第27話

 私が新しく生まれ直したその日の昼、蛇の討伐を報告しにギルドへ向かう。


 蛇の討伐は認められたが、当然、なぜ色が白くなっているのかツッコミが入る。でも大丈夫。その辺はレントが色々と嘘を考えてある。


 早速レントはよどみなく、ありもしない話をでっち上げ、スラスラと話していく。ほんと、よくもまあそんなスラスラと嘘が吐けるものだ。私だったら心が綺麗だから、嘘なんて絶対言えないよ。


 一通りレントが話し終え、ギルドの職員たちの反応は……あれ? ダイジョブそ? 流石に無理があったか? でも、本当のことを言うわけにはいかない。そうはならんやろ……って言われても、なっとるやろがい!で押し通さなければいけない。


 これで説得に失敗したとしたら、『勇者様がそう言うなら……』ってならないレントの勇者としての信頼度が低いのが悪いよね。


「ええと、蛇のお話は、分かりました。それで、その……」


 伺うように、ギルド職員の一人がレントの顔をチラチラとみている。


「あ、やべ……」


 ん、どうしたシド? もしかして……レントの説明には明確な矛盾とか、宗教的タブーでもあったのか!? いや、だとしても、『勇者様がそう言うなら……』ってならないレントの勇者としての信頼度が低いのが悪いよね。


「レントの顔……アレ落としたか?」


 アレって……アレか。落としてないよ。私が落とすわけないよね。


「勇者様……そのお顔は……? 傷……というわけではないですよね」

「顔? 僕の顔に、何かついているのか?」


 あ、納得。みんなレントの、まるでネコ科の猛獣のように勇ましいその顔が気になっていたのか。確かに勇者様が三本ヒゲをつけて帰ってくれば反応に困る。その顔で真面目に蛇の討伐について語り始めるものだから、触れていいのか悪いのか分からんよね。


「そうですね……例えるなら何か動物のヒゲのような……。今、鏡を準備いたしますね。おい、誰か鏡を……!」


 ギルド職員が慌ただしくなり始めたところで、シドが割って入る。


「へ、蛇の毒かもしれねぇな!! それか戦闘でできた傷とか!」

「どっちにしても、特に痛みはないが……」

「なら傷が浅いってことだ! 良かったなぁレント!」

「いや、触った感じ、そもそも傷のようなものはないが……」

「じゃあ毒だ! 毒! 神経毒! きっと全身の感覚が死んじまってんだ!」

「重症じゃないですか! 勇者様、お待ちください! すぐに回復薬と医者を……」


 シド、お前嘘下手すぎか?


 私はグイっとレントを引っ張って、その顔に手を添える。


 うーん、我ながら素晴らしい。鼻を挟んで三本ずつ、計六本のシンプルな線。だがしかし、その筆致から溢れる肉食獣の荒々しさと、しなやかな美しさ。見ただけでそれらが脳に直接飛び込んで来る。これには屏風の虎も尻尾を巻いて腹を見せるしかないだろう。


「キュ、キュウ……」

「いい顔」


 絵画の美学、ここに極まれり。レオナルド大先生もこう言っている、シンプルは洗練の極みってね。


「そうか……そうか……!」


 うんうん。レントも嬉しそうだ。そう、それは低俗なイタズラ書きなんかじゃないんだよ。もっと高尚で啓蒙的なサムシング。


「よく分からないが、特に害はないように思えるし、このままでいい」

「そ、そうですか……。勇者様がそう言うなら……」






 さて、そんなこんなで、ギルドでの報告は終了。私たちはガッポリ報酬金を貰って、酒場でパーティー。サイコー! やはり芸術家には酒だよ酒! たまんねぇ―!


 時刻はそろそろ陽が落ち始め、酒場の中でも出来上がった客たちが増えてくる。


 酔うと気が大きくなるというか、いい意味でも悪い意味でもフレンドリーになるのは人間も獣人も同じらしい。


 楽しく飲んでいた私たちに、子分を引き連れた、体長2.5メートルほどの超大虎男が話しかけてくる。


 でっけー。身長だけで言えばあの獣人の王様よりも余裕でデカい。でも、やっぱり顔はバッチリ人間なんだよなぁ。……と、そんな冷静に分析している場合じゃない。闘争か逃走か。ほんと、酒場って場所は血気盛んな奴が多くて困る。

 

「おい兄ちゃん、何だよその顔!」


 あ、これは逃走。おい虎男、頼むから黙りやがれください。


 私の……そして恐らくシドも、全く同じ願いを虎男に捧げただろう。しかし、ダメそう。その勇ましい顔を楽しそうに歪ませて、虎男は上機嫌に、まるで飲み会の一発芸でも見るように、笑う準備万端で話しかけてくる。 


「アンタ人族だろ? ガッハッハッ! そんな可愛らしいおヒゲつけて! いいぜ、お似合いだよ!! この俺、『猛虎のダイラー』様のファンか? なーんてな! ガッハッハッ!」

「……おヒゲ? 僕の顔に?」


 酔っていたレントの目が、急に冴える。うーん、バレたか。なんか不思議と誤魔化せそうな流れではあったんだけどねぇ。


「詳しい話、聞かせてもらおうか。シド、夜はまだ長い、たくさん話そう」

「いや、俺じゃねぇ! いや、まぁ……無関係ではねぇけど……ともかく! 主犯はコイツだコイツ!」

「知らない」

「んなわけねぇだろ! この嘘つき吸血鬼!」

「なんだ? 修羅場か? ガッハッハッ!」


 こうして朝までしっぽり怒られた。シドが。私はお咎めなしよ。当然だよね。






 翌朝、隣で寝ていたレントに起こされる。もうおヒゲは無い。


「おはよう、キュウ」

「おはよ」


 数秒の無言。


 寝っ転がったまま、レントが急にこっちを向く。私たちは横になったまま、向かい合う。


「キュウは……顔に傷のある男が好きなのか?」

「なんで」


 なんで? そんな話、したか? 


「いや、何でもない。シドの部屋に行こう。もう起きている頃だ」


 なんだレント。酔ってんのか?


「……違う。あれは傷じゃなくてヒゲで……と言うことはキュウは獣人が……?」


 小声でブツブツと何言ってんだか。私が獣人? 違うが? 2.5メートルの虎耳尻尾の男が人間の形態の一種で、ちょーっと羽が生えてて犬歯がキュートな美少女色白美少女幼女が魔獣だぞ。狂ってんだろこの世界。 


 朝からブツブツ言ってるレントの後ろをついていき、シドの部屋に行く。二日酔い絶対しないマンのシドも、今日は具合が悪そうだ。理由は……ねっ。うん。私も反省はしているよ。


「さぁ、これからの予定について話そうか」


 シドの部屋、テーブルを囲んでいつもの作戦会議。違うのは、三人の間に流れる空気だけ。私たち、これから一体どうなっちゃうの~!? ……いやまあ、別にどうもならないんだけどさ。思い返せば、割といっつもこんな感じだった気もする。


 作戦会議の結果、一週間くらい自由行動となった。つっても私はレントのペットである以上、制限がある。シドも悪い意味で有名人らしいので、レントよりも外出には気を遣うのだけれど……シドがそんな気を遣うわけないか。突っかかってくるやつは嬉々として返り討ちにしそうだよね。


「僕は、町を見て回りたいと思っている」


 レントがそう言うので、部屋でレントと二人外出準備をする。ちなみにシドは作戦会議が終わるなりさっさと姿を消した。


 シドは自由でいいなぁ。町中じゃ私は単独行動できないし、レントが行くなら私も行かなきゃ……ん? 町中じゃ? ……ってことはつまり、外なら自由ってことか?


 ……ダメもとで、結果は分かりきっているけれど、レントに頼んでみるか? 

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