赤志-5
応援として駆り出された池谷と来栖は、口をポカンと開け、目の前の電車を凝視した。
「どういうこった? こりゃ」
「圧巻ですねぇ」
先にホーム内で停車していた電車の後部車両、5両分が折り畳まれていた。平たく畳まれており、1両分の長さにも達していない。
「座席とか全部ペシャンコか。圧縮された部分の質量とかどうなってんだ?」
独り言のように呟いた池谷は視線を横に向ける。暴走していた電車が止まっていた。眠っていた乗客は全員降ろされ現場検証が行われている。
「魔法で潰した、のか」
「やりますねぇ。英雄さん」
「おかげで衝突事故は免れたから感謝なんだが……」
池谷は気まずそうに離れた場所にいる本郷たちに視線を向けた。
ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ
「戻ったよ~っと」
放電音と共に赤志はホームに戻った。周囲にいた警察官が目を白黒させている。
ベンチに座る本郷が顔を上げた。頭には包帯、鼻にガーゼ、左腕はアームホルダーで吊るされている。その隣にいるジニアが「おかえり」と言った。
「ただいま。本郷。病院行かなくていいの?」
「頭痛はない。吐き気もない。臓器も潰れてないだろう。痛みもだいぶ引いた。腕の骨折も……まぁ明日には治る」
「もうツッコまねぇわ。なんであんたが異常な回復能力持ってるかもわかったし」
「どういうことだ」
「俺からは、そのままのあんたでいてくれ、って言っとくよ」
背後から大きな足音が近づいてきた。随分と速足だ。振り向くと
「どうして魔法を使ったの!!」
楠美が詰め寄る。
「聞いてなかった!? 魔法を使うなって!」
「聞いてたけど、しょうがないだろ。あの状況だ。透視魔法で前の電車に誰も乗ってなかったこと確認してから潰してるから安全だって」
「そういう問題じゃない。ここにいる人たちが魔法を目の当たりにして、
「は? なんだよそれ」
赤志は苦笑した。
「魔法使ってなかったら全員死んでたかもしれないんだぞ」
「もしかしたら電車が止まってたかもしれません」
「そんな可能性にかけてどうすんだよ。ここも、武中って人の方も、俺が魔法使って助けに向かわなかったら確実に殺されてた!」
「だからって」
「んなこともわからねぇのか馬鹿女っ!!」
「ばっ、なんですって!?」
「話になんねぇ。どっか行けよ」
「……魔法使うなら、犯人確保してくださいよ」
楠美は唇をきつく結んだ。赤志も口を閉ざす。
【いやぁ。まったくその通りで】
赤志の口許がへの字になっていく。ジニアはオロオロと両者を見るだけだった。
「そこまでにしておけ。楠美巡査」
本郷が口を挟む。
「進藤は「グリモワール」と手を組み、獣人まで味方につけ強襲した。その状況下で赤志とジニアは我々を援護し人質を保護した。犯人を取り逃した落ち度は全体の責任だ。彼だけを責めるのはお門違いだろう」
「……本郷さん。「獣人に襲われたからしょうがない」なんて言い訳通用しません」
「ざけんなテメェ。んなこと言ったら、一般人にぶっ殺された連中の方が情け────」
「赤志!!」
地面を揺らす怒鳴り声が木霊する。
「それ以上言うな。やめろ」
「……悪かった。言い過ぎだったよ」
全員が沈黙した。雰囲気は最悪だった。
「無駄話は終わった?」
その空気を裂くような、凍てつく声が割り込んできた。
女性だった。身長は170前後。天然パーマに銀色のスクエア型眼鏡。変な花柄の青いネクタイにピシっとした黒スーツを着ている。
中指で眼鏡の位置を直した女が嘲笑を浮かべる。
「なんだこのババア?」
「柴田管理官? なぜ現場に」
「凶悪な事件だから来たのよ。電車テロに市街地での獣人暴走並びに銃撃戦」
言いながら赤志を捉える。直後、噴き出した。
「あなたね。異世界の英雄って」
「だから誰だよ。爆発したみたいなふざけた髪型しやがって」
「そちらも随分と舐め腐った髪の色をしてるからお互い様でしょう」
柴田は小馬鹿にした態度を崩さず今度は本郷を見下ろす。
「あなたを見る度に恥ずかしくなるわ。独断での行動が目立つ割に能力が高いわけでもなく、犯人逃がして大怪我。体がデカいだけの役立たずなんて邪魔なだけよ」
次いで柴田が赤志を見て白い歯を見せた。
「異世界にはどうやって行ったの? トラックに轢かれそうになって行ったの? それかブラック企業に勤めて過労死するような脳味噌足りてない馬鹿じゃないと行けないんだっけ?」
「うぜぇババアだな。クルクルパーなのは髪の毛だけにしとけよコラ」
「……あなたそんな
「柴田。お前は人を馬鹿にするために来たのか」
「それもあるわ、無能な本郷さん。椿捜査官は頭を撃たれて死んだ。即死よ。生意気な人間だったからいなくなってせいせいする」
本郷が拳を握りしめた。
「けど本当の目的は、クビ宣告」
楽しげに柴田は言葉を紡ぐ。
「赤志勇は魔法を使い公共交通機関を破壊、市民を危険に晒した。本郷警部補は犯人を取り逃がした。あなた達の信頼は地に落ちている。武中警部の方は情状酌量の余地がある」
武中に関しては適当な物言いだった。柴田は氷のような視線をジニアに向け、舌打ちした。
「これに関してはさっさと元いた世界に帰れ、としか言えないわね」
柴田は3人を見比べ冷笑を浮かべる。
「あんた達に与える仕事はないわ。指をくわえて我々の活躍を見てればいい」
虫を払うように手を振る。
「
「柴田管理官」
柴田が振り返る。血がついたスーツを着た飯島が駆け寄る。
「なんでしょう?」
「今の話。本郷たちはもうこの捜査から外されるということでしょうか」
「そう言ったつもりですが」
「今、この場から。この時間からでしょうか」
「そう、ですが」
飯島がパン、と手を打つ。
「では、この3人には私の方からガツンと言っておきます! 今日は朝まで反省会だ! さぁ来い!」
飯島は柴田に背中を向け、3人には優しい微笑みを浮かべ、「我慢しろ」と唇を動かした。
本郷が立ち上がる。
「行くぞ」
赤志は柴田に対し中指を立ててから2人についていった。ジニアもその後に続く。
「……ふん」
柴田は鼻を鳴らし電車の視察を始める。
楠美は本郷の背中を見えなくなるまで見送ってから視線を切った。
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