第28話

 外出準備を進めているレントの背中に声をかける。


「外」

「ああ、キュウ。もう少し待ってくれ。もうすぐ準備は終わる」


 レントはそう言いながら、おなじみのアイテム収納空間を発生させ、そこに剣をしまったりお金を出したり、観光の準備を進めている。


「町」

「ああ、楽しみだな。何か欲しいものはあるか? 酒屋には後でちゃんと行くから、それ以外でだ」

「外」

「そうか。キュウも楽しみか」


 伝わんねぇー。別に早く行こうと急かしているわけではないぞ、レント。私はお散歩前の犬とは違うんだ。


「外」

「ああ」

「魔獣」

「安心しろ。町中に魔獣はでない」

「外」

「……キュウ?」

「町」

「…………」

「魔獣」

「……もしかして、町の外へ行きたいのか?」

「そう」


 ようやく伝わった。欲を言えば一言目で察して欲しいもんだけど、伝わったから良しとしよう。キュウちゃん検定三級認定。


「まあ、構わないが……どこか行きたいところでもあるのか?」


 レントはそう言いながら空間に手を突っ込み、先ほどしまった剣を取り出す。


 まあ、そうなるよね。逆の立場なら多分私もそうする。でも、私は一人で行きたいんだ。


「一人で」

「それはダメだ」


 即答。ですよねー。


「いいか? キュウ。外は危険……でもないか。だが……ちょっと待ってくれ……しかし……いや」


 レントは突然一人の世界に入り込み、支離滅裂な発言をする。対話しようぜ対話。そんなぶつ切りで話されたら、相手には伝わらないぞ?


「…………分かった。キュウ、一人で、町の外を歩きたいんだな?」


 お? 急にどうした? その通りだけどさ。


 私が頷いたのを見て、レントはさらに言葉を続ける。


「キュウがそうしたいと言うなら、そうすればいい」


 え、マジでいいの? 断られる前提だったからちょっとびっくり。いや、もちろん嬉しいけどさ。


「どうして」

「……心変わりの理由か? ……束縛しすぎるのも、悪い気がするんだ。……キュウはきっと、そうだろ?」


 いいねぇレント! キュウちゃん検定準一級あげちゃう! 私への理解が深まってきたじゃないの。その通り、私は私に従って、好き放題にやりたいことをやりたいのだよ。


「ただし、条件はいくつかつけさせてくれ」


 いいよー。守るかは別としてね。


 レントの提示した条件は、親が小学生に言うことと同じだった。怪しい人についていかないとか、危ないところへ行くなとか、まあ、気が向いたら守るよ。


 ただし、暗くなる前に宿屋に帰れと言うのは、ちょっと守れそうにない。私はシドと同じように休暇の一週間、一人でふらふらと遊ぶつもりだからだ。


「……頼むから、帰ってきてくれ」


 やけに真剣な目で、レントが呟く。……レントってば、急に私への理解度上がりすぎだ。心配しなくても、『帰る』よ。長期的な意味で、行く当てはないからね。


「キュウは、僕のことが好きか?」

「好き」

「……そうか」


 実際好きよ。恋愛的な意味は置いといて。


「なら、嫌われないようにしないとな」


 いい心がけだね。……ちなみにだけどこの場合、私のお願いを断ったくらいじゃレントを嫌ったりしないけどね。


 そもそも、断られる前提だったし。逆の立場なら、心配するなって方が無理な話だ。……って、なんか立場が逆転してきたな? べ、別に心配して欲しいとかっ! そ、そんなんじゃないんだからね! 勘違いしないでよね! ……誰得だよこれ。吐き気がするわ。






 そんなわけで、自由だー! 


 目的があって一人になりたかったわけではないのだけれども、いざ一人になると止めどなくやりたいことが思い浮かんでくる。吸血鬼の体について学びたいし、魔法についても色々やってみたいし。それからそれから、この世界の魔獣もいっぱいみてみたいし……とにかくたくさんだ。


 まず、私は活動拠点を決めた。場所はあのデカ蛇が住処にしていた渓谷にある横穴だ。理由は特にない。雨風をしのげる場所として、新しく場所を探すのがめんどくさかっただけだ。…………あとまあ、私を探すとして、シドとレントの意識に真っ先に思い浮かぶ場所としたらここだろう。いやまあ、私に限って言えば何かが起こるはずもないのだけれど。


 次に私は眷属を増やす。前にこの森に放した眷属はほぼ死んでいたが、生き残っている個体もいた。その中でネズミを呼び寄せて、そのネズミに仲間を呼ばせて、片っ端から眷属化。そしたら一部を森に放つ。適宜こいつらから情報収集をしていこう。

 

 他に準備することってあるか? 食事はいらないし、寝床もいらないし、特にないな?


 空を見上げると、昼過ぎくらいだろうか。もうちょっとすれば夕方って感じだ。レントと別れたのが昼前くらいだったから、程よく時間は経っている。


 吸血鬼的な能力を調べるなら、夜が良いだろう。


 私は早速ネズミたちと感覚を共有して、この森全体を探る。夜まで魔獣を観察することにした。森を探ることに重きを置く以上、鳥を眷属にしたい。したいけど、まあ、道具も無しに捕まえられるわけがないよね。諦めよう。


 じっくり腰を据えて観察していると、様々な魔獣が見えてくる。……そういえば、魔獣と動物って違いはどうなんだ? 少なくとも、この眷属にしているネズミたちは魔獣って感じがしない。


 魔獣と動物という点を念頭に置いて観察してみると、何か違いがあるような気がする。気はするが気がするだけで、その違いは分からん。シドやレントは当然知っているだろうけど、まあ聞いてまで知りたいとは思わない。別に違いを知らなくても死にはしないし。


 にしても、こっちの世界の生き物は派手だ。体もデカいし、分かりやすく大きな特徴があったりする。なんか恐竜とかアノマロカリスとか、古代生物を見ている感じ。


 そうだ、強そうな奴の目星は付けておこう。今回は眷属についても色々と実験をしたい。実験と言えばネズミと言うのは、前世地球でも採用されているおなじみのやり方ではあるが、やはり向き不向きがある。今回は戦闘力とかも調べたいからね。


 そんなこんなしていれば、空がオレンジ色になり、良い子はお家に帰る時間。レント君は今日から宿屋で一人ぼっちと考えると、うんうん可哀そうだねぇ。


 さて、実験実験。まずは一度しっかりと、自身の身体能力についてがっちりばっちり深掘りでもしていこうか。

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