第44話
竜
それは魔神が作りし魔人の世界エルザイムにおいても恐怖の代名詞である。
神話の時代から生きるといわれ、古竜を頂点とするその一族はその存在こそ知られていても実際に見たものはほぼ皆無である。
飛び抜けた高い知能と何者も寄せ付けない力を兼ね備える彼らは、魔人を含める全ての生物を下等生物と見なし、全く相手にしていない。
だからこそ彼らが自らの住処を離れてまで外に出ることが無いのだ。
その彼らが姿を見せただけでなく、下等生物と見なしている魔人を襲ってきた。
これは魔人族にとって、かつてない恐怖の始まりの合図でもあったのだ。
アウストラ王国でジバが死闘の末斃した古竜は、その竜族の頂点とも言える存在ではあるが、あの時は直接襲ってきたわけではなかった。
スタンピードを収束させるために斃さなければならない存在であっただけだ。
だが今回フレシオ王国を襲った竜達は、はっきりと魔人族を襲ってきた。
この未曾有の事態に世界中が慄く。
連邦議会でも竜への対策をどうするべきか連日取り沙汰されていた。
そして今も、連邦会議事務棟にある休憩スペースでふたりの若き2国の代表者がコーヒーを飲みながら歓談している。
「今回、フレシオ王国には気の毒であったが、連邦国家として団結する機運が世界中に広まったのは不幸中の幸いといったところだな」
「ああ、我が国も未だ連邦国家への参加に否定的な貴族連中が多いのだよ。
まぁ、今回の件でかなり声は収まったようだがな」
「俺のところもそうだよ。
特に后妃を出した貴族は折角掴んだ既得権益を離すまいと必死だな」
「そうだよなぁ。うちの従兄弟がそれでさぁ、俺がここに来てるのが気に入らなくて、嫌がらせしてくるんだよね」
「だよな。でもお前んとこの国も連邦国家へ従属表明してなかったっけ?」
「従属表明ってあれだよな、連邦議会の決定を無条件に受け入れることを条件に連邦軍を優先的に使えるってやつだよな」
「うーーん、ちょっと違うけどな。
王が連邦議会の一員になって、連邦議会の決定事項と国の決定事項を同一にすることで、新たに設置される連邦軍を国軍として優先的に使用出来るってやつだ。
議会内とはいえ、王の意向は反映されるから、無条件に従うって考えじゃ無いな」
「???
もうちょい簡単に言って」
「ようは、王自らが連邦議会議員となって、議会の決定に対して自らの国の方針を決めるんだよ。
まぁ、最終的には各国の判断に任されるのだから、今とあまり変わらないけど、その場で王が判断するんだから、基本的には決定に従う形になるんだろうけど。
だけど、国内での王の発言権が強くなるから、場合によっては良いことかもな」
「ということは………えっ!
もしかして、我が国の王はそこまで考えて?」
「あぁ、可能性ありだな。
事前にスミセス様から各国の王宛に密書が送られていたって話だし。
本当にそうかもね」
連邦軍訓練場にて
「ジバ様、この設備もジバ様が異世界で見て来られたものですか?」
「ええ、そうです。
異世界でトレーニングマシンと呼ばれていたものを再現してみました。
効率良く身体の部位を鍛えるに適しているようですね。
こうして重りを変えることで負荷を変えられるので、ベテランでも新兵でも、己にあった筋力強化が出来ますよ」
連邦議会への従属表明をしたことで、儂は新しく創設された連邦軍の訓練施設を視察しておる。
こう見えても、昔は武闘派でブイブイいわせていたのだが、王になってからは、めっきり太ってしまった。
王とは内政や外政についてしっかり吟味しながら決定する重要な責務を負うものだと意気込んで父王より王位を継いだのだが、実際にやっていることといえば、各派閥が自分達の利益を優先して強硬提案してくる政策とも言えないようなお粗末な提案を忖度しながら首を縦に振ることのみ。
民の為の良き政治をしようとの理念は変わらぬが、はっきり言って、気力は衰えてしまっている。
そろそろ息子にでも王位を譲ろうかと考えもするが、さすがに自分が辟易しているものをそのまま渡してやるのも親として不甲斐無いというものだ。
そんなこんなでズルズルと現状維持となってしまっている。
あの日もつまらんたわ言をつらつらと話す大公の話し相手を終えて、疲れ切っていた。
そんな時に連邦議会でアドバイザーを務めるスミセス殿から手紙が届いたのだった。
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