赤志-12

 藍島が立ち止まった。


「は、速いって!」

「頑張って! あと20階降りればいいだけだから!」

「それって言わねぇだろ」


 藍島は苦しそうに咳き込んだ。


『上だ!! この上にいる!!』


 下から増援の声が聞こえた。先行していた赤志は19階で扉を開け内廊下に入る。

 閑散としていた。静かな廊下を進み外の非常階段へ。

 外に出ると同時に暴風と暴雨が出迎えた。酷い天気だった。一寸先が闇に包まれている。


「足滑らせんなよ!」

「うん!」

「クソ寒いぃ!」


 しばらく降りていると階下が騒がしくなった。再び廊下に戻る。15階だった。


 静かな廊下を見渡す。こちらの位置はバレていると思ったが好都合だ。怪我人がいるため余計な戦闘は避けたい。

 そう思いながら通常階段に続く扉を開けると階段を上る暴徒と出くわした。

 数は10以上。


「い────」


 相手が叫ぶ前に赤志は舌打ちし跳躍した。両足を揃え先頭にいる暴徒の顔面目掛け蹴りを放つ。

 足底が減り込んだ相手は大きくのけ反って倒れた。背後にいた暴徒たちがそれにぶつかり、ドミノ倒しのように倒れていく。


 赤志は体勢を整えると倒れる者たちの体を踏みつけていく。顔を上げた者にはサッカーボールキックを見舞い、武器を取ろうとする者がいたら腕を踏み、顔を蹴飛ばした。

 うつ伏せに倒れていたひとりが赤志の足を掴んだ。


「鬱陶しい!!」


 頭を踏みつけた。体が跳ね上がり足がピンと伸びる。

 立ち上がる暴徒はいない。微かな呻き声が上がるだけ。


「行くぞ」

「う、うん」


 赤志に対し、藍島は力無く返事をした。あまりにも暴力的すぎる光景に目を背ける。藍島はなるべく倒れている人を踏まないようにした。

 その時、仰向けに倒れている男のひとりと目が合った。


「なん、え? あれ……? 俺は……俺……なにして、んだ」


 まるで長い眠りから覚めたような、困惑した表情で呟いた。

 殴られておかしくなったのか。不気味に思った藍島は無視して赤志を追う。


「上の連中と連絡がとれない!」

「部屋に籠ってんのか!? もう逃げてんじゃねぇの!?」


 10階までくると下から困惑している声が聞こえて来た。

 どうやら連中は寄せ集めで構成されているらしい。まさか連絡係すらいないとは。なるべく撹乱するのが効果的家かもしれないと赤志は思い、10階で再び廊下に入る。


「あ! おい、こっちにいる!!」


 廊下の先に2人の「グリモワール」がいた。

 揃った動作で手の平を赤志に向ける。紅血魔力ビーギフトが集まり周囲が赤く染まっていく。


「なんで魔法使うかなぁもう」

 

 愚痴を言った直後、火球かきゅうが2つ放たれた。直径21センチほど。バレーボールくらいの大きさだ。

 この大きさでも、直撃すれば人ひとり火達磨にする威力がある。だがそれは人間相手ならの話だ。


 無造作に腕を払うと火球が霧散した。一瞬で鎮火したのを見て相手が面食らう。


「そっちがその気なら」


 赤志は指をパチンと鳴らした。

 瞬間、眼前に炎の壁が出現した。燃え盛る紅蓮の壁は廊下の両壁にぶつかるほど大きくなり、急速に前進した。


 2人が悲鳴を上げながら逃げ出したが、人の足で逃げられる速度ではなかった。燃え盛る炎が2人を包み込み、悲痛な叫び声が廊下に木霊した。

 藍島が叫ぶ。これほど残酷な殺し方はないからだ。


「や、やめて!! そこまでしなくてもっ!!」

「だいじょうぶ」


 赤志が人差し指を唇の前で立てた。その数秒後、炎が消えた。

 残っているのは倒れている影2つ。どちらも服など燃えてなく焦げ跡すらない。ただ全身から汗が噴き出しており、虚空を見つめ、掠れた呼吸を繰り返していた。


「死んで、ないの?」

「精神的に焼死してもらった」

「しょ、焼死?」

「燃やす対象を選んでいるから燃えない。けど実際に感じてもらった。臨死体験を与えた、とか思ってくれればいい」

「そ、それ生きてるって言っていいの?」

「生きてるよ。心は壊れてるかもな」

「命があるだけマシだよね」


 笑い合う両者を見て、藍島はうすら寒さを感じた。

 死ななければ人を傷つけてもいいと彼らは思っている。

 藍島はこの場から離れたい欲求に駆られたが、必死に押し殺した。

 どんな思考回路であれ2人は自分を守っている。邪念を持つ必要はない。


「いたぞ!! 逃げてやがる!! 下に行かせるな!!」


 8階に着いた時、下から敵が来た。廊下に入ると、廊下の先にも敵がいた。


「また挟まれたね」


 ちょうど中腹まで来たところで赤志たちは足を止めた。ラウンジが近いからか数が多い。


「ジニア。雨降らして」

「任せて」


 ジニアは跳躍し片手を天井につけた。

 照明が消えた。藍島と暴徒は上を見る。停電かと思ったが違う。暗雲のような黒い靄が、ジニアを中心に一瞬で広がり、天井を覆いつくしていたのだ。


 ジニアが着地すると同時に途端に暗雲から水が降り注ぐ。室内での突然の豪雨に騒がしい声が加わる。


 その隙に赤志は拳を振り上げた。

 拳に紫色の電撃が纏わりつき、床に叩きつける。雷が床に触れ水を伝い廊下全体に広がると、稲妻が天へと昇った。


 大量にいた暴徒たちは叫び声すら上げず意識が吹っ飛び、殺虫剤を浴びた蜂の群れのように、その場にバタバタと崩れ落ちた。


「藍島さん、大丈夫か?」

「え、あ、うん」


 ジニアが藍島の手を握った。


「よかった。濡れてない。濡れてたらビリビリになってたね」

「は、はは……」


 魔法は銃よりも恐ろしいと言われているが、実際に目の当たりにすると認めざるを得ない。

 その気になれば人間なんて軽く殺せるのだろう。

 藍島の瞳には、2人はが感情のある殺戮兵器にしか見えなくなっていた。


 赤志たちは7階からラウンジに出る。


「待て」


 赤志は顔を強張らせた。

 異常に暗い。気配も臭いも音もしない。深い深い穴の中にいるようだった。

 いくら停電でもこの暗さは異常だ。 

 落雷の音がする。天窓の瞬きすらない。


「ジニア」


 指示を出し藍島と共に留まらせる。

 赤志は手摺まで近づく。耳が痛くなるほどの静寂だった。


【試してみるか】


 全身に魔力を流す。

 こめかみ辺りにチクリと痛みが走った。


【魔力だ】


 眼前が揺らめいた。僅かな揺らぎは、一気に膨れ上がり熱を帯びる。


【勇!!!】

 

 飛び退くが遅かった。タッチの差で回避が間に合わない。


「くそっ」


 息を飲んだ直後、赤志の左腕が爆ぜ飛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る