第25話
人の口に戸は立てられぬのもである。
黒サンゴを見つけてからわずか5日後には、王宮に出入りする大半の貴族連中がこの事実を知っていた。
特にアルカイド領に隣接する領の領主やそれを派閥に持つ有力貴族は鼻息が荒い。
ここはキャスバル兄さんに頑張ってもらう。
法整備や貴族の管理、財務を一手に担う監理部局の長であるキャスバル兄さんならば、何とかしてくれると期待している。
俺はというと、既に調査団と共にアルカイド領に乗り込んで作業を始めていた。
黒サンゴについては調査団に任せてある。
いくら異界の知恵があるとはいえ、この世界特有の生物に関する知識は専門家の方が遥かに高いはずだ。
収穫量については、今後の育成も踏まえ、それほど期待するものでもない。
今、俺の優先順位的にはやはりカライモなのだ。
王都に戻った翌日には陛下やキャスバル兄さんと会談を行い、承認を受けた。
そして翌日にはアルカイド領にトンボ帰りし、北側の他領と接する場所に検問所を設置し、アルカイド領を封鎖することに成功している。
案の定、封鎖翌日には貴族の使いの者が何人か押し寄せてきたが、追い返すことが出来たのだ。
こうして全ての準備が揃った上で、領主屋敷に向かう。
「ジバ様、北の街道に検問所を設けたと聞きましたが、どういった理由からでしょうか?」
不安そうに聞いてくるユリア嬢。
「ああ、実はアルカイド領に海岸に黒サンゴが見つかってね。
ご存じの通りサンゴは王家の専売品だから、この地を国有地にさせてもらおうと思っている。
その上で、この領を復興させた後、先日お話ししたカライモの試験栽培を本格化させようと思っているのだ。
報告が遅れて申し訳なかった。
早く手を打たないと他の貴族連中が乗り込んでくる恐れがあったものでね」
ユリア嬢に向かって軽くウインクをしてみる。
どうやら状況は飲み込めたようだ。
「しばらくは俺がここに常駐し、復興作業とカライモの育成に力を入れるつもりだ。
ある程度目途が立ってきたら、ユリア嬢を正式にアルカイド男爵に叙爵し、代官としてこの土地の運営を任せるつもりだ。
後で奥方にも伝えておこう」
「あ、ありがとうございます。これで疎開している皆んなも戻ってきてくれるはずです」
「そうだな、皆が戻ってきても安心して暮らせる土地に戻そう」
「はいっ!」
涙ぐむユリア嬢。いつの日か豊かになったこの地でヘルシーとユリア嬢が手に手を取って幸せに過ごせるようになることを予感しつつ、ジバはカライモ試験栽培地へと戻ったのだ。
そして3ヶ月余りが経った頃、王都に向かう馬車に揺られるユリア嬢の姿があった。
黒サンゴは俺が予想していた以上に繁殖していた。
魔物の死骸から出る養分は地中深くまで浸透しており、今なお蓄積し続けているようだ。
その豊富な養分を吸い取って育つ黒サンゴの成長は思いのほか早く、王国内で1ヶ月間に必要なる量であれば、採取してもほんの数日で回復するらしい。
最近入り浸っているスミセスの報告によると、他国に輸出しても全く問題ないとのことだった。
思わぬ収穫に、歯噛みして悔しがる貴族連中とニコニコ顔のキャスバル兄さん。
黒サンゴ専売のお陰で王家の国庫もそれなりに潤い、有力貴族連中との力関係にも変化が出そうだと喜んでいる。
そしてアルカイド国有地の正式な代官としてユリア嬢の男爵叙爵と、代官への任命式を行うためにユリア嬢は王都に向かっているのである。
「ユリアよ、よくぞ参った。スタンピードによる領の崩壊については許して欲しい。
我等王家に力が足りず、お前の叔父であるアルカイド男爵以下尊い犠牲を出してしまうことになってしまった。
しかし、そなたは彼等の意思を引き継ぎ、3年にも及ぶ復興活動により、この度の慶事を迎えることとなったのだ。
未だその志半ばであろう。だがジバがそれを後押ししてくれようぞ。
やがてそなたが本当の意味で恩返しが出来たと思う頃、この国全体が幸福で満ち溢れていることであろう。
そうなることを期待しておるぞ」
アルカイド男爵への叙爵式において、ユリア嬢は陛下からそう言葉を賜った。
事実として、黒サンゴの産出とカライモの試験生産により、アルカイド領は繁栄の兆しを見せている。
少し前までは食べるものにも困る有様だったのが嘘のようだ。
だが、ユリアが見ているのは、こんなところでは無いはずだ。
ジバからの誘いを受けたあの時からユリアの目標は変わっているのだから。
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