第26話
叙爵式を済ませ、ユリア、いやアルカイド男爵はジバやヘルシーと共に旧スラム街にある王家の田畑に来ていた。
今の時期は米の稲穂が金色に輝き、自らの重みで深く垂れ下がっている姿を誇らしげに披露している。
黄金色に輝き一面に広がる稲穂の絨毯にうっとりと意識を奪われているユリア。
彼女は昨晩の王家との晩餐において出された真っ白な白米の甘味を思い出していた。
質素ではあっても、あのように心が満ち足りた食事が他にあるだろうか。
甘く、他の食材を引き立ててやまない白米の味に心を奪われたユリアは、自領でも米の生産を始めようと心に誓っていた。
そして今日、その米の実りを視察に来たこの場所で、気持ちを新たにしているのだ。
「ここでは、麦と米を順繰りに生産しています。1年で米と麦の2種類が取れるのですよ」
案内しているのは、元々このスラムに暮らしていた孤児のひとりだ。
この場所の開拓と同時期から稲作を始めた彼は、すっかり一人前の耕作人となっていた。
今の姿を見てスラム時代の孤児の姿を想像する人はいないだろう。
その話しを聞いたユリアは、固い決意を秘めて、独り言ちる。
「米と麦、そしてカライモ。この3作物をアルカイド領の特産にしよう」
保存の効く米や麦は、飢饉や突然の厄災時があっても、飢えを防いでくれるだろう。
そしてこれから生み出される商品価値の高いカゴイモは、専売品とは言え、等級の高いブランド品として新たな外貨を生み出してくれるはずだ。
彼女はジバの施策の先見性と正しさに目を見開き、ジバへの尊敬の念を強めていくのだった。
こうして実り多き王都での視察を終えたユリアことアルカイド男爵は、自領へと戻っていった。
「「「男爵様、お帰りなさいませ。」」」
「ありがとう、なんだかむず痒いわ。わたし王都で素敵なものをたくさん見てきたのよ。
あとで皆んなにも教えてあげるわね。
まずは叔母様に挨拶しなくっちゃ」
元アルカイド男爵夫人はユリアの叙爵を誰よりも喜んでくれた。
姪であり、今は亡き夫の志をしっかりと受け継いでくれたユリアに心の底から喜びを伝えるばかりであったのだ。
「それでね、王都には王家の運営する農場があるのよ。それもとっても大きいの。
そしてそこでは麦と米が2毛作で作られているの。あっ、2毛作っていうのはね...」
翌日、街の有力者を集めてユリアの叙爵に対するお祝いの宴席が設けられていた。
そしてそこにはユリアが持ち帰った白米とこの地で取れたカライモ、そして最近飼育を始めたばかりの牛や豚、鶏などの肉が並べられていた。
「カライモと米、そして麦を主食とすることで、健康的でバランスの取れた栄養を取れるのよ」
「ユリア様、健康的でバランスが取れるとはいったいどういうことなのでしょう?」
「ジバ様からの受け売りなんだけど、人間の身体はいくつかの栄養素をとらないと維持できないの。
肉には筋肉や身体を構成する様々な栄養素があるし、野菜には身体を上手く機能させるための栄養素があるのだそうよ。
そして米や麦、カライモには力を出すための栄養素があるのよ。
つまり、肉ばかりでも駄目だし、野菜ばかりでも駄目。それらを上手く組み合わせて食べることで、丈夫で十全な身体を維持することが出来るってわけなの。
そういった食生活を送るためにも、カライモや米、麦を作ることは重要なのよ」
「ユリア様はこの地をどのようにしていきたいと考えておられるのですかのう?」
「そうね、先ずはカライモの特産化を目指すわ。今でも作れば国が専売品として買ってくれるけど、もっと美味しくなるように改良して、いずれ専売制が廃止になったとしても他領に誇れるブランド品として高値で販売できるようにしたいわね。
次は米と麦の2毛作よ。以前のスタンピートの時のように、厄災はいつ訪れるか分からない。
米と麦は長期保存が可能だから、保存食として、もしもの時に備えられるようにしたいわね。
そしてバランスの良い食生活を送れるように、野菜や畜産にも力を入れていきたい。
それらを使った美味しい料理の開発も良いわね。
それらを目的に様々な人達がこの領を訪れてくれたら嬉しいわ」
楽しそうに語るユリア。
元々スタンピート前でも、それほど裕福では無かったこの地ではあるが、ここ数ヶ月の間に起きた様々な奇跡。
国有地となり黒サンゴによる収入がある今、ユリアの語る言葉は決して理想や夢物語では無いはずだ。
神が与えてくれたこのチャンスを全体活かして見せると、この場にいる誰もが心に誓うのだった。
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