第26話
「なあ、血って……どんな味がするんだ?」
夜も更けてきたころ、シドが私にそう聞いてきた。
モノによるねぇ。今回の蛇はおいしかったし、ネズミはまずかったし。そもそも私とシドの『おいしい』の基準は笑っちゃうくらい違うだろうから、何とも言えない。
「まずい」
よって、当たり障りない感想を言っておこう。飲みたいならやめときなね。多分雑菌とかもあるだろうし。
「いや、うめぇとは思ってねぇけどよ。もっと具体的にあるだろ」
鉄の味とかそういうこと? そんなの聞いてどうすんのよシド。まさか飲もうってわけじゃあるまいし。
「まあ、深い理由はねぇよ。ただの雑談だ」
暇だもんね。深夜なのでレント君はぐうぐうお休み中。本人はシドと交代で起きると言っていたけど、起きるのは明け方だろうなぁ。
というわけで、私はシドとサシで話している。で、冒頭の血の味の話に戻る。
「まあ、お前にとってうまいかどうかってのが問題だな。別に積極的に飲みたくなるって味じゃなきゃなんでもいい」
おっと、そういう事なら黄色信号かもしれない。全然自制はできるけど、味に関しては余裕で積極的に飲みたくなる味だ。
「暴走は、しない」
「お前はある意味、いっつも暴走してっけどな」
うるさいやい。
それから二人で色々と話した。蛇の肉はどんな味がするとか、私の体の調子はどうだとか、レントの寝顔にイタズラ書きをするなら何が良いかなど。私は無難に、額に肉って書いときゃいいと思う。……って、この世界は漢字じゃないし、そもそも伝わらんかこのネタ。
微妙に空が白んできた頃、顔に三本ひげを付けたレントが起き上がる。
「……ッ! すまんシド!」
「いいっていいって。おはよーさん」
「あ、ああ。……おはよう。キュウも、おはよう」
「おはよ」
うんうん。いい面構えだ。
にしても、一晩経っても私の体に現れた模様は消えない。なんなら、私の中にくすぶるこの妙に高ぶった気持ちも全く収まる気配がない。だってそうだろう、いつもの美少女冷静沈着吸血鬼のキュウちゃんなら、レントの顔にイタズラ書きをするなんてネズミの餌にもならないくだらない事、絶対しないと断言できるもんね。
「やっぱ、パーッと発散するしかないんじゃね? そこらへん飛び回るとか、血を操りまくるとか」
やっぱそうかねぇ。人間にとっての水分みたいに、ちょっとくらいは自然に体外に放出されている分もあるだろうけど、まあ微々たる量だろう。
「そうだな。『鑑定』もしてみたが……昨日と結果はほぼ同じだ」
レント曰く、私はどうやら魔力量の数値が上限突破でとんでもねぇことになっているらしい。言わば私は歩く魔力そのもの。もはや私を崇める新しい宗教が魔術師の間で生まれてもおかしくない、普通の生物ではありえない、神に近い存在なんだとか。
神という存在に憧れないこともないけど、今はどうでもいいね。そうするとシドの言う通り、一刻も早くそのたまった魔力とやらをぶちまけたいのだけれど。
「どうやるの」
「さあな。俺はどっちかつーと、体内で魔力を循環させる方が得意なんだよ。撃ちだすとかはやらねぇ。レントに聞けレントに」
「……と、言われても、魔力のイメージは人によって違う。僕の真似をしたからと言って、できるとも限らない。特に僕は勇者だから、少し特殊な形で魔法を使っているんだ」
はー、二人とも頼りにならねぇ。じゃあいいですよーだ。要は、普段『再生』使った時に感じるあの感覚を手とかに集めて、そいつをバーンって撃ちだせばいいってことでしょ? 例えばホースから出る水とか、破裂する風船とか、そういうイメージを頼りに魔法ってのは使えるってわけだ。
せっかくならかっこいいのが良いな。例えば、右手がバズーカ砲なんて風にイメージしてみて……右手を天に向けて……どっかーんと!!
次の瞬間、私の右手がブドウになった。
何を言っているのか分からないと思うけど、言葉の通りだ。と言っても、ブドウは比喩。確かに私の腕は食べちゃいたいくらい白くて細くてかわいい。かわいいいが、そのかわいい腕が甘ーい果物のブドウに変化したわけではない。
ぶっちゃけ自分でもこの事実を受け入れたくないのだけれど、肩から指先方向にかけて、先細りのまさにブドウのような感じでボコボコと、皮膚が盛り上がった。いやー、きもいなぁ。
次の瞬間、私の右腕が爆ぜた。あたりにブドウジュースが飛び散る。
「キュウ! ……っと、まあ無事か」
「むしろ、俺たちの方が危なかったぜ? 魔力の暴発だからいいけど、もし魔法に昇華してりゃー俺たち死んでただろーな」
自分でも原因は分かってる。多分魔力の出口に対して、出力が大きすぎたんだろう。例えるなら鼻からスイカを出すみたいなね。体が耐え切れず、結果爆ぜた。
右手を『再生』で治す。しっかし、こりゃどうする? レントが言うには私はもはや一般動物ではありえないほどの魔力量を備えているようだし、ここで自爆でも起こそうものならシドたちも危険が危ない。
まあ、こういう時は上か下だよね。私の場合、上の方が手っ取り早くていいだろう。
「ちょ……、おいキュウ! 待てって!」
私は一目散に空へ向かう。渓谷の底から飛び出して、森の木々を遥か下に見下ろし、雲より高い場所へ。
ほいじゃ、ここらでいいだろう。
私は自分の全身が巨大な風船になったイメージをする。それは膨らんで、膨らんで、膨らんで、爆ぜる。
当然、実際の私の体も、爆ぜた。
しばらくして、私は無から再び遥か上空で再生される。だって私はそういう存在なのだから。
まさにビックバン。んで、こうして宇宙一かわいい私が生まれた、ってわけ。うん、もし私が宗教の神になったらこれを宇宙の始まりとしようね。
その後地上に戻ったが、当然二人には過去にないほど怒られた。まあ説明も無しに勝手に飛んで爆ぜたのは悪いと思ってるけどさぁ、これも二人のためなのよ?
まあそれだけ私が愛されているってことで。当分は神様じゃなくて勇者のペットとして振る舞ってやってもいいかな。
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