本郷-3
「兄さん!」
振り返ると
「お皿くらいだしてよ!」
「すまん」
よっこいしょ、と言いながら立ち上がる。
「うわ。オジサン臭いからやめてよそれ」
「30はオッサンだろ」
「はぁ。せっかくのクリスマスイブをオッサンと過ごさないといけないのかぁ」
「そっちも27で独り身だろう。寂しい者同士、仲良くやろう」
「今時そんなん普通なんだよ!!」
本郷の肩が叩かれる。
「ふん。痛くも痒くもないわ」
「筋肉ダルマめ」
「皿は?」
「それとそれ。あと大きな皿も。兄さん用にお肉たくさん買って来たからね」
「ありがとな」
朝日は白い歯を見せた。
年末という忙しい時期にも関わらず、お互いの予定が空いたのは幸運だった。久しぶりにたったひとりの家族と一緒に過ごせる。
「ご飯5合くらいで足りる?」
「ああ」
「いっぱい食べてよ。カロリーとらなきゃ死んじゃうんだから」
本郷は二の腕を曲げ、力こぶを見せつける。
「うわぁキモっ!! 今時モテないよそんな筋肉!」
「そうか?」
「若い女優さんとか取材してた時、好みのタイプとか聞いてたけど「細い筋肉に惹かれちゃう」って声が多かったよ」
「軟弱者が好きなんだな」
「言動がオジサンだよほんと」
本郷は真剣な表情になる。
「朝日。気をつけろよ。記者絡みの殺人事件はめずらしくない。特に今は担当が異世界・魔法関係だろ」
「そだよ~。この前、
「馬鹿。遊び感覚はやめろ。危険な目に遭ってからじゃ遅いんだぞ」
「はいはい」
「あと、魔力抑制ワクチンも摂取するんだ」
「うるさいなぁ。プレシオンのこと? 私もう2回受けてるっての」
朝日はピースサインを向ける。
「順調に
料理を運び終え腰掛けると、柔らかな笑みが向けられた。
「ていうか私が危険な目に遭っても兄さんが犯人捕まえてくれるでしょ?」
「不吉なこと言うな」
「ごめんごめん! 食べよ! いっただきまーす」
テーブルに並べられた料理に舌鼓を打つ。みるみるうちに大皿が空いていく。
「相変わらず食うね~」
「小食なお前の分まで食ってるんだ」
他愛のない雑談を交わし、テレビでやっていた映画に小言を挟みながら楽しむ。平和で幸せな、贅沢な時間が過ぎていく。
「じゃあお待ちかねのプレゼントタイムといきましょうか!」
ケーキを食べ終えた朝日が立ち上がる。別室に行き何かを取ってきた。
持って来たものを見て、本郷はギョッとする。
「なん、だ? それ」
「プレゼント! 兄さんに」
ハンガーにかけられた緑色のモッズコートだった。
「い、いや……お前……これ……」
「ほら! 昔やってた刑事ドラマの主人公も着てたじゃん! やっぱ刑事のトレードマークといえばこれでしょ」
顔を引きつらせながら頭を振った。
「着ないぞ」
「なんで!!?」
「からかわれる。それにあれは
「似たようなもんでしょ」
「マジかよ」
「いいから着てよ」
朝日が微笑む。
「なってよ。兄さん。そのコートが似合う男にさ。見たら犯罪者が震えあがっちゃうくらい、凄い刑事に」
「……はぁ」
コートを受け取る。
「ありがとう。朝日。俺もお返しをしないとな」
「え、あるの!?」
「ほら。開けていいぞ」
隠していた箱を渡す。中から出てきたのは
「親父と同じデザインのだ。欲しがってただろ」
朝日は目を輝かせ、走って別室にある仏壇の前に行きりんを鳴らす。
「お父さん、お母さん! 兄さんがプレゼントくれた! 明日隕石降るよ!!」
「馬鹿にしてんのかお前」
広い家に2人の楽し気な声が響き渡った。
「そうだ。兄さん」
「ん?」
「私ね、待ってるから」
本郷は疑問符を浮かべる。何も思い当たることがない。
「何をだ?」
「決まってるでしょ」
朝日は笑顔を向けながら本郷に両手を伸ばし
「私を殺した犯人。見つけてよ」
首を両手で握りしめた。
その瞬間、朝日の顔が黒く塗り潰された。
「私、死んじゃってるんだよ」
「────」
「死んでるんだよ? たったひとりの妹が」
「────」
「死んでるんだよ私は!!! なのに!!! なんで兄さんは!! まだ犯人を見つけてないんだ!! どうして!! 私を殺したクソ野郎を!!!」
「────」
「捕まえられないなら兄さんも死んでよ!! ひとりで生きてるな!! ズルいよ! このバケモノ!!」
「────かっ」
言葉が出ないと思ったら、呼吸ができてなかった。
慌てて口を開く。朝日の腕を掴むが力は緩まない。徐々に、本郷の首の骨が悲鳴を上げ始めた。
「バケモノのくせに! なんで生きてる!! お前が死ねばよかったのに!! 無能な警察官が!! 妹すら守れないお前に何ができるんだ!!」
朝日の顔が青白く染まる。顔の半分が泥塗れになる。
妹の死に顔に対し、本郷は唇を震わせながら、言葉を吐き出す。
「────」
言葉は、出なかった。
直後本郷の首の骨が折れ、視界が真っ暗になった。
ααααα─────────ααααα
本郷は叫び声を上げながら跳ねるように起き上がった。激しく肩で息をし、怯える目で周囲を見回す。
家のリビングだ。真っ暗で、冷えこんでいる。
胸の動悸を堪えながらスマホを手に取る。
11月25日。金曜日。4時ちょうどだった。
自分の首に手を当てる。生暖かい感触が少しだけ残っている気がした。
「……朝日」
本郷は項垂れた。だが涙は零れなかった。
あの時、すでに涙は枯れてしまったからだ。
あの日の空は、押し潰されそうなくらい、重たい曇天だった。
ジメジメとした空気と、べたつくような雨が降っていた、今年の5月のことだった。
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