本郷-11

「篠田澪は無事だ。神奈川県警本部にいる」

「襲われたりしなかったのか?」

「向かう途中で襲われたらしい」

「嘘……」


 絶句する藍島をバックミラー越しに見る。


「安心しろ。怪我はしてない。詳細は飯島さんが話してくれる」

「これ今どこに向かってんの? 警察署?」

「俺の家だ。藍島。進藤の携帯を持っているか」


 藍島は頷きポケットの中から出した。


「持っててくれ。奴が取りに来てくれるならこちらとしてもありがたい」


 それより、と言って、本郷が一瞬、横に視線を向ける。


「大丈夫か、お前」

「平気。魔法で治しているから」

「回復魔法って奴か」

「ちょっと違う。自分の紅血魔力ビーギフトを活性化させて、自然治癒力を高めただけ。回復魔法って魔法じゃない。他人を治療できたりしないからな」


 赤志は背もたれに体重を預け顔を背けた。


「藍島は。大丈夫か?」


 本郷はバックミラーに映る藍島に声をかける。


「なんつうか、血は止まってるし、さっきより痛みも引いてるんだ。病院に行くのは明日でいいよ」


 ジニアは、藍島の周囲の空気が揺らいだのを見逃さなかった。




ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ




 戸塚駅を通り過ぎた地点で雨が弱まった。ジニアは窓から外の景色を確認する。


「おまわりさんがいっぱい……」


 制服警官に警察車両、機動隊まで外にいた。


「ここら一帯を封鎖している。襲撃された場合は銃の使用許可も出ている」

「獣人に対しては無意味だろ」

「だが人間に対しては効果的だ。襲われても非殺傷のゴム弾で鎮圧する」


 海外の過激なデモ隊を鎮圧するために使われている代物だ。当たり所が悪ければ死ぬ危険性もある。この数年で日本国内も随分と物騒になってしまった。

 車が減速し一軒家の前で止まる。


「あんたの家? いいじゃん。2階建てで広そうだ」

「お前が言うと煽りにしか聞こえん」


 車を降り本郷の家の玄関に入る。先に入った本郷は洗面所からタオルを投げ渡す。


「リビングで適当にくつろいでてくれ」

「血で汚れるよ」

「気にしないさ」


 ざっと水を払い全員がリビングに入ったところで、玄関が再び開いた。


「う~寒ぃ寒ぃ」

「源さん、お疲れ様です」


 小さく頭を下げる。


「メンツは揃ってるな」


 リビングを見渡していた飯島は赤志の所で視線を止めた。


「随分とやられてんな」

「怪我は治ってるから。篠田澪のこと話してくださいよ」


 顎で藍島を指す。顔が青ざめているのは怪我のせいだけではないらしい。


「藍島さん。安心してください。篠田さんは我々と同じくらい安全な場所にいます」

「でも、襲撃されたって」

「その時に助けてくれたんです。「シルバーバレット」所属の狩人ヤークトが」

 

 本郷が目を見開く。


「依頼したんですか?」


 日本で獣人関連の事件が発生した際、「シルバーバレット」を頼ることは、ほぼない。魔法使いを保護し管理しているため維持費が必要、という理由で多額の金を請求されるからだ。


 そして狩人と人間、獣人が戦うと、必ずその場は悲惨なことになる。その修理費はほぼ持ちだ。

 日本以外の各国も、被害を受けた際の費用は「シルバーバレット」に請求したいのだが、強く出れない。魔力の天才たちを抱える組織に喧嘩を売る馬鹿な国はない。


 魔法の才能を持つ者は今の時代、戦力である。ミサイルや核を保持するより10人の魔術師を持った方が抑止力になると言われている時代だ。


 ゆえに、シルバーバレットを頼るのは最後の手段なのだ。


 この国の政権を担う者たちが重い腰を上げたのかと思っていると、飯島は頭を振った。


「それがな。野良だった。交渉をした結果、手伝ってくれる運びになった」


「シルバーバレット」に直接依頼すると様々な問題に直面するが、例えば休暇中の個人に依頼する場合は別である。組織をかませなくても仕事を個人に頼むことができるのだ。


 もちろん受ける確率は非常に低い。「シルバーバレット」は管理者であるが、俗世から爪弾きにされないよう魔術師たちを保護をして、世話を焼いている。

 ゆれに個人で依頼を受けるなど、立派な裏切り行為だ。

 それなのに手伝うとは。物好きとしか言いようがない。


「凄腕な交渉じゃん。誰がしたんすか?」

「柴田管理官だ」

「げっ」


 赤志は眉を吊り上げた。


「彼女は優秀な交渉人ネゴシエーターだからな。実績を上げたのは誘拐事件だった」

「そらご立派なことで。で、誰が来たの」

「お前は元同業だったか。「ナンバーサーティーン」と名乗っていた」

「ああ、あいつかぁ」

 

 赤志は天井を仰いだ。額の上で両腕を交差させる。


「鼻につく相手なのか?」

「いや。普通にいい奴だよ。ただ、”ウザい”」

「ウザい?」

「強いし優しいんだけど”ウザい”」

「源さんとどっちがウザい?」

「僅差で向こう」

「相当だな」

「おいコラそこの2人」

 

 飯島は喉を鳴らした。


「とにかく、これ以上連中に先手を取られるわけにはいかない。次は俺たちが先に仕掛ける」


 と言っても情報が不足している。飯島は暴徒から事情聴取している最中だと説明した。

 次いで藍島が進藤のスマホを取り出した。分析したら何かわかるかもしれないと飯島に伝える。


「なぁテレビつけていい? マンション事件やってるかもよ」


 本郷がプラズマテレビの電源を入れる。映ったのはニュース番組。黄瀬悠馬が映っていた。随分と青い顔をしている。


『日光新聞の白山です。本日川崎市の病院で、また大量のワクチンが強奪並びに破壊されたと』

『……はい。全て廃棄処理しており、犯人の目星も付いております』

『「グリモワール」ですか』


 黄瀬が首肯した。番組の下部には「ネットの声」というハッシュタグと共にメッセージが流れてくる。「グリモワール」だけでなく黄瀬や警察に対する誹謗中傷が表示されていた。


『ワクチンは追加投入する予定です。被害の大きい横浜市内を優先して追加投入して行きます』

「この人も大変だな」


 飯島が同情する視線を向けた。全員がテレビに注目する中、赤志は首を傾げた。


「……あのさ、なんで進藤は「グリモワール」と組んでんのかな?」

「ワクチンが嫌いだと椿には話していたみたいだな」

「それで大暴れして、ワクチン破壊活動に手を貸す?」


 赤志は顎に拳を当てる。


「藍島を襲おうとした暴徒たちは身体強化魔法を使ってた」

「進藤はトリプルMを反ワク団体に売って金を稼いでいる。それが奴の目的なのか、それとも」


 本郷は手の平で口許を隠した。


「身体強化魔法は、マンションを襲った暴徒たちだけじゃない。青葉台にいた者たちも使っていた……ですよね、飯島さん」

「ああ」

「俺それ知らないんだけど」

「ちょうどお前が謹慎中だったときじゃないか」


 赤志は納得したように返事をした。


「それら全部を合わせると100人近くいた。この2つの襲撃事件以外にも渡していたとしたら、どうやって薬を調達している? 量が手に入らん。だから椿から貰おうとした? 椿はそんな抱えていたのか?」

「もしくは複製したとか「シシガミユウキ」から手に入れたとか? 胴元どうもとは奴だろ?」

「だとしても、そんなに在庫を」


 在庫、というワードを呟いた時、本郷は目を見開いた。


「ちょっと待て。赤志。お前、ワクチンの効果を言えるか?」

「あ? 魔力抑制するってだけ」

「違う。他だ。尾上正孝所長から詳しい話を聞いたことはあるか?」

「あるけどさ。そんなん聞くんだったら尾上さんここに呼んで……呼んで……」


 赤志はバッとテレビを見た。赤志も気づいたのだ。

 プレシオンの効果を知っているがゆえに、進藤の狙いがわかった。


「盗んでる……。進藤はワクチンを破壊したいんじゃなくてしてるのか!?」


 テレビには、汗を流しながら頭を下げる黄瀬が映っていた。

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