進藤-2

 まさか逃げられるとは。股間を摩りながら部屋の中を見回す。


「さて」


 追撃はジャギィフェザーに任せ床に落ちていたスマホを手に取り、部屋を物色する。物が少ない。和室に行くとパソコンと、よくわからない参考書や漫画本くらいしかない。

 モニターには何かのキャラの画像が映ってる。


「気持ち悪い絵ぇ描いてんなおい」


 これで金儲けできるのだ。平和な世の中になったと言わざるを得ない。

 腹いせに椅子を蹴り飛ばす。


「オタクってのはどうしてこう頭ユルそうな女が好きなんだろうな?」


 画面を耳に近づけていった。スマホは通話中になっている。


「強(したた)かだなぁ。藍島ちゃんは。倒れても体の下に隠してお前に情報を渡してたわけだ。愛されてんなぁ、本郷」


 無音だった。床に座り、ピザが入った蓋を開ける。


「王子様のために死ぬ気の時間稼ぎ。泣けるねぇ。で? 肝心のお前はどこにいる? 待っててやるからさっさと来いよ」


 玄関に目を向ける。気配はない。


「周囲にいたボンクラ共は全員始末したから……そうか。お前、家にいるのか」


 クツクツと喉奥を鳴らす。まだ相手は無言だった。


「本郷。勝負をしよう。私が先に藍島ちゃんを手に入れるか、そちらがゲットできるか」


 ピザを口に運び、わざと音を立てて食う。


「安心しろ。こっちが捕まえても殺しはしない。お前の土下座する姿がみたい。あの女性がお前にとってどんな人間かわからないが、お前の目の前で犯したら流石に動揺するだろ。私ね、女性の体にラクガキするのが好きなんだ。希望するワードがあったら今のうちに言っといてくれ。とりあえず”便器”と”無料────」

『進藤』


 怨嗟(えんさ)を込めた唸り声のようだった。

 淡々とした口調を止め、ピザを口に運ぶ。


『お前の下らない挑発は聞く価値がない。だからこれだけは言っておく。藍島は薬の情報なんて持ってない』

「どうでもいい。コケにされた腹いせをする。それだけだ」


 溜息が聞こえる。目くじらを立てているのが手に取るようにわかる。


『魔法が使えるようになったらしいな』

「赤志勇から聞いたのか? そうだ。もう普通には戻れない」

『実はな、俺も魔法が使えるんだよ』

「へぇ? 初耳だ。どんなだ?」

『お前らクズを、必ず震え上がらせる魔法だ』


 声色が変わった。背筋どころか全身が震えあがるほどの、低く、冷たい声だった。


『藍島を追わないなら、ちゃんと逮捕してやる。だがこの恩情を無視して彼女を傷つけるというなら────必ず俺が、お前の喉を掴む』


 一瞬静寂が訪れる。


「いやだね。十日町市とおかまちしの年越し生蕎麦を取り寄せているんだ」


 通話を切り、ロックをかけずポケットにしまう。

 玄関を出ると雨音が強くなっていた。


「そこの人!!」


 廊下の先を見る。合羽を着た制服警察官がいた。あのピザ屋の店員が呼んだのだろうか。


「このマンションで怪しい人物が────」

「それ私だ」


 ジャケットの内側に手を入れ銃を取り出すと引き金を引いた。

 爆発音にも似た銃声が1回だけ鳴ると、相手の頭に風穴が空き、血の虹を描きながら仰向けに倒れた。 


「どうよ? 44マグナムは。やっぱ気持ちいい音だねぇ」


 エレベーターで1階に降りるとピザ屋の店員がいた。


「ひ、ヒィ!!!」


 悲鳴を上げて背を向けた。進藤は片手で相手に狙いを定めつつ、空いた方の手で自分のスマホを操作する。


「あ、ジャギィちゃん。どうよ。え? 足捻った? 大丈夫? ……あっそう」


 クツクツと笑う。


「じゃ、兎狩りと洒落込みますか」


 引き金を引く。

 遠くで人影が倒れるのを見て、進藤は高らかに笑った。

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