

 女性だった。頬がこけ、まるで骸骨のような容姿だが目許だけは野生の動物のように生き生きとしていた。


「ん?」


 その顔に、見覚えがあった。


「あれ、この人」


 どこかで見たことがある。どこだ。飛燕は必死に頭を回転させ、


「あ」


 記憶の中から見つけ出した。


「……親父の、浮気相手じゃないか……」


 なんでこんなところに。なんでグリモワールに入っているんだ。


 いや、そもそもこんな暴動に参加するなんて。


「いやいや。ありえないだろ。小金井医薬の社長の秘書だぞ? そんな人が金属バット振って暴れるか?」


 父の浮気写真はばら撒いていない。当然、世間にはバレてないし、父はあれ以降も彼女と浮気を続けていた。


「おかしいだろ」


 これは”単なる暴徒ではない”のではないか。

 だとするとこの事実データの裏を取る必要がある。それは、自分だけでは力不足だ。


「権力に頼るか」


 飛燕は渋い顔をしながら携帯を取り出し、ある人物にメッセージを飛ばした。


『お疲れ様です。見て欲しい写真があります。これは、この事件を大きく動かすような事実になるのではないかと思うのです。加工などは施してません。裏取りをお願いします、楠美刑事。どうかお気を付けて』

 

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