第8話


「なるほど、では米も無事に収穫でき、街は活気を取り戻したんですね。」


「あぁ、ジバのお陰で、急速に回復出来た。


特にスミセスはお前が居なくなって初めはかなり狼狽えていたんだが、すぐに吹っ切れたようで、「ジバ様に恥ずかしくないように」って、全ての面で奮起、活躍してくれたんだぞ」


お父様の横にいるスミセスも恥ずかしそうにしながらも、自信が漲っていた。


俺の帰還の翌日、自宅屋敷のお父様の書斎。


30畳ほどのそこには、国の重鎮がひしめいている。


俺はそこでこの3年間に起こった出来事を聞いているのだ。



「治世の方は上手くいってるのだが、反面、魔物の攻勢が年々強くなっていてな。


原因はアラウト山に降り立った竜だと考えている」


「竜ですか?」


「あぁ、1年ほど前から何処からともなく巨大な古竜がアラウト山に住み着いたようなのだ。


恐らく魔物の異常発生を嗅ぎつけて餌場に選んだようなのだが、そのお陰で山に君臨していたはずの強力な魔物までが一気に降りてくるようになったのだ。


お前のお陰で兵站の心配が無くなり、討伐も時間の問題かと考えていた矢先のことだった。


バジルとキャスバルも頑張ってくれているのだが、如何せん数が多すぎてな、前線を少しずつ押し込まれている状況なのだよ。」


「そんな厳しい状況の中、昨日お前が突然現れたのだ。


前線では奇跡が起きたと大騒ぎになっているのだぞ。


落ち込んでいた士気も一気に回復し、お前が去った後も前線をいくらか押し込んだのだ」


久しぶりに前線から戻ってきたバジル兄様も満面の笑顔で俺の帰還を喜んでくれている。


「ジバ、俺と一緒に前線に来てくれないか?


3年前の、お前の活躍は士気を大きく高めた。


そして今回の件で、お前は前線の兵にとって軍神のような存在になっているのだぞ。


お前が体験してきたというあちらの世界の知識も教えて欲しい。


早急にアラウト山を取り戻せるようにしたいんだ」



バジル兄様の熱の篭った言葉に一同は言葉を失う。


この長い戦いは、ここにいる重鎮達の家族にも少なからずの犠牲を出しているのだ。


息子を亡くした憤りから、総大将であるバジル兄様を非難する声も少なく無い中で、兄の覚悟がそれぞれの胸に伝わったのだろうか。


「分かりました。すぐに前線に戻りましょう。」


「そうか、助かる。


お父様、勝手に決めてしまいましたが、宜しかったでしょうか?」


「否応もあるまい。3年ぶりに生還してくれた息子をすぐに戦地に送り出すのは心苦しいが、ジバも既に14歳、戦場に立ってもおかしくない年齢だ。


それに『軍神』か…クククッ、わたしも戦地に赴き息子達の活躍を見届けたいところだが、今は我慢しよう。


さぁ、ジバ!お母様に挨拶しておいで」


1番隅で話しの動向に耳を傾けていた王妃アントワン。


その目には深い悲しみと決意が秘められている。


未だ14歳、それも3年間も行方知らずになっていたのだから、彼女にはジバは未だ幼い11歳の少年でしか無かったのだ。


いくら身体が見違えるように大きく偉丈夫になったとはいえ、その目には少年としか映っていないだろうことは、そこに居る皆が理解していた。


「お母様、戻ってきたばかりですが、兄上達と戦場に行ってきます。


なに、皆と協力しながら早いうちに戻ってきますよ。


また、家族皆でゆっくりできる日をお待ち下さい」


「ジバ、立派になりましたね。


愛情と教育が1番必要な時期にあなたはわたしの元に居なかった。


でもわたし達が知らないところで、わたし達には考えもつかないような経験をしてきたのでしょうね。


あなたの目を目ていたら分かります。


どうぞ無事に戻って来ることを祈っていますよ」


涙を堪えながらも気丈に息子を抱き締めている王妃の姿が、『軍神を送り出す女神』として語り継がれることとなるのは、暫く後のことであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る