第16話

翌朝、俺は執務室にいた。


昨日見た市井の風景。決して華美ではない。いや慎ましいと言った方が合っているだろう。


そして昨夜の晩餐。


最低限の生活は出来ており、人々の心も豊かになりつつあるのは事実であろうが、もう少し水準を上げていかねば、再び災害に見舞われた時に今度こそ国が崩壊しかねない状況だ。


そして他国との兼ね合いもある。


現在は良好な関係を保っているようだが、お互いに有事があると脆くも崩れそうな砂上楼閣のようなものなのだ。


そして軍事面を含め強固な国であることを内外にアピールする必要がある。


まずは食料問題について


主食としての米は定着しつつあるようだ。生産量も自給率を上回っている。


だが、近隣諸国から流れてくる難民が増えている以上、余裕があるとも言えない状況だ。


難民を上手く生産強化に繋げると共に、新たな耕作地が必要だな。


それと副菜。野菜や肉、豆類が不足している。乾ききった大地を畑に置き換えたところで、すぐに収穫量が復活するわけも無かった。


後3年は待つ必要があるだろう。今は生命力が強く、固く乾いた大地でも生産できる物に限定されているが、早急に種類と量を増やす必要があった。


『脚気』


裕也の記憶にあった日本の戦時中に流行ったという恐ろしい病気。


ビタミン不足からくる痺れや麻痺が生命の危機をも及ぼすのだという。


精米した米を食し、野菜や肉などビタミンが不足している今、最も流行が懸念される病気だ。


「よし、先ずは米を精米せずに玄米として食べることを推奨しよう。


キャサリン、精米していない米を持ってきてくれないか」


翌日、キャサリンが持ってきてくれた玄米を持って調理室へと向かう。


俺が何か始めると聞きつけた大勢が調理室に集まってきた。


もちろんその先頭にはスミセスの姿もある。


「ジバ様これは精米していない米ではないですか?」


「そうだスミセス。玄米という。この茶色い部分には、今この国で緊急に必要な栄養が詰まっているんだ。


これからはこの状態のものを食べるように指導しようと思っている。


これから炊いてみるから、お前達も試食を頼む」


少し水分を多くして炊き上げた玄米を集まった者達に試食させる。


ジバ自身は食した記憶があるため、それほどでは無かったが、試食した全員が顔をしかめる。


「どうだ、味は?」


「ジバ様、これは...どうも...」


言いにくそうにスミセスが声を上げる。


「まず硬くてよく噛まないと喉が詰まりそうです。


そして何より、...臭いです」



そうなのだ。ビタミン豊富な玄米が健康に良いのは分かっている。だが問題はその匂いと食感なのだ。


一度白米に慣れたものを玄米に戻すのは難しいだろう。


しかもこの国では最初から白米なのだ。いくら脚気のことを訴えたとしても余計に難しい。


さてと、どうしたものか。


玄米が、無理なら米糠として食べられないか。


確か漬け物というものがあったはずだ。


冬の作物が採れない間の保存食として食べられていたはず。


何を漬ければ良いか?


記憶を辿るといろいろな野菜が出てきた。


大根、キュウリ、ナス、白菜……


駄目だ、こちらの世界に無いものばかりだ。


いや、俺が知らないだけかもな。


だが、探している余裕は無いぞ。


思いついた野菜を絵に描き、ここにいる者達に見せて、知らないか尋ねて見る。


だが反応が薄い。


それもそのはずで、王城に居る者など貴族が多く、調理する前の野菜など知る由もない。


調理場の者さえ、王都から出たことも無く、市場にある野菜くらいしか知らないのだから。


「あのぉ、この野菜は如何でしょうか」


田舎訛りの強い少女がおどおどしながら勇気を絞って声を上げた。


その小さな手には赤茶色の物体。


「これは!」


ジバはそれが何かを理解することが出来たのだ。




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