第3話
翌朝、ジバは家庭教師のスミセスより、今、アウストラ王国で起きている悲惨な状況を知ることとなる。
スミセスは有能な学者であり、ジバの天才的な頭脳を理解できる限られた能吏であった。
ジバに接する態度は11歳の子供に対するものでは無かった。
魔域に侵された領土のこと、その拡大を何とか食い止めているふたりの兄のこと、インフレによる物価の実状から、スラムの現実まで。
おおよそ家庭教師が11歳の子供に話す内容では無かった。
ジバは、その一つ一つをしっかりと理解し、分からないことは質問していく。
この時間はスミセスにとっても、落ち着いて現実を整理出来る貴重な時間となっていた。
「ねぇ先生、優先順位としては食糧生産の効率化だよねぇ」
「食糧生産の効率化?」
ジバの言葉にスミセスは反芻する。
現在、政務に携わる者達の大半は、魔域を解消することに傾倒している。
スミセスもそうだ。
現在のインフレを解消するほどの食糧事情改善は、魔域に侵された土地を取り戻すしか方法が無いと考えていた。
「魔域の解消ではなく、食糧生産の効率化ですか?」
「そうだよ。
だって魔域が急激に拡大している理由は分らないのでしょ。
今のところ魔域の拡大は抑えられているようだし、調査も継続してるんだよね」
「その通りです」
「なら、先に治安を安定させた方が良いと思うんだ。
それには食糧生産力を高めてインフレを解消するしかないでしょ。
スラムの者達を生産力に当てれば、スラムの解消にもなるしね」
「確かにその通りなのですが…」
ジバの提案にスミセスも半ば同意するのだが。
「ジバ様、今ある農場だけでは圧倒的にインフレを解消するほどの生産力は望めません。
新たに開拓するにしても土地がありません」
「土地はスラムがあるじゃない。
確かスラムは以前の場所から南に延びているって言ってたよね。
それなら近くに教会と王家の別荘があるはずだよ。
そこを改造してスラムの人達が住めるようにすれば、スラム全体を農場にすることも出来るはずだし、労働者として雇い入れれば、彼らの生活も今よりはずいぶんと良くなるはず」
スミセスは目の前の子供の言葉に舌を巻く。
確かにジバ王子の言う通りなのである。
しかしこの案は以前スミセスも考えたことがあったのだ。
確かに耕作面積と労働力の確保は可能であった。
だが、そこからの収穫量を試算した結果、インフレ解消には半分も満たないことが分かった。
半分程度の増加はかえって買占めを誘発し、治安悪化とインフレ率を上げてしまうというリスクが大きかったのだ。
「ジバ王子、その案に付きましては…「収穫量だよね。」実は、…ええっ!
そ、その通りでございます」
「今の主食である麦を収穫した後に稲を植えたらどうかなぁ」
「稲…でございますか?
それはどのような物でしょうか?」
「ほらっ、以前父上達とよく行っていた湖の別荘があるでしょ、そこの水辺に生えていた雑草みたいなヤツ。
秋になると小さな実を鳥達が啄んでいたのを覚えていない?」
スミセスは遠い記憶を辿るようにしばらく顎に手を置いていたが、ふと思い立ったように言葉を紡ぐ。
「あの水辺に生えていた細い雑草でしょうか?確かに秋口に小さな硬い実をたくさん付けておりましたが...」
「そう、あれが稲なんだよね。収穫量を上げようと麦を連作すると、麦の生育が悪くなるから1年の半分しか麦を植えることが出来ないよね。
でも麦と稲だったら、連続して植えても大丈夫なんだ」
「確かに麦は年に2回作ることは可能ですが、生育状況が段々悪くなり、数年後には生産効率が半分以下になるため、畑は半年間麦を植えて半年休ませるようにしています。
もし、2回作れるようになれば、確かに収穫量は満足できるはず」
「そうだね。それに単位面積当たりの収穫量は稲の方が多いんだよ。だから上手くいけば昨年までよりも増えるかもしれないよ」
楽しそうに話しているジバにスミセスは驚愕する。
稲というものがどの程度のもので、実際に食べられるのかどうかも定かではないが、ジバ王子の話しの通りなら現況のインフレと食糧問題は一気に解決する可能性が高い。
やってみたいと思う反面、この危機的状況で失敗できないと思う気持ちがスミセスの心に重く圧し掛かるのであった。
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