白山-1
親に愛されていた彼は、幼い頃から英才教育を受け、金と権力と人脈の力で守られていた。
このまま生きていけば、何不自由ない生活を送ることが約束されていた。
いわゆる、勝ち組の人生というものだ。
「そんなのクソですよ」
20になった彼は父親の前に立っていた。
厳格な父は、これ見よがしな高級木製ボスデスクに両肘を置き、飛燕を睨んだ。
「用意されたレールの上を歩くだなんて。それは俺の人生じゃないですよね? おまけにつまらない。真っ平ごめんなんですよ」
「それで? 親に相談もなく大学を辞めて、お前はどうするつもりだ」
父が唸った。
「考え直せ、飛燕。お前は大学卒業後に財前商事(ざいぜんしょうじ)の社長になり、そこで社会の────」
「だから。そういうのが気に食わないんですって」
こめかみを人差し指で掻くと呆れ顔を向けた。
「お父様が用意してくれた電車、レール……全部いりません。俺は駅から出て、自分の足で、自分の道を歩みます」
「ふざけたことを言うな。道を見つけてすらいないくせに」
「いいえ。道は見つけてますよ。だから”歩む”と申したのです」
「……お前、職を」
「見つけてますよ。すでに、採用されてます」
父は息を呑んだ。
「なんの職に就くつもりだ?」
飛燕は笑って、ポケットから紙の束を取り出すとテーブルの上に放り投げた。
散らばったのは写真だった。
「真実を掴み、暴き、人々に届ける。それが自分の天職だと気付きました」
写っていたのは、浮気相手とホテルに入ろうとしている父。
そしてホテルから出て来る場面。
さらには別れ際にキスをしている姿だった。
ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ
『飛燕! 青葉台の乱闘写真見たぞ! お前天才だ!』
「はいはい、そらどうもです!」
アウディのハンドルを操作する。スマホスタンドからは編集長の興奮した声が漏れていた。
『恐らくだが
「内容は任せますよ先輩……じゃなかった、編集長」
車を路肩に停め、飛燕は後部座席の一眼レフカメラを手に取る。
『で、お前は今どこにいんだ?』
「たまプラーザですよ」
青葉台の警察対グリモワールの乱闘を目の当たりにしたのは奇跡だった。いや、日頃から本郷をつけていたのが実を結んだだけか。
遠くから写真を撮っていた飛燕は、グリモワールの連中の話を耳にしていた。
「たまプラーザで事故を起こす」
どんな事故かは不明だが、必ず注目を集める。だから車を飛ばしてやってきたのだ。
スマホを手に外に出る。既に人だかりができていた。
「しまった……編集長! いったん切ります。また追って連絡します」
スマホをしまい野次馬の渦に飛び込む。たまプラーザから必死の形相を浮かべる一般人が大量に出てきていた。
カメラを構え写真を撮るが、これでは何が起こったのか不明だ。
何が起きたのかをしっかり収め、その事実だけを伝える。デマや憶測で記事を書かない。それが飛燕のジャーナリズムだった。おかげで全然記事は書かせてもらえないし給料も低い。
だが、ウケだけは社内で一番だった。
「どうしようか」
恐らくたまプラーザ駅構内で何か起きたのだ。
飛燕はその場から離れなんとか駅を見れないか動き回る。
そこで、ある人物を見かけた。
車に乗ろうとしている女性に話しかけていたのは、楠美志保だ。
隠れて写真を撮る。楠美が頭を下げると、車が動き出した。
車が見えなくなったところで飛燕は駆け足で近づく。
「楠美さん!」
「は? ……あ、チッ」
「舌打ちはやめてくれませんかねぇ」
「あなた、どうしてここに?」
「いやぁ、ジャーナリストとしての嗅覚が凄くて。凄い人だかりに……魔力の変化ですね」
飛燕は空を指差す。一般人よりも魔力が多いため、たまプラーザ駅上空に漂う変色した魔力を、飛燕は捉えていた。
「何があったんですか? 獣人絡みの、いや、赤志勇が絡んでいたりします?」
「……ここを離れることを推奨します。あなたがここにいても無意味です」
取り付く島もないらしい。飛燕は話を切り上げるフリをして、しつこく粘ろうと考えた。
が、先手を打たれた。
「白山さん。お帰り下さい。情報は追って発表するので」
「連れないなぁ。私に「本郷刑事の潔白を証明できるような証拠を掴んで欲しい」と頼んだのはあなたなのに」
「……ここにそれはありません。あと、お願いですから変な動きはしないように」
楠美は真剣な表情だった。
「血を流して命を失うような、危険な事件が発生してます。それはまだ解決してません。なので無理に動いたら、殺されるかもしれません」
「それだけ危険な犯人なのですね」
「……ええ。どうか、お気をつけてお帰りください」
飛燕は鼻を鳴らした。
「なにも死にたいわけじゃないですからね。今日は大人しく下がりますよ」
まぁ追うのはやめませんが。
飛燕は口角を上げると踵を返した。
やはり、本郷縁持はネタの宝庫だ。
「次は、どんな凄惨な事件が発生するかな」
真実と情報を追う男の瞳には狂気が帯び始めていた。
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